二日目:朝
「――――――……」
目蓋を持ち上げた瞬間、ハイスペックPCが如き速度で精細な思考が立ち上がる。
あまりにも清々しくサッパリとした現実味のない目覚め。耳元で――否、頭の中で朗々と響くアラームの音がなくとも、此処がどこか即座に思い出せただろう。
硬い木造屋根の上でクッションも敷かずに寝ていたというのに、現実と比して頑丈が過ぎる身体には凝りも痛みもありはせず。
乱れ顔に掛かった白髪を払い、空の遥か彼方に見える〝地上〟を眺めながら――
「っふ……、…………くぁっ、ぁあー……」
漏らした欠伸の声音は、心底ドン引きするくらいに女子だった。
「――あ、おっはよーございまーす!」
適当に伸びをしたりなんだりと軽く体操をした後、屋根から飛び降りればファーストコンタクトは今日も元気な【彩色絢美】殿。
現在時刻はAM7:00。俺とニア以外は二時間ほど前にデバフの消化を終えているはずだから、朝五時頃からアレコレ活動していたのだろう。
樹木伐採後に残った巨大な切り株の一つを机代わりに、彼女はまたなにやら図面作成に励んでいる様子だった。
「あい、おはようございます。うちの相方はどちらに?」
「んふふ、目が覚めて真先にニアちゃんですかー?」
「そりゃもう、大事な相方なんで」
と、揶揄い言葉にさらっと強気の対応を返せば、
「おおぅ……け、結構どっしり構えてますよね、曲芸師さん」
「最近はね――あと今更だけど、普通にハルでいいぞ彩色絢美さん」
「んじゃ、あたしもノノミちゃんでいいですよー」
脳内で適当に呼ぶならともかく、この歳で異性を堂々と『ちゃん』付けは少々恥ずかしい。鉄さんに合わせてノノさんとかでいいかな。
「あ、ニアちゃんなら女子部屋の方で作業してますよ。あっちの方が人手いると思うので、手伝ってあげて……の前に、そろそろ朝ごはんですね」
言われて気付くのは、共用棟の中から漂ってくる良い香り。
「呼んで来てもらえます? 私これ片付けちゃうんで」
「了解」
お使いを仰せつかり、作成途中の図面をクルクルと巻き始めたノノさんを他所に女子棟へ足を向ける――彼女が製図に用いていた紙やペンなんかも、全部ノノニアの自作品。魔工師というのは思った以上に万能なようだ。
専門的な分野になれば、当然そうはいかないのだろうが……さてと。
「うおーい!」
居住者の依頼を受けてとはいえ、いきなり無遠慮に首を突っ込むのもどうかと思い扉を叩きつつ女子棟の中へ声を掛ける。
五秒、十秒と待っても返事がなく、声量を上げてもう一度……といったところで、奥から微かに「どーぞー!」と声が届いた。
なんだ、入って来いということか。
まあ、呼ばれたとあれば二次元めいたお約束など起こるまい。そう考えて、スイング式のドアを押し開き足を踏み入れれば――
「っ……」
「ハイおはよー……って、なに。どしたの」
ほぼ伽藍洞なログハウスの中。用途の察せぬいくつもの木材パーツを抱えて作業をしていた相方の姿が視界に入り、直後に硬直。
挨拶をしつつ俺の様子を見て訝しんだニアに、しかし俺は声を大にして言ってやりたかった――なんて格好してんだお前、と。
藍色の髪と瞳よりも明るい水色のブラウスに、白地に黄色のチェック模様が入ったショートパンツ……と、端的に表せばなんてことはないオシャレなのだが。
とにもかくにも〝上〟が問題だ。
肩が眩しいノースリーブに加え肩甲骨辺りまでパックリ背中が開いており、ショートヘアゆえの防御力の低さで首筋から続く肌色が……こう、大変によろしくない。
全く気付いていなかった。あのポンチョというかケープの下、こんなの着てたのかよこの藍色娘は。え? 俺が気にし過ぎ? もしくは意識し過ぎ?
