赤を纏うは白の星、黒を纏うは蒼の星 其ノ漆
――無数の瞳を通して見つめる先、星空に埋もれて『白』が消える。
ヒトの群れを統べる者、多くの星を墜とした者。
流星よりも疾く駆ける脚を呑み込むために、数え切れない駒を失った。空を翔ける〝竜〟さえも、かの者に伏して従った。
しかし祝福を贈ろう、主を見つけた同胞に。
ゆえに賛美を謳おう、大いなる星影に見初められた稀人に。
次いでは手番を終えた役者に退場いただき、この身が試すべく駒を動かす。
彼女が、なにより小さき、この身を見つけられるかどうかを――――
数瞬の静寂。そして、
夜空の闇の奥底で――尽きせぬ『白』が『赤』と共に瞬いた。
◇◆◇◆◇
なんだこの理不尽と、軽々に吐き捨てることなかれ。
こっち側に招き入れたサファイアの振る舞いもそうだが、基本的にアルカディアのエネミーは〝生きて〟存在している――と、思わざるを得ないような複雑かつ精細な思考と挙動をもって俺たちの前に現れる。
たとえ岩やら鎧やらといった無機物系エネミーであったとしても、無機物らしく生きている感を叩き付けてくる徹底っぷりだ。街に居るNPC達もそうだが、単なるAI制御されたデータの塊として捉えられないのは俺に限った話じゃないだろう。
そしたら自然、彼らをデザインした創造主の意図すらさておいて彼らの視点がある訳で……そう考えると、この場において誰より『その台詞』を口にしちゃいけないのは他でもない曲芸師である。
空は飛ぶわ、亜音速で駆け回るわ、花火を乱射するわと我ながらやりたい放題。仮に俺が向こう側だとしたら、そりゃもう力一杯に叫んでるだろうよ。
『なんだあの理不尽の権化は』ってな。
ゆえに、驚きはしても憤りはしない。
焦りはしても、呆れたりはしない。
理不尽ギミック誠に結構。ならば俺は『特別』の判を押された者として、
「――――《リジェクト・センテンス》」
更なる理不尽を手に、悉く踏み倒して〝歓迎〟しよう。
ゴリ押しトロイの木馬によって展開した『転移門』より溢れ出した【星屑獣】の大群に圧殺されかけた刹那、翠刀と入れ違いに呼び出したのは紅の銃。
表の身体で暴発を厭わずトリガーを絞り、火縄に魔力の光が灯った瞬間。左手の中で盛大な花火が炸裂した。
俺は勿論のこと、紅蓮の魔力波は傍にいたサファイア諸共に湧き出した星空を呑み込む――が、ノーダメージ。俺たちだけはな。
濁流の中にぽっかりと開いた〝穴〟で、驚いたように首を竦めていたサファイア。その背に飛び乗れば、忠実な星はすぐさま役目を読み取り大翼を振るう。
「さぁて、なにをどれだけ持っていかれることやら……」
猶予を考える必要はないが、少々後が怖い。場合によっては、数日ほど身動きが取れなくなるやも……ま、それは別にいいか。
のんびり期間延長と思えば、大した代償ではなかろうて。
今この時は、そんなことより――
「ラウンドツー……ってか、むしろ今から本番くらいの勢いだな」
サファイアを空へ逃がすついでに高くから地上を見やれば、大沼のように広がった暗闇のゲートから溢れる星空が止まる様子はない。
これまででお馴染みの顔ぶれのみならず、先の〝トロイの木馬〟通常版個体であろう六脚馬も加えて大層なパレード具合である。
正直なところ、ここまで来るとキャパオーバー。
俺一人が生き残ればそれで良いなら何とかする自信はあるが、全員生存の初志貫徹を遂げようとなれば……現状の戦力で、どうにかできる規模のアレではない。
――――ただし、奴らを再び『烏合の衆』へと戻してしまえば話は別。
数だけならば、なんとかなる。今サバイバルで散々ガッツを見せてくれた自慢の仲間たちだ、その程度であれば切り抜けてみせるだろう。
しからば今ここに必要なのは、未だ姿を現さない敵の『頭』を捉えられる可能性が……まあ、無きにしも非ずな特別な〝眼〟の持ち主。
あんまり無茶を強いると例の謎カウンターが追加されそうだが、背に腹は代えられまい。好物らしき羊料理とかで機嫌を取るプランを用意しておこう。
「――っし、サファイア」
長々と考えている余裕はない。これと決めたら突っ走るのみ、いつも通りだ。
おそらくは星剣と同じように思考のパスが繋がっているのだろう。名を呼ぶだけで明確にオーダーを汲み取った竜が身を翻し、気持ちのいい翼音を響かせる。
一直線に向かう先は、三つの影がある木屋根の上。
「っ……」
「ぶわっぷ……!」
「ひぇっ……!?」
勢いよく、しかし驚くほど静かに着地したサファイアが起こした突風に吹かれる魔工師三人衆。用事があるのは他でもない、悲鳴を上げた最後の一人。
「――ニア! ちょっと来てくれ頼みがある!」
なびく藍色の髪の下で同色の瞳をパチクリさせつつ、尻餅をついて硬直した我が相方――いや転がってる場合じゃねえんだわ立ってほら Hurry Hurry ‼
「なんっ、たのっ――ちょちょちょ待、待って待ってなに、なにぃ!?」
竜の背を飛び下りて駆け寄り抱え上げ再びサファイアにライドオン。ここまで二秒のムーブを経て、ぽけっと瞬きする間に拉致られたニアチャンが『待つ』もなにも全て手遅れになってから騒ぎ出すが、
「あ、どうもお騒がせしました」
「……ま、まあ、頑張れ」
「ニアちゃんいってらー!」
同じくポカンとしていた、残る二人に手を……振ろうとして右手が動かなかったので会釈を残してフライハイ。
埋まっている左腕は勿論、相方が逃げ出さないよう――というだけでなく。
空へ連れ出すに際しての負荷を取っ払うために《月揺の守護者》を発動させるべく、細っこい身体をしかとホールドして離さない。
そう、緊急につき逃がすつもりも離すつもりもないので――――
「なぁぅあぁああッ!? 馬鹿バカばかヤダ無理やだばかぁああっ!!!」
「文句は後でいくらでも聞くから今だけちょっと我慢してくれこの通り――ちょ、ほんとゴメンて叩くな暴れるなレッドゾーン間近のHPが削れっ……‼」
急な要請で申し訳ないが今は素早く観念して、是非にご協力願いたい。
今回連投叶わず無念だったので近日別のとこで連投します。