闇裂く白と紅花火 其ノ参
微かな罅音を鳴らし、【藍心秘める紅玉の兎簪】が権能の一端を世界に示す。
漏れ出づるは紅の燐光。先日の諸々により一時的に多少の数値をお引越し中ということもあり、実数値四桁に近いMIDステータスがAGI&DEXへ割り振られ――
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◇Status◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):100
AGI(敏捷):200(+475)
DEX(器用):0(+475)
VIT(頑強):0(+150)
MID(精神):550(+400)
LUC(幸運):300
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「んじゃ、かっ飛ばしてこうか」
埒外の数値へと跳ね上がった身体スペックを存分に駆り、狙撃スポットの御立ち台を蹴飛ばして次なる舞台へと踊り出す。
《空翔》すら必要ない――――何故ってほら、一秒あれば目の前だ。
どこかの誰かの大暴れに口をポカンと開けていらっしゃるプレイヤーたちも、木々の間から顔を出した星空たちも、
なにもかもが遅滞する世界の中で、敷いた線を辿り空を駆け巡る。ほんの五秒程度の間に、何度振ったか、何体斬ったかなんて知ったこっちゃないが――
「ふーむ……ダメだな」
木々と更地の間をグルリと周り、目に付く範囲の【星屑獣】を片っ端から刃でなぞっていった成果は完璧とは言い難く。
パッと見ただけでも討ち漏らしが十数体、あからさまに『仕留め損ねました』というのが見て取れる傷跡がなんとも恥ずかしい。
またしても〝ズレた〟……けれども、あとほんの少しといったところ。
「……はぇー………………」
「今の見えた?」
「愚問だぞ」
「見える訳ないんだよなぁ……」
鎧袖一触ならぬ外周一触を終えた先で、気の抜けた声を漏らすプレイヤーたちの真ん丸な目と視線が合った。
耳に届く声音は、どれもこれも間延びしまくりトーンが落ちてスロー再生そのもの。それが妙に間抜けな風に聞こえてしまい、思わず笑みを零しつつ、
【真白の星剣】――進化を果たした魂依器の剣身に走るワンポイントとお揃いの〝金色〟を己の瞳にも宿して、引き延ばされた世界を再び翔ける。
加速倍率は、とりあえず二倍で。
裏技染みた無法で【紅玉兎の緋紉銃】の複製代金を〝ツケ〟にしたまま、以前の『眼』ほどではないが重たいコストを支払い認識を加速。
今までも極限の集中的なサムシングで似たようなことを実現していた気がしないでもないが、やはり『本物』は違う。走りながらも辛うじて考えることができる上に、身体制御も敵の動きを見切ることも容易が過ぎて笑えてくる。
いや笑ってる場合か、働け。
片眼を閉じていたとて、問題も脅威もありはしない。
スキルを起動して踏み込んだ瞬間から視界は右半分を継続中だが、二倍見えるってのは二倍どころではない莫大な情報量を頭に叩き込んでくれるものだ。
いつものごとく脳内で動線を引く作業も、いつも以上に正確かつ精細に行える――ならば後は〝ズレ〟を矯正しながら、アバター操作を最適化するのみ。
「――――――ッ‼」
右眼を見開き、脚を駆り、腕を振るい、刻々と湧き出してくる星空を、携えた星剣でもって悉く両断していく。
いくら数が増えたところで【星屑獣】のスペック自体は変わっていないというのもあるが、それでも今までとは次元の違う好調っぷり。
その要因は階梯を上り、刃の鋭さを増した魂依器の力。しかしそれ以上に重大な変化は、やはり他でもない『眼』の恩恵だろう。
《鏡天眼通》――先を理解する眼から進化を遂げたこのスキルは、なにを隠そう俺が待ち望んでいた正真正銘の思考加速スキル。
思考加速を目的に真っ当な運用をしようとすると、右目しか使えなくなるのがたまに瑕。しかしながら倍率二倍程度の運用であれば一分近く効果を持続できる、破格の性能を獲得した自慢のユニークスキルだ。
……と、そっちばかり褒めてたら、まーた愛剣が拗ねる恐れがあるので。
「《鋒撃》」
チラと視界に映った竜――頭上からの奇襲でも狙っているらしきソイツへ向けて、右手から剣を手放す。
瞬間、星剣は忽然と消え去り
『――――――』
突如脳天に刃を生やされた竜が声なき悲鳴を上げ、空高くで爆散。
クルクルと回りながら降ってくる剣には表情なんて無いはずなのに、これでもかというほどのドヤ顔が透けて見えるようだった。
「ハイハイ、お見事お見事。そしたらば……」
仕事を果たして舞い戻った相棒をパシリと掴み取り、金色を散らして両眼を開く。『眼』も『自律機動』も、両者コストが重いことに変わりはないが……。
ま、思考速度が二倍よりも手数が二倍の方が効率ヨシだろう。
「半分、任せるぞ」
などと言葉を掛ければ右手に伝わる微かな震動。なにそれ了解の意?
宿敵へのリベンジを果たして反抗期が抜け始めたのか、妙に可愛げのある素振りを見せるようになった愛剣に苦笑いを一つ。
【真白の星剣】を宙へ放ち、両手に小兎刀を携えて、
「いつぶりかの競争といこうぜ。きっちりついて来いよ相棒ッ‼」
魂依器と共に駆け出す両脚は、過去最高レベルに絶好調である。
そうして、赤を秘めた二振りの白はどこまでも自由気ままに迸り――霞む姿に置き去りにされた戦場では、先に倍する勢いで星屑が散り始めた。
一般向けの難易度で個人戦闘特化の序列持ちが本気を出すとこうなるの例。
「流石に討ち漏らしは出ると思うんで、そっちの対処をお任せします」と指示を受けた各員。「討ち漏らしどこ……?」と思いつつ和やか観戦ムードに移行中。