最終日:朝
――――イベント最終日となる四日目。
やけに静かだった三日目と異なる雰囲気、あからさまな森のざわつきに気付かない者などおらず。俺たちは例外なく目覚めた傍から『嫌な予感』を覚えていた。
得てして、仮想世界におけるそれが杞憂で済むことは稀である。
それはシステムに与えられた、現実世界を遥かに凌駕する五感が成し得るものなのか……はたまた、知らずの内にシステムから〝通達〟でも受けているのか。
知る由もないが、結局のところ。基本的に世界の理に従う他ない俺たちプレイヤーができることは一つだけ。
降りかかる幸、あるいは不幸を、ただ等しく――
〝お祭り〟として享受することのみである。
「ッ――――悪い、抜ける! 踏ん張ってくれ!」
響き渡った笛の音が耳に届き、指示とも言えない端的な言葉を残して踵を返す。
チラと視界の端を掠めたサムズアップにこちらも親指を返しつつ、既に紅の燐光を解き放ち全開状態のアバターを宙へ飛ばした。
高く身体を跳ね上げつつ『笛』の在処へ視線を向ければ、例によって屋上に上がり気休め程度の安全確保を行っている職人三名――内女子二名が一様に指差す方を目的地と定めて、既に眼前へ放っていた小兎刀を踏み付け方向転換&全力跳躍。
遅ればせ行先の状況をしかと捉えればいやもうヤベェ大層な騒ぎだこって……!
《ルミナ・レイガスト》及び《リフレクト・エクスプロード》を並列起動。わんさか集っている小物に翻弄されながら、大物一体にメチャクチャ押し込まれている一班の元へと急行した勢いのまま、
「そぉ……ッらァ‼」
土を盛大に抉り散らしながら旋回によりエネルギーを散らしつつ制動。
受けると言うよりも殴り付けるような形で【仮説:王道を謡う楔鎧】の手甲を裏拳スタイルで振り翳す――瞬間、拳と鋭爪が触れ合いガードが成立。炸裂した真紅のエフェクトが〝猪〟に迫るであろう巨体を真上に吹き飛ばした。
一瞬だけ肩越しに後ろを見やれば、尻餅をついた救助対象は五体満足。はいオッケーこれにてワンミッションコンプリート。
追撃に右から撃ち放った【真白の星剣】の鋒に喉笛を貫かれた〝虎〟は、連続大ダメージを耐えることなく絶え果て爆散。小物と比べて大ぶりで輝きも強い遺石を落として戦果を告げるが――ハイ来ました再びの笛音。
ったく……ほっと一息つく暇すらありゃしねぇ‼
やりたい放題の花火大会から、一夜明けてのAM9:00。
フィナーレを前にしての既定イベントか、もしくは好き勝手やり過ぎた誰かさんに対する因果応報か。これまでの定石を覆す賑やか極まる朝襲によって、最終日の朝はこれ以上ない喧騒に包まれていた。
…………目覚ましにしたって、過剰もいいとこじゃありませんかねぇ?
◇◆◇◆◇
「いやぁ……スッと終わってくれて助かったねぇ」
AM10:00――まではいかず、二十分程度で終幕と相成った朝の突発襲撃。
急遽の対応を強いられたゆえに拠点のそこかしこで発生した被害の修復作業中、親方ことオークス氏が漏らしたのは〝不幸中の幸い〟を示す言葉。
しかしながら、傷んだ防壁の再設置に励む彼の顔には……というより、グループメンバー総員の顔には、一様に似たような表情が浮かんでいた。
つまるところ、なんかおかしかったな――と。
そのため資材を抱えて親方のフォローをしていた俺も適当に「そうっすねぇ」とは返せず、答えをまとめるために少々の時間を要して、
「星屑獣、これまでと動き違いましたよね」
「…………序列持ち殿の目にも、そう見えたかぁ」
結局はスパッと結論を提示すると、彼は「参ったな」と言うように頬を掻く。
…………顔も体格も全く似ていないんだけどさ。基本的に話口調が穏やかで困り顔がデフォルトである彼の様子が、時たま父上に被って見えるのは内緒の話。
「皆して俺のこと経験豊富みたいに言いますけど、実態はアルカディア歴数ヶ月の新参者ですからね? 未知の事態に際して口から出るの、大体は勘っすよ」
「歴が短くても、私らとは修羅場を潜った数が違うだろうから仕方ないさ」
「またまた、ご謙遜を」
この三日で誰も彼もとすっかり打ち解け、息をするように軽口を叩き合うことくらい朝飯前――いや、襲撃前に済ませたから今は朝飯後なんだが。
なんて、アホなことを言っている場合ではなく。
「統率が取れてたというか、賢くなっていたというか……なんというかこう、戦術を感じさせる動きだったよね」
「っすね。これまでみたいな一気に湧いて雪崩れ込むだけの、性懲りもないワンパターンとは全く違った」
新型の〝虎〟など、奴ら全体の急激な知能向上と比べれば些細な変化……ちなみに、一人だけ件の巨大虎の調伏に成功したプレイヤーが現れて超羨ましいという話は置いておくものとする。おめでとうベケット氏。
――ともあれ大物と小物が混じり合い、小分けになった『小隊』がチクチクと突いてくる今回の襲撃スタイルは厄介の一言。
いくら速く戦場を駆けられようとも、究極的に俺の身体は一つしかない。一斉に襲い来る『輪』であればグルリと一周撫でればそれで済むが、絶妙にタイミングをずらして息つく暇もない連続攻勢を重ねられると少々キツい。
どうしても、反応が間に合わないシーンが出てくる。
「なんとかなったのは、襲撃規模が控えめだったから……だな」
数で言えば夜襲には遠く及ばない程度。いつものパターンをなぞっていれば、二十分と言わず五分少々で片が付いていてもおかしくなかっただろう。
それを軍隊運用の如き戦術によって引き延ばされた……推測を重ねて言い変えれば、何者かが余計な消耗をこちらに強いてきた。
自分こそ謙遜しつつも、本音を言えば個人的にそれなりの信を置いている己が勘。それが今、自信満々に告げているのは――
「とりあえず、サクッと修繕済ませて作戦会議しましょうぜ」
「大賛成。結局、のんびりサバイバルは許されないようだねぇ」
本日堂々の最終日。フィナーレを飾るラストの夜襲はヤベーことになるぞという、言われずともわかりきった予感ただ一つであった。
トラッキー裏山案件。