魔工の礎
「なにこれ、魔法か?」
「じゃなくて、ステータスウィンドウみたいなもの」
宙に広がった光を指して問えば、返ってきたのは首を傾げざるを得ない答えが一つ。少なくとも、俺のアルカディアにこんなビジュアル極振り洒落乙ステータスウィンドウなど実装されていない。
「『Dスフィア』――デュアリティ・スフィアって呼ばれてる、魔工師それぞれが持ってる〝可視化された才能〟だね。才能より、個性って言った方がいいかな?」
「でぃーすふぃあ」
デュアリティ、ねぇ。一体なにとなにを示して『二重』を謳っているのやら。
「ものすっっっっっごく簡単に噛み砕いて端的に説明すると、これをどう見てどう捉えてどう解釈するかっていうのが魔工の基礎であり〝全部〟」
「見る捉える解釈するって意味被りまくってない?」
「で、それが職人一人ひとりのオンリーワンな技術体系に繋がるってわけ」
「最近さらっと俺のツッコミ無視するよねニアチャン」
しかしまあ、言いたいことは大体わかった。要はアルカディアあるある、言葉で説明することが困難な類の不思議ファンタジー案件ってことだろう。
「魔工について教わるっていうのは、基本的に自分だけのDスフィアを理解するまで手を引いてもらう……って意味になるね。わかる?」
「ごめん、全くわからない。もうちょっと粉々に噛み砕いてくれ」
「んんー……自転車の補助輪。水泳のビート板」
なるほど、わからん――という内心は、こちらの表情で十分に伝わったようで。
「だぁから言語化が難しいんだってば。キミも誰かに《魔工》スキルを貰えば自然とわかるようになりますよーだ」
ぷくっと頬を膨らませて『無理』と示すニアの言葉に、とりあえずは理解したフリして納得するしかないのだろう。
例によって、アルカディアお得意の脳内インストールもあると思われることだし――と、ちょっとストップまた疑問が追加されたな?
「誰かに貰うってどういうこと?」
「…………ねぇキミ、本当に戦闘以外のことに興味あるの? 流石に他ジャンルに対するアンテナ低過ぎない?」
「だから、低いというか立てる暇がないんだよ。【曲芸師】始動のほぼ最初期から関わってる【藍玉の妖精】殿ならご存じだろ」
ジトッと疑うような目に負けじと半眼を返せば、ニアは「それはまあ……」と納得しつつも「その呼び方やめて」と太ももをひと抓り。
痛みなんかありはしないが、くすぐったいからヤメなさい。
「《魔工》ってね、他のスキルみたいに自動取得できないのさ。既に所持している人から授与される形でしか覚えられない特殊カテゴリってやつ」
「なんだそれ。一番最初に獲得した人はどうしたんだよ?」
「あはは、それは簡単。NPCから貰ったんだって」
「あぁー…………なるほどね、そういうのもアリなのか」
弟子入り……とはまた違うんだろうけども、その辺も『教えを受ける』に含むプレイヤーは多そうだな。
話を聞くに、ニアはノノさんからスキルを授与された訳ではないらしいが。
「とーにーかーくっ、まあそんな感じだよ。あたしは最初の頃とにかくスフィアの理解が進まなくて、ノノミちゃんにはその辺でお世話になったの」
「ふーん……」
ノノさん以前の先生役――スキルを貰った相手からも手解きを受けたりしそうなものだが……と一瞬なり考えたものの、相性の問題とかあるだろうしな。
話を聞くだけでは理解できない類の難解な問題ゆえ、そこは余計に。察するに、ニアとノノさんが似たようなタイプであることをカグラさんが見抜いた――とか、そんな辺りの話になるのではなかろうか。
「どう見てどう捉えてどう解釈するか……だっけ。そしたら、ニアにはこの素敵プラネタリウムがどう見えてる――あ、これ聞いて大丈夫なやつか?」
例えにしても『ステータスウィンドウみたいなもの』と称すくらいなら、戦闘職にとってのビルドと同じく基本は秘匿情報である可能性がある。
それゆえ気安く問い過ぎたかと反射的にブレーキを踏んだのだが、ニアから返ってきたのは「別にいいよー」と気にした風のない軽い答えだった。
「あたしは〝パズル〟だね。そこから通じて、あたしにとっての『魔工』はカシャカシャカシャーってピースを組み替えて組み替えて組み替えて――望んだ形に造り上げるアトラクションみたいなもの、かな?」
そう言われて思い出すのは、これまで何度か目にした彼女の作業風景。
手元に生み出した幾つもの魔法陣をカシャリカシャリと操作している様は、今にして思えば確かにニアが言う通り〝パズル〟そのものであった。
「なるほど……いや、なるほどな。つまり、そこの認識で作業工程も魔工師によって千差万別になるってことか」
「そゆことでーす」
まだまだふわっとしちゃいるが、一応は理解に辿り着けたらしい。
ドヤ顔で俺の頬をつつこうとした不埒者の人差し指を取っ捕まえつつ、曲がりなりにも疑問の落着を経てスッキリである。
「カグラさんの作業も見たことあるでしょ? あたしのやり方と全然違うけど、別に武器防具とアクセや衣装でジャンルが違うからって理由じゃないからね」
「なるほどしか出てこないな。いや普通に勉強になった――ちなみに」
声音が徐々に溶けてきている辺り、お喋りしながら例によって〝おねむ〟になりつつあるのだろう。そろそろ解散へ向けて説得を始めるかと考えつつ……。
秘匿情報というわけでもないなら、最後に一つ興味本位で聞いてみたいことが。
「カグラさんにとってのスフィアは、なんなんだ?」
なんとなくでも、俺が興味を向けることを――そして、大体それに関しては予想が付いていることも察していたのだろうか。
眠気で緩み始めている頬にニマりと笑みを浮かべた相方の答えは、
「――――〝炎〟だってさ」
果たして、まさしく俺の予想通りのものであった。
ニアちゃん「言語化が難しい」
作者「こんなの言語化できるわけないだろ」
気になる人は頑張って私の頭の中を遠隔透視してください。