藍と橙
休憩後に再開された工事作業は、最終的には半日掛かりの大仕事となった。
環境破壊の四文字を頭から追い出しつつ、更に森を切り拓いて〝陣地〟の直径は三百メートルほどに拡張。中心の拠点を囲うように配置されていた五棟の囮保管庫は外周近くへと移動して、それぞれにオークス氏設計の防壁が築かれた。
拠点全体を壁で覆うのではなく、複数に分けた囮への分散誘導を狙い各戦場の敵密度を下げることで対処不能な乱戦事故を予防する形……というのは、持ち堪えれば後はなんとかできる駒が存在するからこその選択ではある。
俺としても、ここに至っては存分に当てにしていただいて構わない――より一層に見晴らしも良くなり、やりたい放題できる舞台は整ったゆえに。
そうして材料が土木であることに目を瞑れば、立派な要塞化を果たしたということで拠点の工事作業は一丁上がり。
夜になるまで多少の時間を残し、夜襲はもちろん楽しみの夕飯も暫く先……といった微妙な時間。再びの『軽戦士講座』もとい『曲芸師講座』を開いたりしつつ、グループメンバーと和やかに交流していたのが――――
「んん~……静かですねー?」
「新種どころか、見たことあるのも出てこないね」
大体、三十分ほど前までの話。
整備が終わった装備の山とのトレードよろしく男衆の輪から引っ張り出されたかと思えば、紅二点が羽を伸ばすためにエスコート役を求められ今に至る。
光栄ではあるのだが、生活を共にして慣れと親しみが蓄積したゆえだろうか。
なにかと女性陣に構われている俺に対するグループメンバー総員の視線が、現在に至り生暖かいものへ変わり果てているため無限にむず痒くて困っている。
誰も彼も、若者の青春を見守る保護者のような目をするものだから……こう、おそらく自分が最年少であることを強く意識してしまい、やり辛いったらない――
「なぁにぼーっとしてんのー?」
「うぉ、っと……別に、今日の夕飯はなんだろうって考えてた」
相も変わらず闇が深い森の中、のんびり進む女性陣の護衛役を一歩後ろから果たし続けること三十分。歩みを遅らせて背中から突っ込んできたニアを受け止めつつ、誤魔化しを口にして意識を目前へ戻す。
本当にコイツがビックリするぐらい人前でも遠慮しないのは、果たしてワザとなんだか無意識なんだか判断に困って仕方がない。
「多分ですけど、お夕飯も羊肉がメインじゃないですかねー。昼に誰かさんにベタ褒めされて、一鉄君ったら分かり易く上機嫌でしたし」
「いいじゃん別に。美味しかったし」
「確かに、あのケバブは絶品だった――ほら転ぶぞ、ちゃんと前見なさい」
「時速数百キロで前方不注意する人には言われたくありませーん」
「俺はいいんだよ。端から視界なんか頼りにしちゃいないんでね」
「ハイ出ました曲芸師」
「こら、人の称号を便利な悪口扱いするなと――」
例によって視線を感じ、口を噤むも遅過ぎる。
肩越しに向けられたオレンジ色の瞳は楽しげに細められ、俺たちが彼女に〝好物〟をたらふく提供してしまっているのは明白だった。
「いやぁ~、もう、なんというか、軽率にイチャついておられますけども」
「イチャ……ついている、つもりは、なくてですね」
少なくとも、俺はね?
いや周りからそう見られるだろうってのは理解も納得もしちゃいるのだが、どうしてもニアとのこれは意識せず自然体でノッてしまうというか……。
ダメだな、なんと返そうが弄りのループから抜け出せないのは目に見えている。
「ちょっと露骨に話題変えてもいい?」
「ん゛、ふっ……ちょ、待ってください。その切り返しは初体験です」
人目に対しては無敵のくせして、いざ弄られると即座に沈む訳のわからん相方は置いておき。返しに困る話題を強気で放り投げてみたら、上手いことノノさんのツボに嵌まってくれたらしい。
愉快そうな笑みを了承と受け取り、これ幸いとターンを乗っ取らせてもらう。
「今更だけど、どういう関係なのかなって。あ、ニアとね」
「あれ、まだ言ってませんでしたっけ?」
知り合い、友人、職人仲間。そんな言われずとも察せる曖昧な関係性くらいしか聞かされていないと答えれば……彼女はチラリとニアに視線を向けて、
「まあ、なんでしょう。一応、曲がりなりに……指南役だった、みたいな?」
「……一応でも、曲がりなりにでも、ないでしょうに」
なにかを確認しながら、といった感じで紡がれた言葉。それに対して確認された方は、なにやら不満気というか腹立たしげな顔をしていらっしゃる。
ぜんっぜんわからん、結局どういう関係よ。
「あたしがまだ全然無名で、知識も技術もなんにもなくて、我流で微妙な魔工師として燻ってた頃。カグラさんが紹介してくれた『先生』がノノミちゃん」
「ほほう?」
「とは言っても、ほんの少し私のやり方とか魔工の〝コツ〟を教えてあげただけなんですよー。ご存じの通りニアちゃんてば抜群のセンスをお持ちなので、瞬く間に上達してあれよあれよとタイトル獲っちゃったので」
