ゆるり夜更けて
散発的――というよりも、ウェーブ方式で現れる【星屑獣】の襲撃を緩く捌きながら気付いたことがいくつかある。
まず一つ。少なくともこの襲撃イベントにおいて、コイツらはおそらく俺たちを狙っているわけではないということ。
いや、比較的好戦的な狼なんかは接近したプレイヤーへ積極的に襲い掛かってくるのだが、それ以外。猿や猪は道を塞がれでもしない限りある地点を目指して突き進んでいくところを見るに、なんとなく〝狙い〟が読めた。
こちらを無視する連中の進路上にあるのは、ニアたちと建てたログハウス……これもおそらくだが、より正確には中央の共用棟が目当てなのだろう。
屋根の上にいる非戦闘員を狙っている――という悪辣な習性が頭に浮かぶものの、この推測に否を突き付ける理由はそこら中に転がっていた。
二つ目、奴らから新しくドロップした【星屑の遺石】の様子がおかしいこと。
光ってる。メッッッチャ光ってる。あまりにも放ったらかしにしておくと足元が石ころだらけになって事故りそうなのと、木を薙ぎ倒すような勢いで突進する大猪に踏み砕かれてしまうので、各自防衛線の内側に投げ入れたり蹴飛ばしたりして確保しているのだが……もうね、円の内側がピッカピカ。
次から次へ襲いくる【星屑獣】を撃破する度に積み上がる【星屑の遺石】が今は小山と化して、篝火よりも余程明るく周囲を照らす光源になってくれている。
で、それらが〝山〟となるにつれて気付きがもう一つ。
というよりも、一つ目の詳細なアンサーと言えるか――【星屑獣】が目指しているのは建物自体ではなく、その保管スペースに集められた大量の【星屑の遺石】だったのだろうと思われる。推察の判断材料はなにかといえば、新たにドロップした遺石が一定量を超えた時点で連中の動きが変化したからに他ならない。
つまり、今度は同族の成れの果てである『形見』を目指して突進を始めたということ。理由は定かではないが……まあ、そういう感じなんじゃないかな。
時間をトリガーにして、一定以上の量に集まった【星屑の遺石】が【星屑獣】を引き寄せる――この『襲撃イベント』の種は、そんなところではなかろうか。
あぁ、そして最後にもう一つ。
これは気付いた点というか、俺が個人的に学習したポイントになるのだが――
「だぁっは……! きぃっっっっっっっツぅ……‼」
「一時間は長いって……!」
「げぇっほ! えほ、えふッ……ヴッ」
「しんど……つらぁ……」
「これ明日も明後日も明々後日も来る感じ……?」
「死……」
とまあ、このように。
基本的な一般アルカディアプレイヤーのスタミナってやつは、大体こんな感じらしかった。それなり程度の襲撃密度だったが、ほぼほぼジャスト一時間に渡る戦闘行動は多少……地に伏して動けなくなる程度には、堪えたらしい。
奴らのお目当てにして俺たちにとっての〝戦利品〟が積み上がるほど、襲い来る群れの規模が大きくなっていたような気がしないでもない。例の『赤』ほどではないが、最後の方はまあまあ賑やかなお祭り騒ぎだったと言えよう。
最後まで防衛線を抜かれることなく戦い通したのも、実力というより〝意地〟を感じる部分があった。紅二点が見てるからな、気持ちはわかるぞ諸君。
――んで、現在時刻はVM11:00過ぎ。
まさしく『星』のように輝きを放っていた【星屑の遺石】が徐々にその光を散らしていく。それはあたかも、祭りの終わりを告げるかのようで……。
というか、そのもの終劇を知らせる合図なのだろう。
最後のウェーブを凌いでからしばらく、ピタリと途絶えた森のざわめきが再び訪れる気配はない。つまりは、これにて――
「初日のイベント工程は以上……かな? っし、おつかれさんっしたー!」
「「「おつかれしたー……」」」
ゲーム的に考えれば、一件落着と見るのが自然だろう。
数々の戦場と訓練で逸般人たちに鍛え上げられたスタミナは、今更この程度の耐久戦では小動もせず。ダウンしている彼らに代わり終戦の音頭を取れば、最早ピクリとも動かない勇士たちからは死屍累々の返答が上がった。
ほら起きろ男子諸君、ちゃんとベッドで寝なさい。
そんな上等な物はまだないから、もれなく全員床で雑魚寝なんだけどな。
◇◆◇◆◇
「――――ん、んぅあぁあぁぁあ……!」
「豪快な欠伸だこって。本当、先に寝ててくれていいんだぞ」
「ここで寝るぅー……」
「ダメですね。俺が、ここで寝るんで」
そんなこんなで、元通り。
やはり初日だからだろうか。サッパリと終わった襲撃イベントを乗り越えて、皆が寝直し始めてからしばらくのこと。
我がことながら一人だけピンピンしているのもあり、当初の予定通りの見張り番。こっからまた数時間――なんて長丁場は見据えておらず、日付が変わるタイミングで俺もさっさと寝るつもりだ。
ここはメタ的に考えさせてもらうが、全員が同時タイミングで眠気のデバフを付与された点。そしてVM10:00~11:00の時限できっかり襲撃が終わった点の双方を鑑みて、おそらく寝ずの番は不要であると思われるから。
時折とんでもない悪辣なメイキングが顔を覗かせるアルカディアだが、基本的にそれらは高難易度の攻略コンテンツの話ばかりだ。
その他の部分では、このゲーム徹底的にストレスフリーなんだよな。制限やらなにやらが少ないとは言えないまでも、どれもが納得のできる範囲に収まっている。
となれば、この眠気のデバフとて『大人しく寝ろ』というシステム側からのメッセージとも取れてしまう――最悪この予想が外れていたとて、本番の襲撃があの程度なら叩き起こされてからでも対応は効くだろう。
奴らの習性が推測通りなら宿舎ではなく、まずはこの共有棟が狙われるはず。そうして猪の突進で揺らされでもすれば、屋根上なら一発で目覚められる。
――なので、またも膝の上を占拠した藍色娘にこのまま寝られると困るのだ。
寝落ちしたレディを送り届ける大義名分が発生すれども、ノノミちゃんさんが休んでいる女性宿舎に堂々と侵入するのは気が引ける。かといって、なあなあでコイツを抱えたまま寝るなんて超展開も勘弁願いたい。
今だって、わりといっぱいいっぱいなのである。
デバフ発症から二時間強。軽い運動を挟んだこともあってか、俺も順調に目蓋が重くなり意識にモヤが掛かりつつあった。
そして……きっと、おそらく、そんなフィルターを通しているから。
「ほらニアちゃん。大人しくノノミちゃんさんと添い寝してきなさい」
「んぇ~……」
「んえーじゃないんだよ。淑女の慎みを持ってくれリリアニア・ヴルーベリ嬢」
「フルネームやめてぇ……」
「そっちこそ膝に顔を擦り付けんのやめて。めっちゃ摩擦熱」
睡魔を盾に直球で甘えてくる彼女は、困り果てるほどに可愛らしく――
こちとら、喉が渇きっぱなしなのであるからして。
ここまでチュートリアル。
ついXにて、6月20日発売の書籍にも載るキャラデザなど一部を紹介しております。先日地味にファンを増やした気配のある自称メイドのご尊顔を見れたりもしますので、興味のある方は作者Xを覗いてやってくださいませ。