赤を纏うは白の星、黒を纏うは蒼の星 其ノ肆
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◇Status / RIM◇
Name:Sapphire
Lv:1(10)
STR(筋力):0
AGI(敏捷):0
MID(精神):0
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「はいはい成程」
一度目の召喚に際して頭の中へゴッソリ叩き込まれたのは、例によってアルカディアお得意の脳内インストールによる取扱説明書。
煩雑とまでは言わないが、あれやこれやとそれなりに複雑な調伏獣の仕様は前情報通りであるようだ。ゆえに、見た目の圧に反して迫真のゼロが並ぶ初期ステータスに対しても特に驚きを抱いたりはしない。
プレイヤー基準で受け取るべからず――彼らの基礎スペックはモンスターのそれであり、現在のまっさらなサファイアとてある程度の強さは残しているだろう。
しかし我らが初の調伏成功者であるリゼノン氏も言っていた通り、調伏前と比べて相当の弱体化は喰らっているはず……というか、新たな繋がりを通して伝わってきた竜の詳細スペックを読み解くに、事実として見る影もないといったところ。
つまり、俺のトップギアに曲がりなりにも対応してみせた先程までの威風は望めないということだ。ノリでド派手に召喚したはいいものの、頼めることは限られるかな――と、一秒少々で思考を纏めてオーダーを出そうとしたタイミング。
『――――――』
竜はその長い首を背に回し、瞳なき頭部から〝視線〟を向ける。
瞬間、思考の端に生じるは細く微かな接続感。それは相棒との以心伝心とは異なる、まだまだ頼りない相互通心ではあるものの……。
言葉は、確かに受け取った。
「ッハ、良い子だ――――んじゃ頼んだぞサフィー!」
あれだけ情け容赦なしに瞬殺してしまったというのに――いやむしろ、だからこそなのかもしれない初っ端からの忠臣具合。
〝この身を賭して〟の意を酌んで、その背を蹴って星空を降りる。
おそらくは調伏に際して例の特殊能力も失ったか封印されたのだろう。今度こそ大翼を羽ばたかせて、サファイアは一方向へと勢いよく飛び去っていった。
女性陣が慄く姿が目に浮かぶが、どうか仲良くしてやっていただきたい。
見た目の圧ほど屈強とは言い難いが、弱体化を受けても雑魚数匹程度が相手ならボディーガード役は果たせるはず――――といったところでぇ!
「――――お待たせぇアッ‼」
着地、転回、踏み込み、からの左拳突貫。
チラホラ擦れ違った雑魚を蹴飛ばしつつ、取り急ぎ二パーティが束になって戦端を開き始めていた〝虎〟の親玉へと殴り込んだ。
唸りを上げて迸った【仮説:王道を謡う楔鎧】の正拳は、先に調伏前のサファイアを吹き飛ばした際の光景を再現する――かと思いきや、重い。
やや腰が引けていた盾役に代わって強引な割り込みを入れた次第だが、それなりに全力を込めた左拳と激突した大虎の前足は押されながらも拮抗にて踏み止まる。
サファイアがAGI特化型とすると、コイツはSTR特化型か?――大変結構。右腕が動けば一人で何とかしたかもしれないが、忘れることなかれ。
パーティプレイ、存分に楽しんでいこうぜ!
「――――スイッチ!」
「うおっしゃラァッ‼」
「応援早過ぎて草ァッ!」
「ゲームスピードがバグってんだって!」
「待ってすらねぇんだよなぁ‼」
「ドラゴン調伏とか羨まし過ぎんだよぉッ!」
かち合った左拳と左前脚を無理矢理に弾き合い、互いに僅かな硬直を分け合って後退した俺と大虎。そして俺の背後から勇ましく声を上げて飛び出していくのは、早過ぎる援軍に草を禁じ得ない様子の仲間たち。
一撃一撃に序列持ちめいた派手さはないものの、各々確実かつ堅実な立ち回り。その手に携えた得物を振りかざし、デカブツ相手にダメージを重ねていく。
彼らは彼ら自身が言うように、特別ではないのかもしれないが。
「おらタンク気張れぇ! ダメージディーラーに役奪われんなよぁッ‼」
「ブルってんじゃねえぞ!」
「武者震いですぅ!!!」
真実として、身の丈五メートルは超えようという大虎に真向から挑み掛かる勇士であることに変わりはない。
ならば彼らは、卑下も謙遜も一切必要のない――
「「「やっちまえ大将ッ‼」」」
「――――任せろぁッ‼」
普通だ特別だなんて蹴飛ばして、並び立つに相応しい戦士である。
大斧二振りに大剣一振り。被弾に怯まず再度振り上げられた丸太のような前足を、束になった重戦士たちの大得物が真向から迎え撃つ。
拮抗、ブレイク、そしてスイッチ。
結式一刀、一の太刀――――
「《飛水》」
抜刀から型を成すまで、要する時間はコンマ数秒。起動した《空翔》の馬鹿推力によって無理矢理に再現された結式の太刀は、狙い違わず大虎の顔面に直撃――
が、歪な手応えに思わず目を瞠った。
「そういう感じ、か……っと!」
翠刀を受け止めたのは、奴の上顎から生える二本の牙――ではなく、煌々と光り輝いたそれらが生み出したのであろう、透明な障壁。
押しても無駄であることを【早緑月】から伝わる不可思議な感触で察し、障壁を蹴って一時後退。なるほど、STR偏重の純アタッカー型というよりは、
「火力もイケる重戦士型ってとこか」
おそらくは、サファイアも備えていた親玉級専用の特殊能力的なアレだろう。はてさて突破方法は如何様にってところだが……。
「俺、どっち行った方がいいかな?」
大虎も中々に強敵っぽいが、今この瞬間も残る四パーティが応戦している群れの方も大問題だ。今朝の襲撃から相も変わらず組織だった動きが徹底されており、皆も気張っちゃいるが完全に対応できているとは言い難い。
ゆえに、僅かなブレイクタイムで端的に役割を問えば――
「じゃ、どっちもで」
「こっちはヤベってなったらヘルプ差し込み頼んますわ……!」
「好きに駆け回ってくれんのが最適解っすよ!」
「我らが大将なら全域カバーも余裕だよなぁ!?」
緊張感があるんだかないんだか、ほぼノータイムで口々に返された答えに俺は感心すべきなのか、はたまた苦笑いを浮かべるべきなのか。
まあ、ここは一つ――
「よし来た、大船クルーズを約束して進ぜよう」
積み上げた信頼の証と受け取って、スマイルでも返しておくとしようか。
一応補足しておくと現在コイツ右腕ぷらぷら状態です。