それゆえ、先生と呼ばれるほどのことはしていない――と、ノノさんはそれが当然とばかり語るものの、ニアの方はそれが不満な様子で。
「というかですね、私の方こそ二年前――出会った頃は無名もいいとこだったので。ちょっとレクチャーしただけでギュインと追い抜いて、最高位に名を連ねちゃった子の先生面するのは荷が重いと言いますか……」
「へぇ?」
「とかなんとか言ってるけど、単に作品を表へ出さずに〝人知れぬ名工〟ムーブして遊んでただけだからねその人。そっちこそ、当時の職人主席に『腕を見込んで指南役として連れて来た』って言わせた本物の最高位様じゃんか」
「はぁ?」
ちょっと待ってくれ、情報量が多い。さらっと世間話程度のノリで振った話題で、まさかここまで捩れた話が飛び出してくるとは思いもよらなかった。
「職人主席ってなに、カグラさん西陣営の元序列一位なの……?」
「え、知らなかったんですか?」
「いつものいつもの。まあ西は他陣営と違って『元序列持ち』が沢山いるから、その分だけ情報が埋もれるし……仕方ないと言えば仕方ないのかな」
親しい人間について調査する気が起きないという、まさしくニアの言葉通り『いつもの』ではある。
が、これに関してはカグラさんのせいでもあるだろ。初めて出会った頃から、あの人こそ〝人知れぬ名工〟ムーブをしていたんだぞマジで。
なぁにが『両手の指じゃ数え切れないほど上がいる』だよ。裏を返して、両手の指に拘らなければ数え切れるけど――なんて意味で言ったんじゃないだろうな。
……いやぁ、あり得るなぁ。最大手職人クランのサブマスター様だし、あの人けっっっっっこう他人をってか俺を揶揄うの好きだもんなぁ。
「まあ、うん……カグラさんのことは置いといて」
ノノさんの方も『なにを頑固に突っ撥ねているのか感』はあるものの。基本的に対等かつフレンドリーを意識している彼女に対して、ニアもどこか意固地になっているような雰囲気は感じ取れる。
どっちが折れるのが丸い……というか、話が早いのはニアの方だろう。
本人が恩師扱いされるのを嫌っているのであれば、合わせてやればいいのではないか――と、もしかしたら内心が顔に出たのかもしれない。
面白くなさそうにムッとした相方は、なにやら考えを巡らせ口を開く。
「例えば、キミのお師匠様が『恩を感じる必要はありません私たちは対等です。むしろあなたの方が優れているので師匠は名乗れません』なんて言ったとします」
「詳しい事情は知らんけどノノさんが悪いわ。大人しく先生と呼ばれるべき」
「すーごい勢いで掌をひっくり返しましたね???」
いや、だって……ねぇ? 重ねて、詳しい事情は知らんけどもさ。
自分が『先生』や『師』と仰ぐ人からそんな風に言われたら、生徒や弟子としては切ない気持ちにならざるを得ないだろう。
俺が間違っていた。彼女には悪いが、弟子は生徒の味方である――
「ちなみに、ノノミちゃん語手武装の〝紡ぎ手〟だからね」
「Why?」
「キミのよーく知ってる人が〝担い手〟です。さて誰でしょう?」
「あー、あー、あー……それはちょーっと、いろんな意味で黒歴史だから私も露骨に話題逸らしていいかなぁなんて」
「テトラ、か?」
というより、俺がよく知っている語手武装の持ち主など他にいない。あ、いや、前にチラッとアーシェの口から聞いた限りでは……ともかく。
どうしたことか居心地悪そうにしている紡ぎ手殿の様子を見るに、俺が口にした名前こそ正答だったのだろう。
つまり、彼女こそがテトラの所有する【真説:黒翼を仰ぐ影布】の製作者。
「…………和服要素、あったっけ?」
「いやぁその、方向性を固めず好き勝手やっていた時期の作品なのでぇ……」
驚いた。驚いたと共に、閃くように繋がった思考が強い納得をもたらした。
「ニアって、裁縫師としての面では結構ノノさんの影響受けてたりする?」
「するね。あたしがあたしの〝基礎〟を形作る上で参考にしたのが、他でもないノノミちゃんの作品だから」
「なるほどなぁ……」
初めてテトラと顔を合わせたときに感じた親近感――ほんの少し近しい雰囲気を互いの衣装に感じたのは、気のせいではなかったというわけだ。
横から横へ、思わぬ繋がりが続くことの多い気がする今日この頃。現実世界も仮想世界も、意外と世間は狭いもんなのかねと謎の感心を得る俺を他所に……。
「はーひどいひどいニアちゃんってば。あんまり言いふらさないでってお願いしてるのに、本人の前でそういうことするかな全くもう」
「言いふらすもなにも検索すれば一発の常識レベルですー。この人が常識知らずの困ったちゃんなだけですー」
酷いと言いつつ『まあいいや』みたいな顔で軽口を叩き始める【彩色絢美】と、隙在らば容赦なく俺をディスり始める【藍玉の妖精】の二人組。
大体の事情を理解した上で、改めて傍から見る彼女たちは……結局のところ、仲の良い友人兼『先生』&『生徒』としか映らなくなっていた。
世間が狭いというか、狭い上澄みに主人公が飛び込んだだけというか。