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狩りは控え、ひたすら陽が沈むまで拠点に引き籠もっているだけ。
そう言えば『イベント』にあるまじきムーブには違いないが、実際のところサバイバルなんて自然の中でダラダラしているだけで楽しいもんである。
件の朝襲を除けば特段イレギュラーが起こることもなく。仲間同士で交流しつつ思い思いに過ごしていれば、最終日の夜もあっという間に訪れた。
現実世界と比べて五割増しとはいえ、それでもやはり一日ってのは短い。
当初は無限に思えた三泊四日の長期イベントも残すところ六時間程度。すぐそこに迫ったフィナーレを見据えて、俺たちがすることなど当然――
「――これが食べ納めってのが、実は一番寂しいまであるかもしれない」
「最後まで大袈裟なやつだな」
「とかなんとか言ってぇ。こーんな張り切って山盛りにご馳走用意したんだから、褒められるのも満更じゃないんでしょふふふのふー」
「やかましい。残っていた食材を全部片付けただけだ」
そりゃもう、一足早い『お疲れ会』を兼ねた盛大な宴の他にあるまいて。
机も椅子も取っ払い、最初期よろしくの床直スタイル。しかしながら、グループメンバー同士が腰を下ろしている距離は随分と縮まったように思える。
ノノさんの揶揄い言葉通りに照れているだけなのか、それとも本人の言葉通りに『仕事』を全うしただけなのか。鉄さん渾身の在庫大放出によりアホみたいな種類&量の料理が床を埋め尽くしており、賑いの燃料には事欠かない。
モシャモシャと羊料理を頬張っているウチの相方もご満悦だ。こいつ〝羊〟から【星屑の遺石】を回収して以降それしか食ってねえな。なに、大好物なの?
現実世界でラムチョップローストでも作ってやったら喜ぶだろうか。
「でもまあ、今回のイベントで『料理人』の地位はハチャメチャに上がるでしょうねぇ。アルカディアで空前の料理ブームが到来するかも?」
「それはありそう……ってか、もしこの【星空の棲まう楽園】が恒常化するなら、来てくれないと困るんじゃないか。人口増加必須だろ」
聞くにアルカディアの生産系プレイヤー自体の人口は相当数いるらしいが、料理人に限っては不人気……とまではいかないものの、他の純粋な魔工生産ビルドと比べて著しく数が少ないらしい。
理由は単純――需要がなかったから。
俺自身、初期に蛇フライだのなんだのを食して以降は基本的にこっちで食事は取っていなかった。なぜかと言えば、強化効果みたいなゲームにありがちな仕様がアルカディアの『食事』には存在しないというのが一点。
そしてもう一点は『腹に溜まらない食事』という違和感をどうにも受け入れられず、敬遠まではいかないが進んで手を伸ばそうと思えなくなっていたから。
飲み物くらいなら、シンプルに味だけを楽しむのに集中することでガム的な嗜好品として脳内変換できるんだけどな。食べ物は噛んで食感を意識することで『食』を強く意識してしまい、どうしても呑み込んだ後の空虚さがキツいのだ。
しかし今回のイベントにおける特別仕様下で、その違和感は一掃された。そして違和感が取り除かれた仮想世界の〝食事〟は、まさしく『現実では味わえないファンタジー料理』という極上の嗜好品へ昇華を果たしたと言えよう。
「どうだろうな。結局、イベントが終われば仕様は元通りだ。推測通り恒常化されたとして……開催ペースはわからんが、よくて月毎が精々だろう」
そんな限られた活躍の場だけを求めて、果たして料理人が増えるものか――と、鉄さん本人は首を傾げるも〝反論〟は即座。
「いやいや増えるね確実に。むしろイベント期間とか関係なくアルカディアの『料理』は需要爆増するよ、百パーセントこれ絶対」
言葉に似付かわしい確信の色をもって、現職人第三席が絶対を宣言した。
「そもそも、この世界の料理って味だけなら現実を軽く凌駕してるんですよ。あ、もちろん料理人の腕に依存しますけどね?」
同意を確認するようにオレンジ色の瞳がこちらを向くが、それに関しては素直に頷くしかない。まず魔法を使った不思議理論によって『絶対に現実では再現不可能な調理法』が存在している時点で、選択肢の幅という要素の絶対数で勝てない以上は勝敗など決まり切っているのだから。
「それでもこっちの食事が多くの人から避けられていた理由は、食べてもお腹に溜まらないっていう現実味のない違和感が強過ぎたから――で、それが美味しいって感情を相殺しちゃってたんですね」
「まあ、食後の満足感って重要だからなぁ」
「それです。飴玉程度ならまだしも、でっかいステーキを食べても空腹のままなんて違和感どころの話じゃないですからね。現実感がなさすぎて、舌をどれだけ喜ばせても最後に残る感想は〝チープ〟になっちゃうんですよ」
お腹一杯にならなければ無限に美味しいもの食べられるじゃん――と、俺も最初の頃は思わなかったでもない。が、実際問題これまで仮想世界の食事を避けていたというのが現実にして結論だ。
人間ってのは難しいもんだな。人それぞれというか、当然ながら違和感を気にせず仮想世界食に馴染んでいたプレイヤーも存在はするらしいが……まあ、それでも料理人の数が少ないというのが両者の比率を明確に示している。
「で・す・がー! 今回こうして料理人に恵まれたグループのプレイヤーたちは、その違和感が一切ない状態で〝美味〟を存分に堪能してしまった訳ですよ」
言いつつ――流石に、本気でそれをやっているわけじゃないだろう。
まるで「はいあーん」とでも言うように、ノノさんはフォークに刺さった羊のローストを俺の前に突き出して悪戯っぽく笑った。
「我慢できると思います?」
「………………人にもよるだろうけど、まあ無理、かなぁ……」
人間に限った話じゃないが、生き物ってのは『味』を覚えてしまうもんだ。
ネガティブなものであれば「もう懲り懲り」と避けて通り、ポジティブなものであれば「もっともっと」と無限に欲しがる。
なるほど、一度こうして特上のポジティブを経験してしまった以上は……。
「違和感なんて些細なこと……に、なってるのかね? 俺も」
「おそらくは。答え合わせはイベント終了後ですね――はいニアちゃん、あーん」
真面目モードは終了したのか、ニパっと表情を崩して俺の前からフォークをスライド。挑発めいたアクションをした彼女に黙ったままジト目を向けていたニアは、口元に差し出された好物へやや乱暴に噛みついた。
微笑ましい。
「…………まあ、なんだ。どのみち俺はイベント後も平常運転だから、なにか食いたくなれば相方でも連れて店に来るといい」
「お、マジか。店をお持ちで」
「あぁ、セーフエリアの隅にな。小さいものだが」
料理人にとっては極めてポジティブな話題であったはずだが……鉄さんの顔に浮かんでいるのは、相変わらず穏やかというか覇気を感じさせない静かな表情。
しかしながら、続く言葉に関しては――
「その時はサバイバル環境のあり合わせなんかじゃなく、本当に美味いものを食わせてやる――些細な違和感は、我慢してもらうことになるけどな」
「はは、絶対行く。楽しみにしとくよ」
満更でもないのだろう内心は透けて見える。ゆえに俺も素直に笑みを浮かべれば、彼もまた薄っすらと笑顔を返してくれた。
好物に夢中で一言も喋らないヒロインがいるらしい。