餌付け(腕力)
「――――ん゛ん゛ぅ~……」
「やっぱダメか?」
「ダメそう、ですねぇ」
「これで七連敗かぁ……」
「竜型は見当たりませんし、試せる分は……まあ、お手上げですかねー」
「んー……ぜっっっっったい戦闘以外でも条件あると思うんだけどなー」
「………………あの、さぁ……何度も言ったけど、本当に何度も言ったけど。他に条件があったとして、あたしコレだけはないと思う絶対に」
と、呆れ混じりの声音に首を向ければ、相方から飛んできているのは正しく純度百パーセントの呆れに満ちた視線。
藍色のそれを受けて、交互に言葉を投げ合っていたノノさんと顔を見合わせる。小ぶりの【星屑の遺石】を摘まんで標的の眼前にチラつかせていた彼女が肩を竦めるのを確認してから――俺もまた、諦めをもって両手を離した。
途端、取っ捕まり藻掻いていた〝兎〟は逆襲するでもなく……ご自慢のインファイトを完封され囚われの身になったことで白旗を上げたのか、敵意を喪失したまま一目散に逃げ去っていく。
残念無念、またしても餌付け失敗である。
朝の襲撃を経て開かれた作戦会議は、結論から言えば『初志貫徹』を答えとして十分足らずで終わってしまった。
いよいよ完全フォローの余裕が無くなってきた俺も今回ばかりは「任せろ」と大言を宣う訳にいかなかったのだが、そこはなんというかまあアレだよね。
グループメンバー総員から「足手纏いにならないよう死ぬ気で気張る」とまで言われちゃあ……リーダー扱いだのなんだのは置いといて、男たるもの応と答えるしかないというもので。
そもそも彼らを足手纏いだなどと考えたことは一度も無いというか、もっと言えば『序列持ち』:『その他プレイヤー』の人口比率からして百万分の一とかいう極低確率で彼らに混じってしまった俺が異物なだけ。
こちらが気を遣ってしかるべきというスタンスで振る舞ってきたつもりゆえ、それを確かに察した上で俺を立ててくれるメンバー各位に頭が上がらない。
これはいよいよ、俺も本気とか生温いことを言ってる場合ではあるまいて。
それなりに全力の戦闘も重ねて調整も着々と仕上がりつつはあるので、出し惜しみせずに〝限界突破〟の披露へと踏み切るべきだろう――――
とまあ、そんな感じに。
最終的に『とにかく頑張る』とかいう小学生並みの結論を出した我らグループは、しかし張り切った末に更なる難易度上昇を引き起こす訳にもいかず引き籠もり続行。俺も昨日に引き続き、紅二点のエスコート役を務めている次第である。
とはいえ、別にただ目的もなく散歩に興じているわけではない。
昨日は謎に静まり返っていた森で【星屑獣】を見つけられず断念していたが、今日は注意深く探せばチラホラ星空の姿が見つけられる。
そのため、こうして『調伏』の検証を行っているというわけだ。
ちなみに鉄さんは「俺はペットはいらん」と同行を拒否。なにか含みがありそうな様子だったが、ペットに嫌な思い出でもあるのだろうか。
さておき。
「ないってことはないだろ。むしろ餌付けくらいしか戦闘員以外が調伏するルートって思いつかなくないか?」
「餌付けがないって言ってるんじゃないの。取り押さえて拘束した上で口元にグイグイ石ころ押し付けるのがないって言ってるの」
頭が痛いとでも言うように額に手を当てるニアに対し、俺とノノさんは再び互いに顔を見合わせて、
「そんなこと言っても、ねぇ?」
「押さえてもらわないと、私なんか一撃KOだよ?」
失礼ながら、ノノさんもニアと変わらず基本的には虚弱スペックだ。現実の一般女子とは異なり森の獣道でも全力疾走できる程度のステータスはあるものの、エネミーと取っ組み合いができるほどの身体能力はない。
先程の〝兎〟も外見的には小柄で可愛らしいが、単純な戦闘能力で言えば現在確認できている干支シリーズ中〝竜〟〝虎〟〝蛇〟に次ぐ第四位。
必殺のサマーソルトに顎でも撃ち抜かれれば、下手すりゃワンキルである。
「だぁから、きっと他に無理のない方法が……」
「あるか……?」
「基本的に、こっちを発見するや否や襲い掛かってきますからねぇ」
ニアの文句にも一理あるが、俺とて端から代案があればこんなゴリ押しは試しちゃいない――だけどまあ、なにかしら絶対に在るはずなんだよ、戦闘を介さずに【星屑獣】を調伏する別の手段が。
無ければおかしいのだ。なぜって、アルカディアはゲームなのだから。
戦闘職にも生産職にも分け隔てなく門扉を開いたイベントの目玉コンテンツが、後者だけ関われない仕様になっているなど有り得るはずがないのだ。
「相性の問題……とか? まだ出てきてない四種類が、非戦闘タイプみたいな」
「その可能性もあるかもしれないけど、なら新型を引っ張り出すのに戦闘で【星屑の遺石】を溜め込まなきゃいけないってのがナンセンスだろ」
「あーでも、どうでしょう。職人系はサバイバル環境を整えるために序盤が大忙しになりますから、対応する型が後から出てくるのは……それっぽい、のかも?」
と、ノノさんが挙げた説に一瞬だけ納得しかける――だがしかし、
「他所の状況が一切わからないから確かなことは言えないけど、うちのグループって多分おそらくきっとメッチャ順調だった方だぞ」
腕のいい料理人のおかげで士気は常に高く、拠点は進化に進化を重ね立派な防衛基地状態。食にも住にも困らず序盤はガッツリ狩りに勤しんでおり、度重なる夜襲ではポップした【星屑獣】を毎度のこと根こそぎ狩り尽くしている。
遺石の蓄積量でステージが進む仕様という推測が正解なのであれば、我らがグループは相当なペースで進行度を稼いでいたはず。
そう考えると……。
「んん、それは確かに」
「だろ?」
残る四種が丸ごと職人プレイヤー向けの調伏対象なのだとすれば、難易度が偏り過ぎている。如何にアルカディアが『MMOらしい公平さ』に蹴りを入れるゲームデザインをしているとはいえ、その辺のバランス感覚は信頼が厚い。
誰もが主人公になれる〝可能性〟だけは等しく授けてくれる仮想世界は、こういった部分では絶対にプレイヤーを裏切らないと。
ゆえに、えてして正解が見えず八方塞がりになったときは……。
「「「前提が間違ってるのかなぁ……」」」
自分たちが根本的になにかを履き違えているのだと、自然に気付くことができる。そこに関しては、このゲームは実にゲームらしく有情なのだ。
まあ、見当違いに気付けたとて正答を見つけられるかについては――
「いっそのこと、武装解除して大の字で待ってみるか?」
「無害アピールですねぇ。ふむ、ナシではないかと」
「いやナシでしょ。襲われたらどうすんのさ」
「安心しろ。俺の丸腰は完全武装と同義だ」
「便利ですよねぇ。いいなぁクイックチェンジ、私も使いたいなぁ」
「あぁもう、あたしツッコミキャラじゃないんだけどなぁっ……!」
――といった具合に、また別の話ということで。
巨体の〝猪〟や〝虎〟も取り押さえたのかって?
そらもう【仮説:王道を謡う楔鎧】の力尽くで地に押さえ付けながら右手の【兎短刀・刃螺紅楽群】と自律機動の【真白の星剣】を眼前にピタリよ。
ニアちゃんが正しい。