並ぶ矢印
星空は記憶を見つめている。
夜を後にして、なおも灼き付いて褪せない〝紅〟を。
闇に紛れ遥か高みから眺めた、燦然と輝く〝白〟を。
求める者――否。
相応しき者――否。
能わない者――――否。
交わらざる者――――――否。
彼こそは、星を担う者。求めるのではなく、求められる輝きの其。
なれば、悠久に凍じた大翼を広げる時は来たれり。
この星影が望むは――果てを目指す宿主、ただ一人であるゆえに。
◇◆◇◆◇
「――――んふ、見つめてるねぇ」
「…………なにか文句でも?」
背中へ掛けられた揶揄いの言葉は、今イベントにおいて何度目のことか。
いい加減うんざりを通り越して慣れ切ってしまい、それこそ『文句』と共に振り返れば傍らにてニコニコ顔のオレンジ色。
仏頂面も低い声音もサッパリ脅しにならないのが腹立たしくもあるが、流石に自業自得は承知の上なので怒るに怒れないのが困ったもの。
仕方ない。胸の内ではこれでもかというくらい人目を気にしている癖に、瞳と身体が勝手に吸い寄せられてしまうのだから。
泣いて謝るくらいベッッッタベタに甘えてやると意気込んで――結果、予定していた意気込みの十割り増しくらいダメになっている自分の蒔いた種だ。
仕方ない。ブレーキなんて、いつかの日から跡形もないのだから。
「〝お相手さん〟とも打ち解けたしそろそろいいかなーってことでね。ここらで、満を持して恋バナを展開したいと思うのですがぁ」
「ダメ。イヤ。ハウス」
「ハウスは酷くない!? 徒歩十秒だよ!」
「もーうぉーうぅるさいうるさいじゃれついてくるなぁ……!」
散歩を終えて拠点に帰還するや否や、すっかり人気者の〝お相手さん〟が男性陣に連れて行かれてしまい紅三点を解散後。
また例の怪しい講座を開いてワーワーやっている彼(美少女)を遠巻きに眺めながら、背中に圧し掛かって来る友人を押し退ける。
「いーぃじゃーんニアちゃんってば曲芸師さんに終始ベッタリで折角ウルトラミラクルでイベントエンカウントしたのにぜんっっっぜんスキンシップ取れてないからノノミさんは寂しくて寂しくてもう本当に――」
「やーもう重い重い重いぃ! ベタベタするなぁ!」
「あっはっは特大ブーメランで笑っちゃうよねぇ!」
椅子代わりの巨大な切株の上で攻防を繰り広げていると、全員参加の『曲芸師講座』から少なからずの視線が飛んでくるのを察知する。
グループ発足からこっち紅二点……もとい、マスコットを見るような眼差しを頂戴しているのは承知のこと。ひどく偏った男女比ゆえに注目が集まるのは仕方ないが、元より男性の視線が得意ではないので少しばかり居心地が悪い。
仮想世界の男性プレイヤーはビックリするぐらい紳士かつ弁えている人ばかりであるため、現実世界のように怖い思いをしたことなど皆無なのだが――
「とりあえず最初はアレだね。ド定番の『どんなところを好きになったんですか?』から始めよっか、ん?」
「最初ってなに。まず恋バナを拒否ってるんですけど」
「拒否はするけどそもそも恋愛事じゃないって言わない辺り、そこは確定でいーんだよね? いやまあ、そこ否定されても大笑いしちゃうけどさ」
ともあれ、こちらは弁えもしなければ容赦もしない。
『戦闘力:無』の引き籠もりビルドでは『戦闘力:微』の陽キャに抵抗叶わず、せめて憮然とした顔で無言の圧を放つも涼しい顔で受け流されてしまう。
メッチャ見られてる。ほんと恥ずかしいからヤメていただきた――
「っ……」
「あ。あーあーあーバチって目が合ってドキドキしたでしょ可愛いなぁ!」
「噛む」
「やめて!?」
男性陣に負けず劣らず、ワーワー騒ぎ始めたのを聞きつけたのだろう。
こちらを振り向いた青い瞳と視線が衝突してフリーズ――そんな図星を突かれた羞恥のままに歯を剥いて威嚇するも、巻き付いた両腕は離れていかなかった。
出会った頃からそうだが、どうしてこうも好感度が高いのかわからない。
元はといえば頑なに礼を受け取ってくれない彼女のせいではあるものの……それにしても、こちらは素っ気ない塩対応ばかりしているというのに。
「……あたしのことばっかり言うけど、そっちはどうなのさ。一鉄さんってどちら様? ギルドのメンバーさん?」
「ん? そだよー。半年くらい前に入った元ソロ料理人さん」
友人の知り合いということで自然と打ち解けたが、今回が初見であった青年と彼女の関係性は全くわからないままである。
が、あっちが「そろそろいいかな」と言うのであれば、こっちも同じくということで問い質させてもらうとしよう。
「わざと知らんぷりしてたけども、ノノミちゃんが男の人と行動してるって割と衝撃だったんですけど? なんなの、そっちこそなんじゃないの」
「んふふ残念。男女のお付き合い的なアレコレで言えば、お互いにこれっぽっちもタイプじゃないんだなぁこれが」
「……ノノミちゃんのタイプって『寡黙な仕事人』とかじゃなかった?」
むしろズバリではないかとツッコんでみるものの、
「あー古い古い情報が古いよニアちゃん。お姉さんの現トレンドは『面白格好良くて頼り甲斐のある年下好青年』だから覚えておきなさい」
「ねえすっごい腹立つ……!」
謎に勝ち誇った顔を至近距離から向けられ、何に対して勝ち誇られたのか意味不明な点も含めて心底腹立たしい。重ねて謎のお姉さん面も、揶揄い目的で浮かべていることは疑いようもないのでイラりポイントだ。
それでも許してしまう程度には心を開いていると、そこまでしっかり踏まえられているのが殊更に度し難い。
本当に、平時はどうしてこうなのか。
職人としての顔は、誰よりも格好良いくせに。
「っ、というかなにそれ面白格好良……――完全に一方向を見ながら言ったでしょケンカ売ってるのかなぁ!?」
「ケンカが嫌なら素直に恋バナしちゃえばいいじゃーん! ほらほら白状しちゃいなさい、お姉さんにぶっちゃけちゃいなさい、どこが好きなのほらほらほら!」
「んぁああぁああああああ゛ッ゛……―――― ま ず 顔 ッ ッ ッ ! ! ! 」
止まぬ攻勢に『もう知ったことか』とヤケになって叫び返せば、まさかのド直球に不意を突かれたのか〝敵〟は「んぐふっ……!」と声を詰まらせる。
逆襲の一手とするにしても後先顧みない自爆が過ぎた――と、ニア自身が撃沈するまで残り三秒の出来事であった。
◇◆◇◆◇
星空は見つめている。
一途に彼方を見つめ続ける、透明な水面のように煌めく〝藍〟を。
天を揺蕩う双星のごとく、果てを見通す可能性を秘めた〝瞳〟を。
彼女こそは、求める者にして星を宿す者。
なれば、悠久に没した冠を戴く時は来たれり。
この星影が望むは――統べる才を秘めた宿主、ただ一人であるゆえに。
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