赤を纏うは白の星、黒を纏うは蒼の星 其ノ陸
何処らか悲鳴が聞こえてきた気がしないでもないが、トータルの戦況は至って順調。順調過ぎて大量に散乱している戦利品が邪魔なことこの上ないという問題を除けば、現状パーフェクトと言っても構わないだろう。
ボス虎を相手取っているパーティ含め、メンバーのHPは悉く安定している。もちろん俺がフォローを入れているのも要因の一つではあろうが、それ以上に皆が士気高く奮戦してくれていることが大きい。
モチベーションこそが最もプレイヤーのパフォーマンスを左右する……と、どこかの代表補佐も言ってたっけな。無限に同意だ。
――――しかしながら、
「……こんなもんか?」
脚を止め、思わず口から零した言葉は紛うことなき拍子抜けのソレ。
全体の戦況は極めて良好。こうして立ち止まり、暢気に独り言を漏らせる程度には安定している――なにが言いたいかってぇと、
「温いよね。いや、俺たちはコレでも普通にしんどいけどさ……」
呟きを近くで掬い取ったのは、猪テイマーにして大鎚使いのリゼノン氏。俺がスパスパ刀を振るった結果ぽっかり開いた一時セーフゾーンにて、彼は重たい得物を地に突き杖代わりにして束の間の休憩を噛み締めている様子。
そんな彼の言葉にも、全くもって全面同意。
ゆうて既に転身体のMPと右腕の操作を持っていかれている状態ではあるが、リソースと戦果の交換レートには満足しているので言うほど消耗している感もない。
どのみち二刀流は苦手だしな。片腕動かないくらい大した縛りではないゆえに。
さておき、払うべきものは払ったとはいえ流石にその後の当たりが弱すぎる。肝心の〝頭〟も戦略を用いているように見えて……その実、今のところ戦力の逐次投入を行っているだけ。今朝のように俺を右往左往させることすら叶っていない。
――――買い被り過ぎたか、と思わなくもなかった。
が、そんな考えが浮かんだ瞬間。意識せず同時に頬へ浮かんだ笑みを自覚して、呆れやらなにやら様々な感情を混ぜ込み苦笑へと転じる。
あぁ、本当に俺は心の底から、このゲームを信頼しているんだなと。
数あるゲームと同じように、時たま文句は湧いてくる。しかし数ある凡庸なゲームとは異なり、この世界は――絶対に、退屈だけは許容しない。
遠くから、高らかな〝蹄〟の音が聞こえる。
「……さて、というわけで来るぞ」
「…………なにが?」
「なにかが、だよ」
『嫌な予感がする』という台詞を顔面で見事に表現したリゼノン氏へ笑みを置いて踵を返し、戦場中央に聳え立つ櫓を垂直に駆け上がった。
天辺に辿り着き、三百六十度へ首を回す。
対ボス部隊は謎障壁を操る大虎相手に苦戦はしつつも、危なげは感じさせない堅実な立ち回りを継続している。群れへの対処に追われている他の班も、気合を入れて間引いた甲斐あって現状は余裕がありそうだ。
即ち、タイミングよく駒は浮いている。果たして、それが偶然か何者かの意図によるものかは知る由もないが――
「来やがったな、新型」
『さあどうする』とでも言わんばかり。現れた新たな星影が、森の闇を突き破って勢いよく戦場へと躍り出た。
巨大……とまでは言えない体躯。しかしそれは〝猪〟やら〝蛇〟やら〝竜〟やらと比較すればの話で、プレイヤーからすれば十分に大柄。
干支シリーズ十体目。軟土の上を走っているとは思えない軽快なサウンドを打ち鳴らして現れた〝午〟は、靡く鬣から星屑を散らして疾く駆ける。
その八本脚が向かう先は、真直ぐ拠点の中心部。目的も能力も一切不明――なれば当然、こちらが取るべき択は未知即斬ただ一つだ。
「通行止めだ、ぞ……ッ!」
踏み込みから接敵までのタイムラグは半秒。躊躇なく振るった翠刀の閃は狙い違わず〝馬〟型の首を奔り抜けて
「――――――えっ、は?」
奔り抜けて、すり抜けた。
手応えはゼロ、ダメージエフェクトもゼロ。透過した斬撃を意に介さず、思わず間抜けな声を上げた俺には目もくれず、星空の駿馬は真っ直ぐに、
「おい待て、それはマズ――……なろッ!」
拠点の中心部。即ち、非戦闘員の元へ駆ける脚を止めようとしない。
《水属性付与》解除。咄嗟に『魔法無効化』の線を疑い背中を追って再び刀を振るうも、一撃目と同様に獲物はすり抜けてしまう。
いや待て落ち着け付与魔法はそもそも物魔両立――なお悪いわ物理も魔法も完全無効化ってことか? 嘘だろオイこらアルカディア褒めた途端にコレかよ……!
「ん、の……!――――サファイアッ‼」
翠刀、兎短刀、星剣、オマケに手甲。並走するまま打ち込んだ手の内を悉く透かされ、脳裏を掠めた最後の手段を焦りと共に呼び放つ。
さすれば直走る〝馬〟と追い縋る俺の向かう先、木屋根の上で巨大な星空が翼を広げた。またなんか悲鳴が聞こえたが、緊急事態だ許せ相方!
呼び掛けに応じて飛来した〝竜〟の速度は、劣化してなお並の軽戦士と同等かそれ以上。単純な走行速度ではギリ〝馬〟の方が速いように見えたが、その巨体を活かして向かい来る相手のとおせんぼうをするには十二分。
次の瞬間、なおも脚を止めない新手と忠実な僕が交錯して――
「っ……はぁ、お手柄だサフィー」
まるで『曲がる』という概念を知らないかのように突っ込んだ駿馬を、見事その脚で地に叩き伏せた我が【星】に賞賛を贈る。
――――いや、クソ危ねぇ‼
なにをしでかすつもりだったのかは不明だが、干渉不能で防衛線を突破した上に急所一直線とかタワーディフェンスで一番やっちゃいけないや……つ……?
予想外のビックリ能力に仰天した心中を落ち着ける間もなく、生じた次なる〝異変〟に身を固めつつ答えを求めて思考を回す。
コンマ数秒で弾き出された択は二つ――この場で倒すべきか、遠ざけるべきか……しかしながら、このイベントは考える時間など寄越すつもりはないようで、
俺が指示を飛ばすよりも早く、サファイアが自ら動くよりも早く。
「あ、やべ……」
ジワリと八脚の〝馬〟から滲み出した星空が、戦場の半分を埋めるような勢いで瞬く間に俺たちの足元へ広がり――外周からの襲撃に抗するレイドの、腹の内。
煌めき蠢いた無数の星屑が、獣の形と成って溢れ出した。
抱く能力は『必ず目的地まで運び届ける』こと。
運ぶ対象にして同族である【星屑獣】を除いて干渉不能。
つまりほぼ初見対処不能なイベントギミック。