技術の先に沼一つ
「――――あれだよね。元を正せば、キミとカグラさんが出会っちゃったのが仮想世界的には運の尽きだったよね」
「人の膝を占拠してとんでもないこと言い出したな?」
忖度なしの本気を披露するまま、思う存分に暴れ散らした第三夜。
どうも夜襲イベントは無限湧きという訳ではなかったらしく、全速力で駆け回り始めて三十分もすれば【星屑獣】の襲撃は途絶えてしまった。
そして最終的には、俺とその他グループメンバーのキルスコア比は10:0――いやなんというかもう完全無欠にやり過ぎた次第で、誰かしらにこうして文句なりツッコミなりを入れてもらえる方が気は楽ではある。
なお、暇にさせてしまった男性陣からはと言えば『生で序列持ちの本気が見れた』云々と押し並べて大変ご好評をいただいてしまった。
それでいいのか諸君と思いはしたが、逆の立場なら俺も楽しめたんだろうなと多少なり納得できてしまうのでヨシとしておこう。
ということで、例によって相方と屋上にて二人きり。
夜襲が早々に終わってしまった分、眠気デバフの累積が甘くニアちゃんはいつもより若干ながら元気でいらっしゃるようだ。
どうせ寝惚けて覚えちゃいないだろうと思っていたのだが、昨夜に放っぽり出されたことはキチンと覚えていたらしい。それゆえ今夜も『調整』に出かけるつもりだったのを取っ捕まり、埋め合わせの名の下に現状へ至る。
「そもそも、カグラさんと出会ってなかったらニアとも知り合ってないぞ多分」
「それは置いといて」
「あとカグラさんの武装は確かにヤバいけども、お前の作品諸々も大概ヤバいからな? アーシェに髪飾りのスペック聞かれて答えたら、あの【剣ノ女王】様が五秒くらい真顔でフリーズしてたぞ」
「それも置いといて」
「置き過ぎだろ、あと何が残ってんだよ」
「うるさいなぁ! 仮にも〝デート〟中に他の女子の話しますか普通!」
俺よりお前の方がよっぽどソラとアーシェのこと話題に出すじゃん――というツッコミは、どうせまた置いとかれるんだろうな。
なにを求めているのやら、じゃれつくように伸ばされる手をペシペシはたき落としつつ……ようやくクールタイムが終わったのを感じ取り《転身》を起動。
「うわぁ!? ちょ、なにっ!」
スキルのエフェクト光に驚いたのか、はたまた膝の高さが変わりガクンと頭が落ちたのに驚いたのか、悲鳴を上げたニアを他所にステータスバーを確認。
好き放題に花火を打ち上げまくり、綺麗サッパリ魔力を使い果たした状態で裏返った転身体のMPゲージは依然空っぽのままだ
およそ一時間を経ても終わらないほど【紅玉兎の緋紉銃】の複製&リロードに時間が掛かるというわけではなく、そもそも裏に回った方のステータスは自然回復が超絶鈍くなるという仕様ゆえ。
円滑に諸々を回復させるためには、回復させたい方のステータスを表に出しておく必要があるのだ。若干面倒ではあるが……ま、その辺でバランスを取らないと正真正銘のぶっ壊れになるだろうから仕方あるまい。
既にそこそこ壊れている気がしないでもないが――という事情を、自分を驚かせた『枕』に対してお怒りの相方様にまるっと説明。
「ふぅうううううん…………ちなみに、銃って元の姿でも撃てるの?」
「いや、無理」
正確には、撃つと銃諸共にアバターが比喩ではなく爆発する。
「なんか理屈はよくわからんけど、俺の転身体の〝魔力〟と紐付けしたんだと。だから複製も魔力充填もこっちでしかできないし、元の姿で引き金に触れると弾頭着弾時と同じ反応が起こって爆散するから気を付けろって言われた」
「えぇ…………相変わらず意味わかんないなカグラさん……」
「俺は好きだけどな。むしろ大好きまである」
あの人が作る武装全般……というか一つ残らず全て。どれもこれも癖が強く、使ってて飽きが来ないので戦闘が常に楽しいんだわ。
満遍なく使いたくなるので、武装切り替えを主軸とする俺のビルドとは相性抜群と言って差し支えないだろう――という意味合いの返答だったのだが、どうもニアが「意味わかんない」と零したぼやきはニュアンスが違ったようで。
「武装の仕上がりも意味わかんないけどさ……そもそも、そんなの作れるカグラさんがおかしいんだよ。ほんと意味わかんない、頭の中どうなってるんだろ」
「だからそれは、お前も大概――」
「次元が違うんだってば。ノノミちゃんとかもそうだけどさ」
やるせない声音に言葉を遮られて顔色を窺うが、表情に関してはネガティブな色は浮かんでいない。なんというか、こう……覚えのある顔だ。
例えば、【剣聖】を見る【護刀】――もとい、【無双】のような。
「魔力を選別して紐付けってさ、それ〝色〟を完全に見分ける技術を確立してるってことでしょ。無理むりそんなの。こっちは見分けるどころか見ることすらできないんだから、もう完全にステージが違うよね」
「………………あー、なにを言っているのかはサッパリだが」
「キミのお師匠様の『縮地』みたいなことを当たり前にやってるって話」
「完全に理解したわ」
言葉の意味がわからないのは継続だが、言いたいことは理解できた。
「魔力って色があるんだ?」
「あるんだってさ。前に教えてもらったけど、あたしは水色らしいよ」
そこは藍色じゃないんですか。
「正確には色というか、色として認識できるなにからしいけどね。性質というか、波長というか……そんな感じの、一人ひとり違うパーソナリティみたいな?」
「へぇー…………わかっちゃいたけど、魔工も中々に沼が深そうだな」
「底なし沼だよ、キミもやってみる?」
「このイベントの常設化が確定したら挑戦する予定だぞ」
それに関しては元々考えていたこと。それゆえ軽い気持ちで肯定を返したのだがニアにしてみれば意外だったのかパチパチと目を瞬かせる。
「え、意外。なんだかんだ言って戦闘以外に興味ないと思ってた」
「どいつもこいつも人のことを戦闘狂みたいに……ま、その時になったらいろいろ教えてくれよ。専属契約のついでということで」
「んえぇ……? あたし人に教えるとかやったことないんですけど」
「そこは〝先生〟に倣えばいいだろ。というか、そもそも魔工ってなにをどう教わるんだ? ただスキルを使ってハイ完成ってものじゃないのは察してるけどさ」
「わぁ、本気じゃん……えー、言語化が難しいぃ…………」
そこは頑張ってくれとエールを送りつつ、額に手を当てて唸り出したニアを見守ること十数秒。どうでもいいけど、本当にコイツ人の膝上を我が物顔で占拠するだけに飽き足らずグリグリゴロゴロ好き放題に――――
「じゃあこうしましょう――えいやっ!」
と、そろそろ文句の一つでも言って膝枕を没収しようか考え始めた頃。上を向いたニアは夜空に伸ばした両手の五指を合わせ、パッと離す。
細っこい指先に纏っていた魔力の青光……これはニアの言う『魔力の色』とは別物なんだろうなと考える俺の目前に、
否、目の前だけではなく俺たち二人を完全に囲い込むように。
「――――うぉお……?」
煌めく光糸で紡がれた大きな円球が展開。彼方の地上に遮られて星の見えない夜空に代わり、青に輝くプラネタリウムを作り出した。
なんかもう呼吸をするようにイチャついておられますが大丈夫ですか。
大丈夫じゃない人は大丈夫になってください、まだニアちゃん一人分の糖度です。
なお未だジャブ。