赤を纏うは白の星、黒を纏うは蒼の星 其ノ弐
〝想起〟――からのトリガー。
喚び出した二本目の【紅玉兎の緋紉銃】を推進力代わりに撃ち放った瞬間、思考加速によって平時の何倍にも膨れ上がった情報の瀑布が雪崩れ込む。
加速度、進路のブレ、体勢の推移エトセトラ。諸々の掌握すべき要素をさておいて、なによりも掴むべき未知は右の金眼によって既知へと成った。
踏み込み、駆け抜け、主が敵と見定め接近した〝竜〟をターゲットした《赤円》の刃が夜空を迸り――しかし、未だ最後の星を捕まえること叶わず。
また躱された。が、手品のタネは右眼がしかと捉えたぞ。
翼を広げれば全幅十メートルにも届きそうな巨体が瞬時にビー玉サイズまで収縮して、まさしく流れ星の如き高速移動によって『赤』の刃を掻い潜った様を。
どういう能力だよ、翼があるなら羽ばたいて飛べやなどなど腹の底から湧き出したツッコミは数あれど必要以上の驚嘆も問題もナシ。
――――閉じた左眼を開いてしまえば、二度と逃すことはない。
目蓋を持ち上げ、開くは銀眼。色彩が欠落したモノクロの左が右眼の視界と混じり合い、言い表しがたい激烈な違和感を脳に叩き付けてくるが一切無視。
やるべきことは、ただ〝照準〟を合わせて、
「《森羅眼照》」
逃がさないと決めた敵を見据えるのみ。
さすればモノクロとカラーが混じり合う歪な視界の中で、かの星空だけが鮮明に浮かび上がり……次の瞬間、その姿が二重にブレた。
――残り八秒、上げてこうか。
リコール&トリガー。《浮葉》の効果はとっくに切れているため初っ端ほどの推力は望めないが、それでも任意方向へ舵を切れるのは十二分の有能択。
《兎乱闊躯》による微細な体勢制御と並行して散らばせた小兎刀の絨毯を踏み抜き、『決死紅』の燐光を散らして空を翔ける。
真直ぐ突っ込んでも躱されるだけなのは把握済み、三度目の正直に期待するのも御免だ――しからば、予知眼が示す一秒先の未来を先んじて追えばいい。
ブレから生じた半透明の写し身が収縮し、現実の肉眼では捉えることが難しいであろうサイズとなり宙を超速で奔り抜ける。
描いた軌道は物の見事に、俺がフェイントで示したルートを掻い潜っていた。
瞬間速度は俺の脚に迫るものがあるが、それで一度ならず完璧な回避を実現するためには他の要素……それこそ、俺の〝眼〟のような特別な何かが必要なはず。
迫る、ということはつまり、速度だけなら確実に劣ってはいるということ。
それ即ち、こちらが両眼を開いたことによって特別な何かをイーブンにしたとあれば――導き出される結果など、火を見るよりも明らかだ。
予知が示したルートを寸分違わず辿り、圧縮された星空が再び翼を広げた先。予測では〝敵〟がいるはずの方向へ首を向けた〝竜〟が、意に反して生じた二つの予測外によってピタリとその巨体を中空にて硬直させる。
一つは、首を向けた先に〝敵〟の姿が無かったこと。
もう一つは、
「――――ッハ、驚いてくれたもんと思っとくよ」
自らの背に、小さな者の重みを感じたこと。そして、その身が再び星粒となるよりも先――俺の〝右腕〟が一人でに動き、
爆発的に膨れ上がった『赤』の煌輝を、星空の竜へと叩き付けた。
『――――――』
声無き【星屑獣】の悲鳴が、情け容赦なしの巨剣一閃によって打ち落とされた竜から伝わってくる。落ちている……つまり、まだ動いている。
即ち、まだ絶えていない。
流石は推定親玉級――そしたら、サクッと完璧に決めさせてもらおうか。
「《威風慟導》」
背後の天上へと向けた両の掌から、これまでの空中機動で余裕の臨界に達していた風力を解放。叩き落とすも未だ健在な〝竜〟を追って我が身を墜とす。
瞬間、真白ノ追憶を解除。契約時間は数秒ばかり残っているが、ゆうて戦果は既に腹いっぱいだろう――まあほら、あれだよ。
〆くらいはこの手で直接、格好付けとくべきだろってな!
「【刃螺紅楽群――――」
砕け散った『赤』の中から右腕の制御を取り戻し、星剣を手から放つと同時に《十撫弦ノ御指》起動。
「――小兎刀】」
落ちるままにバラ撒いた紅刃の雨を追い越しながら《十撫弦ノ御指》解除。続いて両手に喚び出すは新たなる緋紉銃二丁――トリガー。
更に《鏡天眼通》加速倍率を五倍へスイッチ。
急速に遅くなった知覚世界においてなおも爆速でMPが消し飛び始めるが、あと十秒少々は保つことだろう。五秒あれば済む、十二分だ。
轟砲の切り替え連射によって強引に推力を生み出して急加速。遂に先を行っていた〝竜〟の巨体へと追い付いて……追い越して、着地。
そして着装【仮説:王道を謡う楔鎧】――結式一刀、無刀術。
「《震伝》」
一瞬遅れて地上へ達した〝竜〟のどてっ腹へ左の掌を添えて《空翔》起動。思考加速の助けもあって出力調整はキッチリ五割。
足りない分は『纏移』で多段式補助だオラぶっっっ飛べぇッ‼
身体のサイズを思えば予想外の軽さ。それでも数百キロ程度は余裕でありそうだったが、ともあれ〝竜〟は撃ち上がり舞台は整った。
飛来した星剣を右で掴み取ると共に、既に左で【早緑月】の刃は抜き放たれている。しからば後は、この両手を振るうのみ。
《空翔》再起動。
地を蹴飛ばして空へ舞い戻った俺と、先んじて打ち上げた〝竜〟の巨体。そして事前に撃ち下ろした小兎刀の雨とが一点で重なり――――
「《煌星》」
天無き夜空に一瞬七閃、秒にして無数の星が煌々と輝いた。
◇【星屑獣】の調伏に成功しました◇
◇契約者は【星】に名を与えてください◇
条件の一つは〝自分を捕まえられる者〟
そいつ『アルカディア鬼ごっこ挑んじゃいけないランキング』首位なんですよ。