一方その頃:side 天秤&旅人
スイッチが切り替わるように、一瞬で急速に浮上する意識。
頭の中で鳴り始めたアラームはほんの数秒で役目を終えて、空の彼方にある地上を映した琥珀色の瞳がパチパチと瞬く。
AM1:00。推測が通り二日目の夜襲をスルーできた者のみに許される、最速の目覚め。一切の眠気が縋り付いてこない、爽快過ぎて現実味のない起床の違和感を誤魔化すように……身体を起こしながら、少女は小さく欠伸を零した。
――と、そんな気の抜けた様を眺める笑顔が一つ。
「おっはよー、ソーラちゃん」
「……おはようございます。ちゃんと眠りましたか?」
細く水が流れる穏やかな小川の傍ら、キャンプとも言えぬ簡素が過ぎる野営地にて。ベッド代わりの花弁――お化けのような巨大花から採取した一枚の〝寝床〟をインベントリへ仕舞いながら、ソラは一足早く目覚めていた相方へ半眼を向ける。
誰かさんへ見せるものよりも、まだ多少なり柔らかいジト目。
それはこの二日間で散々に――――もう、本当に、心底、散々に自分を振り回し尽くしてくれている、この【旅人】に対する慣れと親しみの裏返し。
「んふふ心配無用さ、ソラちゃんたちのおかげでグッスリだったよ!」
寝付きがいいから起きるのも早かっただけ……などと言う彼女ではあるが、いくらイベントのデバフが眠気を誘ってくるとはいえ、横になって一秒で寝息を立てるのは果たして『寝付きがいい』で済まされる話なのか。
昨日に引き続き、当然のように寝顔を観察されてしまった恥ずかしさが二割。そして五十時間以上も容赦なく自分を引きずり回し続けている、無限のパワフルに対しての呆れと感心八割がジト目の内訳といったところだ。
白状すれば、これはこれでと楽しんではいるものの。
もうほんの少しだけ元気を手加減して欲しいと願いつつ、いつもやりたい放題に思えていた〝相棒〟の細かな気遣いが思い出されて複雑な気持ちだったりする。
「おっと、その顔はあれだね」
「…………なんですか」
主が眠りについている間も、主の制御を離れて周囲に浮かんでいた魔剣を解きながら、楽しげなルクスの言葉にわざと憮然とした声を返す。
あちらも遠慮なしなら、こちらも遠慮するつもりはない……なんて、強気なスタンスというわけではなく。
「相方を差し置いて、相棒を恋しがってる顔――」
「さあ出発しますよルクスさん変なこと言う人は置いて行っちゃいますから」
アルカディアにおける上位プレイヤーのデフォルトスキルなのか否か、人読みの巧み過ぎる北陣営第一位への照れ隠しが十割である。
そうして、まだまだ明けぬ夜闇の中。【旅人】の先導により、あてどなく彼方を目指す冒険の道筋を再開した少女の足元から――
「おはようルビィ。見張り、おつかれさまでした」
ゆらりと二本の〝尻尾〟が顔を出して、現れた影が肩に飛び乗る。指先で首元をくすぐる主の労いを受けて、小さな星空は嬉しそうに身を揺らしていた。
ほぼ閑話。
84%くらいの確率で夜にも更新します。
【小人の棲み花】――花弁一枚が人ひとりを乗せて余りあるほどのサイズを誇る巨大花……に見せかけた『木』の一種。七枚ある薄青色の花びらは『葉』であり、丸太のような太さの茎はそのもの丸太の『幹』である。
ソラさん(とルクス)がベッド代わりにしていた葉は幹から分離した瞬間に〝独立〟する性質を持っており、枯れることなく時間を掛けて『種』へと変わる。
一度根付いたその場で輪廻を繰り返す他、遥か昔では〝旅人〟が彼女たちのように寝床代わりとして持ち運び、行き着いた先にて新たな木を芽吹かせていた。