三日目:朝
ちょろっと夜の森をソロで駆け回り、ついでにアレコレ調整をした翌朝。
朝八時から予定していたミーティング――を、サクッと終えて。残る二日の方針に関して最終決定を下した俺たちのグループは、
「え、無理ムリ怖いっす。まず当たり前のように壁走りを前提にしないで?」
「いやいや、やればできることはやればできるんだよ。アクションの時だけでもいいから、これはゲームだ俺は操作キャラだって思い込むのが重要です」
てな具合に、緩く。
「曲芸師さーん。なんか投擲バッシバシ当てるコツとかありますー?」
「狙い澄まして投げ〝撃つ〟んじゃなくて遠距離からぶん殴るくらいの気持ちで放った方が命中率高いよ、これマジで。アルカディアは冗談抜きに『自信』と『思い込み』が作用するってお姫様も言ってたから、当たる前提で考えるのは大事」
そんな感じで、和やかに。
「もしよければでいいんすけど、担いで空中機動とか体験させてもらえません? 自分、大人しく米俵になりますんで」
「よし来た、安全爽快な空中散歩体験ツアー開催といこうか。一人につき三十秒なハイ並んで並ん――多い多い多い、いや全員かよ大人気アトラクションか」
どこまでも気楽に……昨日のように狩りに出るでもなく、調査に向かうでもなく、グループメンバー全員で拠点に引き籠もりレクリエーションに興じていた。
まだまだ仮想世界歴数ヶ月程度の身なれど、それなりに一般的ではない技術を溜め込んでいるプレイヤーとして俺が開いた『軽戦士講座』は大盛況。
開催に際して「なにが軽戦士だ」と参加者総員から雪崩のようなツッコミを喰らったが、時たま悲鳴が聞こえたりしつつ和気藹々と良い雰囲気である。
ただ、残念ながら俺には――少なくとも仮想世界においては、他人に物を教えるという才能はないのかもしれない。
大技どころか細かなテクニックにしても何一つとして、誰一人として「あーハイハイなるほどそういうことかぁ」と理解してもらえないのだから。
「講座って言うより、ほぼ見世物……」
「言ってはいけないことを言ったねニアちゃん」
うっかり転身体のまま野郎共を米俵しかけた俺を引っ叩きに来たついで、相方から誰より壮絶なツッコミを撃ち込まれ意気消沈。
なぜ……【剣聖】様の『縮地』理論よりは、わかりやすいと思うんだがなぁ?
といったところで、結論――俺たちは最終日まで、もうなにもしない。
それはひとえに、夜間襲撃の難易度爆増が『サバイバルが順調すぎたゆえの弊害』であると満場一致であたりをつけたから。
俺たちのグループは『衣』……はともかくとして『食』と『住』とが早々に安定した為に、憂いなく狩りや調査といった『その他』を積極的に行っていた。
そうして集積された大量の【星屑の遺石】こそが、おそらく最大の要因――多分というか、まず間違いなく、平均的なプレイヤーグループではここまでの〝山〟にならないのではなかろうかといった具合。
拠点に常駐する四人を除いて、他全員が多くの時間を狩りに費やした結果。そして、そこそこ賑やかな祭りであった初日の襲撃者を全滅させた結果。
俺たちが保有していた遺石の量は総個数四桁を優に超えており、昨夜の夜襲発生時点で囮として建てた各保管庫にもギッシリだった有様だ。
遺石の山を狙う【星屑獣】の習性を考えれば、【星屑の遺石】を溜め込めば溜め込むほど襲撃イベントの難易度が増すという推測は自然だろう。それゆえに――
これ以上は狩り禁止。立ち上げた方針は、至極シンプルなものだった。
ついでに【星屑獣】が【星屑の遺石】を狙う習性、それに関しての『なぜ』もメンバーが調伏したパートナーたちのおかげで解明済み。
単純な話、かの星空の獣たちは同類が遺した石をパクっといく。
食欲を満たすため……なのかどうか、そもそも食事として捉えているのかすらも謎だが、プレイヤーの視点から見たその行動はズバリ『自己強化』に他ならない。
――――そう、誰かが言っていた沼要素。調伏した【星屑獣】には育成要素が存在しており、初めて【星屑の遺石】を与えた時点で機能が解禁される仕組み。
プレイヤーのそれよりも簡素なステータス画面を開き、遺石を与えた分だけ蓄積されるポイントを割り振ることで【星屑獣】を成長させられる……というやつだ。
超楽しそう。好きな人はとことんまで好きな要素というか、プレイヤーとしての在り方を変えさせられる人間が大量発生するんじゃないかなコレ。
ついでに調伏した【星屑獣】に遺石を与えて〝消化〟してしまうことで、意図して難易度の低下を引き起こせる可能性もある――が、これについては一時保留。
三日目の夜襲規模を見て、必要であれば難易度調整の検証を試みようという形で話は纏まっている。肝心な今日の突破に関しては……まあ、他でもない俺が『犠牲者ゼロ』を確約してしまったのでね。
昨夜の三~四倍程度であれば、勝算はある。気張っていこうぜ。
「――――っとぉ、はいおしまい。二周目いきたい人ー?」
「いないんじゃないかなぁ……」
計三十二名を楽しい空の旅へとご案内し終えた後、計三十二名分の亡骸を地面に放り出して一息つく俺にまたしても相方からツッコミが飛んでくる。
いやまあ流石に見りゃわかる。最初に米俵した人から順に快復はしているものの、皆がみんな顔を青くして地に伏せったままであるからして。
「ふむ……ニアちゃん、経験者の余裕を見せつけとくか?」
「ハイそれ以上近付いたら怒りまーす」
既に散々自分の方から人目を気にせず引っ付いているというのに、俺から来られるのはダメらしい。というのを、わかっていて反撃しただけではあるが。
俺を正面に捉えたまま警戒するように謎のステップで後退すると、パッと踵を返しテテテと一目散に女子棟へ逃げ去っていく。
中では今もノノさんが絶賛整備作業中だろう、ちゃんと手伝っておやりなさい。
「さて……それじゃ、こっちも休憩は終わりにして作業に戻ろうか」
レクリエーションはあくまでも、男衆総出で行っていた防壁工事の合間の戯れ。これ以上イベントの難易度を上げる恐れのある狩りを禁止したところで、できること、やるべきことは他にも山程溢れかえっている。
ゆえに、行動を一つ縛ったところで暇も退屈も在りはしないのだ。
――――が、しかし。
「はいはいスタンダァーップ! ほら親方、ビシバシ指揮を執ってくれたまえ」
「ちょ、ま……あと二分だけ…………」
休憩中の戯れによって軒並みダウンしてしまったメンバーたちを焚き付けるも、最後に転がしたオークス氏が未だ動けぬ身体の模様。
いや、これは失敗。
空に連れ出す犠せ……ツアー客の一番目は、親方殿にするべきであった。
コレがリアル家庭教師になるルートが存在するという事実。