なんかやけに肌色が多いというか、攻撃力が高く心底ビックリなんだが。
「な、なんでもない。おはよう……その、朝飯だって」
「ん、了解りょうかーい」
自然な感じで視線は外せたと思うが、開幕で盛大に息を詰まらせたのは誤魔化せない。が、ツッコもうとはせずポイと木材を放り投げたニアを見て一安心。
ついでに、ちゃんとインベントリから上着を取り出して羽織ってみせたことにも謎に安堵する。あの薄着のまま外へ出ようとしたなら、動揺を読み取られる危険を冒してでも待ったを掛けざるを得なかっただろう。
「…………ねえ、なんか怒ってる? 本当にどしたの」
「寝起き、低血圧、空腹」
「なんで片言」
目を合わせられずにいるものだから、不審がられるのも当然のこと。百パー嘘の虚言を宣いながら、俺は逃げ出すように朝餉を求めて駆け出した。
今度こそ真の意味で向き合うとは言ったが、そういうのは卑怯だと思います。
◇◆◇◆◇
「――これ、どうやって作ったんだ?」
「摺り下ろしたヤムヤムに猪から取ったラードとダッフルマッシュを練り込んで、偽発酵の過程を踏んだ後に真空ロールスチームで蒸し焼きにした」
「なに言ってんのか全くわからないけど、鉄さんが神ってことだけはわかるわ」
「お前は一々大袈裟が過ぎる。試作段階だが、味はどうだ?」
「メチャクチャ美味いっす」
聞くに豚油と芋(?)と茸(?)から作られたという謎のモチモチ白色物体は、例えるならば蒸しパンと餅の合いの子。食材本来の味なのか彼の『魔法』による味付けなのかは知る由もないが、ほのかな塩気と甘みが実に心地よい安心感。
これ、俺が『主食欲しい』とかワガママ言ったから作ってくれた疑惑があるよな……なに、超優しいじゃんウチのシェフ。腕も性格も最高か?
米でもパンでもないが、これは完全なる主食である。ていうか美味い、現実で売ってたら即決で箱買いするレベル。
「んっふふ、どーですかウチの一鉄君は。私が他の男性からの熱烈アプローチを差し置いてサバイバルの相方に選んだのも、納得というものでしょう!」
「マジ慧眼。ノノさん世界一賢い」
「ふふーん!」
「早々にゲームオーバーになりかけて悲鳴上げてた癖に……」
それは言わないお約束だぞニアちゃん。今こうして美味しい思いが出来ているのだから、結果良ければ全て良しである――
「さて……食べながらでいいが、昨晩の件を踏まえて今後の方針について改めて話しておきたい。全員生存を優先、拠点に留まり防備を整える――で、いいか?」
「………………」
「「………………」」
…………ん? ん、え、あ?
「いいかって、俺に聞いてる?」
「あぁ」
「そりゃまあ」
「他にいないでしょー」
唐突に、かつ当たり前のように切り出された話に反応が遅れる。そんな俺を見て鉄さんは真顔、ノノさんは笑顔、我が相方殿はやや呆れ顔。
いや、言いたいことはわかるけども。
「皆がいる場で決めた方がよくない?」
「その〝皆〟が、お前に指示を仰いでる。押し付けてるわけじゃない、初日の流れで自然とリーダーが決まっただけだ」
とのことで。昼過ぎに狩りから一度帰還する予定の男衆たちからも、俺と方針を話し合っておいてくれるよう既に頼まれていたらしい。
ガラじゃないんだけどな……ま、あまりグダグダは言うまい
「現状維持……というか、初志貫徹でいいんじゃないかな。昨日の襲撃イベントが毎夜起こると仮定すれば、拠点構築からのタワーディフェンスが正道っぽいし」
少なくとも、俺たちが放り込まれたこの大森林に関してはそう思う。
昨夜に見た【星屑獣】の性質からして、【星屑の遺石】を溜め込めば溜め込むほど襲撃の規模が大きくなる……みたいな展開も予測もできるしな。
とりあえず、優先すべきは可能なだけ防備を固めること。とはいえ、きっかり三十六名から新たな増員の気配がない以上できることは限られている。
そうだな、まずは――
「昨日に引き続き、もうちょい伐採しとこうか」
必要最低限の現状から更に森を切り拓くなどして……来たる〝次〟の襲撃に備え、迎撃の場をしっかり整えるところから始めるべきだろう。
ニアちゃんの服?
そうだよ、ひよりんプロデュースだよ。