赤を纏うは白の星、黒を纏うは蒼の星 其ノ伍
警戒MAXといった具合でこちらを睨み付ける大虎を他所に、左手一本に翠刀を引っ提げ思考を対ボスから広域殲滅にシフト。
先の《空翔》連発によって残りHPは三割とレッドゾーン間近だが、思い切って特殊称号の起動条件まで落とし込むのは少々怖い。流石にこの流れで事故ったら無様どころの話ではないというか、曲芸師ではなく道化師になってしまうのでね。
ということで――――
「《水属性付与》」
安全運転で、かっ飛ばしてこうぜ。
青に輝く魔力を宿した【早緑月】をクルリと回し、逆手に転じてスタートダッシュ。日本刀について俺は正道だの邪道だのに詳しくないが、素人目に『お行儀良くは見えない』型であることは違いない。
しかしまあ、我が師の剣には逆手の方もあるので無問題――とにもかくにも、スッパリ斬れりゃ大正義ってなぁ!
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◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):100
AGI(敏捷):200(+475)
DEX(器用):0(+475)
VIT(頑強):0(+150)
MID(精神):550(+400)
LUC(幸運):300
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『決死紅』によるステータス強化値は起動時固定ではなくリアルタイム反映。バフアップ転身体のAGI:900オーバーなんざ思考加速なしだとマトモに運用できやしないが、表の600ちょいならギリなんとかなる。
細心の注意は払いつつ、アバターに刻み込まれた慣れと癖をフルに頼り――脚を回し腕を回しの途絶えることないステップ&スラッシュ。
目に付いた群れの塊を線で繋ぐように戦場を駆け抜ければ、刃先を伸ばした刀が疾駆と連動して無数の星空を散らしていく。
「ッ……いやだからビックリするわ!」
「ひゅー!」
「いいぞ大将やっちまえ!」
「――あーはいはい、付いて来いよ皆の衆ッ!」
行く先々で驚き囃し立てヨイショの雨に晒されつつ、こちらもノリ重点の応を返しながらひたすらに仕事を果たすべく星を追う。
意外というかなんというか、今のところ地上に新顔は見当たらない。見渡す限りで目に留まるのは〝猿〟〝狼〟〝猪〟〝兎〟〝蛇〟〝羊〟〝虎〟と、これまでの襲撃でお馴染みの面子に限られている。
唯一の新種たる〝鶏〟は何かする前に絶滅させてしまったので合掌として、残る〝子〟〝丑〟〝午〟に関しては未だ影も形もないといった具合だ。
司令塔は、この戦場へ既に関与してるはずなんだけどな――っと、
「ッぶわっち……!?」
間一髪。大蛇との押し合いの最中に背後から猪にターゲティングされ、大質量にサンドイッチされかけていたメンバーに接近ざま腕を胴へ引っ掻けてレスキュー。
緊急ゆえ少々乱暴になったが、地面にハグくらいで被害が済んだということでお許し願いたい――ふむ、四方八方敵だらけ。
「そのままステイ」
転ばせてしまった戦士殿に「頭下げとけよ」と注意を飛ばした後、体勢低く身体を捻り魔力を宿した【早緑月】をピタリと構えた。
結式一刀――
もとい、我流なんたら《名前はまだない》。
「ふッ……――――‼」
溜め、からの旋転。位置を動かず定点で起動した『纏移』により、ステータスの限界を超えた速度でアバターが回り狂い――常軌を逸した振りの速度によって、水の性質を宿した魔力刃がその鋒を〝先〟へと伸ばす。
遠心、延伸、そして円閃。
まだまだ技巧とも呼べない力技だが……しかして、威力だけは一丁前だ。
「えぇ……?」
振り散らされた青は巨体二つを含め、隙を見せたプレイヤーに殺到しかけていた周囲の【星屑獣】を一匹残らず纏めて千々に細切れ。
足元から上がった呆れか困惑か判断が難しい声音に対しては、
「ほらほら頑張れスタンドアップ。まだ始まったばかりだぞっと」
振り切った翠刀を握る左手の親指を立てて見せつつ、適当極まる激励を残して次なる標的へと向かわせてもらった。
◇◆◇◆◇
円を描く戦場のド真ん中にして、比較的安全地帯である建物の屋上。
やりたい放題な序列持ち一名を最たる理由として危機感を奪われてしまっている職人たちは、もう慣れ切った様子でヒーローショーを観戦していた。
「ねえ、またなんか新技出したよ彼」
「今度のは曲芸師といった感じだったな……」
「水エンチャってああいうのじゃなくない? あの射程拡張って、全力で振っても三十センチそこらが限界だったと思うんだけど」
「これまで台頭した水適性剣士の限界がソレだった、ということだろう」
「あー……まあそうね。序列持ちを枠に嵌めて考えちゃダメかぁ」
「――――あの、ちょっ……と…………!」
「それにしても、技が豊富過ぎるよねぇ。いろいろ惜しみなく公開していらっしゃるけど、わかったところでコレ対処不可能なのでは?」
「対エネミーは元より……対人に関しての凶悪さは指折りだろうな。手札が多過ぎて、所々に見えるはずの弱点が物の見事に覆い隠されている」
「こーれは次回の四柱も大嵐だね。また番組盛り上げ頑張っちゃおーっと」
「――ねえ、ちょっと! たす、助けてってば……!」
夢中になって戦場を眺め考察を捗らせる職人二人の数メートル脇。
グルリと巻いた長い尾と巨大な翼による〝竜の篭〟に囚われた一人が、蚊帳の内にして蚊帳の外から助けを求める声を飛ばす。
救助を求められた相方同士の二人は顔を見合せ、次いで囚われの藍色を見やり、最後にもう一度だけ目配せをした後――
「……危害は、加えないだろう。おそらく」
「それもきっと愛だよニアちゃん。ふふふのふー」
正しく他人事のように適当な返事を返すと、薄情にも友人の嘆願を捨て置いて再びショーへと向き直る。そうして、見捨てられてしまった一人はといえば――
「こ、の……薄情者――ひぅえぁあっ!?」
相方より守護に差し向けられた〝竜〟の嘴先に髪を摘ままれて、戦場で唯一シンプルに恐怖の悲鳴を上げていた。
あおいろ、おそろい。