赤を纏うは白の星、黒を纏うは蒼の星 其ノ参
その瞬間、俺の身に起こった出来事は主観で四つ。
まず一つ。双眼を開いた《鏡天眼通》を筆頭に諸々のスキル連打&【紅玉兎の緋紉銃】の複製リロードを原因として、転身体のMPが底をついたこと。
二つ。事前に設定した五十秒の契約時間を満了した《赤円》の権能が、約束通り俺の右腕に使用不能のデバフを残していったこと。
三つ。ここに来てようやくの巡り合わせというか、申し訳なくなる程にボッコボコにしてしまった〝竜〟の親玉を調伏成功した旨が知らされたこと。
そしてラスト四つ目。正直なところコレが一番問題だが――『調伏』に際して、従えた【星屑獣】に名付けを要求されたことだ。
刃閃の星によって星空を散らし、トドメとなった昇りの一刀を放ち終えた勢いのまま空高くへフライハイ。《鏡天眼通》の効果が切れて平常を取り戻した思考は、一瞬前までの無茶苦茶の代償か速度倍率八割弱といったところ。
『決死紅』込み実数値900オーバーのAGI&スキル&歩法によって生み出された特大の慣性は、遥か天上の〝大地〟へ届いてしまうのではと思うような勢いでアバターを高く高く打ち上げて――数秒後、物理法則がしかとアバターを捕まえた。
最高到達地点で上昇が止まれば、お次にやってくるのは落下による加速ターン。腹の内を引っ張り上げられるような強烈な浮遊感と笑えるほどの轟風突風、それら慣れ切った感覚を全身で満喫しながら口から零れたのはただ一言。
「――――だぁから、俺にネーミングセンスを求めるなと」
情け無用に必殺と決めて双刃を振るったゆえ、望む戦果を得られたのは喜ばしい。ひたすらキルスコアを積み上げても兆しがなかった『調伏』をボス格らしき〝竜〟で成功させられたことも、願ってもない幸運と言えよう。
あとは、ゲームにありがちなランダム命名機能でも備え付けてくれていれば完璧だったな。それか戦闘終了後、ゆっくり考える時間をいただきたかったところだ。
視界端でチカチカ点灯しているシステムアナウンスが消えないってことは、そういうことだろ?――さっさと、今すぐ、名前を寄越せってな。
別に無視して放置でもいいんだけどさ。このゲームにおいては、ぞんざいな扱いをすると反抗期になる前例が今まさに右手にいるもんだから……。
もういっそドラ吉とかでよくない?
ほら、賑やかな俺の友人Tとも仲良くなれそうだし呼びやすさ重点という感じで……とかなんとか考えていたら、独りでに指輪へと戻った【真白の星剣】が右手中指で微かに震えた。
真面目に考えろってか。わかったよ頑張るよ怒んなって――――
地上までの距離を半分食い潰し、落下速度も中々ご機嫌な域まで達してきた頃合い。ブワッサバサ顔を覆う白髪を乱暴に払いつつ《転身》起動、次いで数秒前まで対峙していた〝竜〟の特徴を思い起こす。
言うに及ばず『記憶』はバッチリ、その身に纏っていた星模様の一つひとつすら精彩に覚えている。【星屑獣】の〝星空〟は個体によって様々であり、種別やサイズを除けばそこが唯一の『個性』とも言えるだろう。
が、俺は別に星座や天体といった方面に明るい訳でもないので……目に留まるものなんざ、一番大きく輝いていた星くらいのもんだ。
そしたら――――よし、決めた。
後輩には優しく当たる方針なのか、はたまた〝星〟繋がりでお気に入り判定を下したのか、謎に機嫌良さげな星剣も俺が脳内に浮かべた名前に文句はないようだ。
苦笑を一つ、左手の翠刀を鞘へと仕舞う。
地上まで残り数秒。まだ開戦から一分強というところだが、ざっと見回しただけでも下は早々に大騒ぎとなっている模様。
遅れてくるヒーロー的なクライマックス感は皆無だが……ならばせめて、ド派手な援軍ムーブをかましてやろうぜ新入り!
しからば出て来い、お前の名前は――――
「【サファイア】」
地上スレスレ、宿主の命名と呼び掛けに応えた夜闇の翼が開花する。
影から溢れ出した星空は〝竜〟の形。天から降り落ちた主をその背で掬い取ると、変わらぬ巨躯は高々と舞い上がり――
「…………これ、本当に個人で使役していい類のアレか?」
大翼を羽ばたかせ空に浮かぶ巨大な【星屑獣】……その迫力に遅ればせながら、呆れ交じりに慄く宿主の視線の先。
〝竜〟を見下ろした者にしか目にすることが叶わない煌めき――その背に在る一等星は、深く澄み渡った蒼に光輝いていた。
名付けの深い理由とかは後で。
そんなことやってる場合じゃないんよ。