星無き空の下で
宴が終わり、仮想世界にて初となる食欲を満たす食事を終えて――開放的を極める気分のまま「ハイおつかれー」となったプレイヤーは一人もいないだろう。
イベント開始から約十五時間、推定仮想時刻はVM9:00過ぎ。つまりは残すところ三時間ほどで初日が終わるわけだが……夜ともなれば、姿を現すものがある。
つまりは〝星空〟――天に『地上』が置かれた現状、真上を見ても途切れた空に星は探せない。しかしながら、今イベントのタイトルを考えれば……。
「……やっぱり、なにか起きるのかなぁ」
「さてな。でもまあ、どっちみち警戒は必要だろうし」
空に浮かぶものとは別の星空が動く可能性を鑑みて、平和ボケして全員一緒に『おやすみなさい』は愚策以外の何物でもないだろう。
――というわけで、ログハウスの屋根上。比較的ではあるが楽をさせてもらったので、寝ずの番一号を買って出た俺……と、隣にくっ付いてきた相方の計二名。
揃ってステータスバーにデバフアイコン……今イベント専用となるであろう『眠気』の報せを点灯させながら、並んでするお喋りは極めて穏やかなものだった。
現実よろしく僅かずつ目蓋が重くなってきているのを感じるものの、意識の尾を引っ張る睡魔は抗えないほど強いものではない。現時点では、だが。
仕様としてはデバフ発症時点でおおよそ四時間の睡眠を取れば解除されるらしく、単純に一日三十六時間の内1/9を睡眠時間として要求される――というのが、例によって脳内インストールで齎された情報。
俺とニアは推定時刻VM9:00ジャストに発症したデバフに現在進行形で抗っているわけだが、ステータスバー下部のアイコンを注視することでポップアップする〝カウンター〟に刻々と数字が加算されているのが窺える。
単純に、この分だけ追加で寝れば解除されるということだろう。
つまり元の要求必須睡眠時間がたったの四時間程度ということも相まって、多少の〝夜更かし〟なら大したペナルティにはなりえない、ということ。
それは同時に――『デバフを解除するために睡眠を求められるのだから、夜中に何かが起こる可能性は低い』とは断じられない、ということでもある。
ついでに、素直にこの仕様に従うと『夜九時に寝て午前一時に活動開始』とかいう、字面だけ見たら頭のおかしいルーティーンになるから……というメタ読みもある。十中八九なにかが起こると見て、備えておくのが吉だろう。
なのでこうして寝ずの番を置いておき、他のグループメンバーには仮眠程度のつもりで先に眠りについてもらう。
なにも起きなければ、四時間後の交代で俺は明日の朝まで寝かせてもらえばいい。その間の一人暇潰しについては考えがあったのだが……隣で欠伸を零す相方殿が当然のようにくっ付いて来たので、予定変更となった次第。
「眠かったら寝てもいいからな」
「ん……ここで寝てもいいなら、お言葉に甘えますけど」
「屋根の縁で寝るとか意外と勇気ありますね」
「あたし、別に高所恐怖症ってわけじゃないもん。空で散々『わーわー』叫ばされたのは、誰かさんの変態機動が原因だからね?」
「さいですか……」
「それに、落っこちる心配はないでしょ。〝枕〟が捕まえといてくれるし」
「へぇ、便利な枕があったもんだな――おいやめろ、グイグイ来んな……!」
ただでさえ肩が触れ合う距離に引っ付いているニアが、おそらく膝を狙って襲い掛かって来る。いろいろと柔らかい転身体の身体ならそりゃ寝心地の良い枕になるかもしれないが、中身が男であることを忘れないでいただきたい。
もちろん俺であるからこそという自覚が持ててしまっている分、余計に問題であるという話――あまりに距離が近過ぎると、正直言って困る。
コイツもコイツで、俺が十分以上に意識しているという自覚を持ってほしい。
肩と肩を引っ付けているだけでも結構アレなのだ。中学一年からそういう意味での男女のふれあいに関する感情が冷凍保存されていたお子様には、刺激が強い。
現在鋭意解凍中であるゆえ、もう少しだけ時間が欲しいのだ。
ニアだけではなく、アーシェも……そして現在は、誰よりソラさんも。
というのも、あの日から俺に対するパートナー様の感情表現というか、スキンシップの密がとんでもないことになってしまったから――
「……ねえ、なに考えてるの」
「大体お前のことだよ」
嘘ではないことをノータイムで返せば、目論見通り仰天した様子のニアが「に゛ゅ゛っ」とおかしな声を漏らして固まる。
まだまだ情けない部分は多々あるだろうが、もうそれだけで済ませるつもりはない。こういうところで、これからは俺も怖気付かずに応戦させてもらう所存だ。
「言ったろ、隣にいる間はニアを見るって。というか、隣にいる人間のことを考えてるのって割と誰でもそうだろストップストップ暴力反対」
襟首を掴んでガックンガックンされ、闇に包まれる森を映していた視界がご機嫌にシェイク。振り乱されたサイドテールが暴虐の主をペシペシ叩いていた。
「なんなの、もうっ……! 本当にいろいろ吹っ切れ過ぎじゃないかなぁ!?」
まあそれは認める――でもごめん、これに関して更に改める気は毛頭ない。
「……ニア的には、前までの俺が良かったか?」
さらっと、努めて軽く適当を放るように聞いてみる。顔を真っ赤にして暴れていた彼女は一瞬だけ言葉に詰まると、襟首から手を放して、
「…………………………え、あの……ぶっちゃけた方がいい感じ、ですか」
「気にはなるけど、どっちでもいいかな」
肩に額を押し付け、顔を隠す。
伝わってくる熱を感じながら、問いに対する問いに正直な言葉を返すと――
「………………じゃあ、正直に」
「うん」
「前の、あたふたしてて余裕ないというか、でも精一杯に頑張ってくれてる感じのキミは……なんか可愛くて、ぎゅーってなってた」
「ぎゅーって」
可愛いときたか――と、恥ずかしさを誤魔化して笑う俺に、
「――今のキミは、ずっとドキドキする」
彼女は真っ直ぐ、更なる熱を伝えてくる。
囁くように耳へ届けられた言葉が、こちらの胸中にも伝染するのを感じた。
「…………ここで止めとく? 多分、どっちも火傷すると思いますけど」
「そ、うですね」
「じゃあ最後に結論だけ……――どっちも好きだよ」
「……、…………」
「……思った以上に、あたしキミにベタ惚れだ。困っちゃうね」
あぁ、本当に……困ったな。
本当の本当に、どうしたもんかって感じだよ。
「…………膝くらいなら、貸してやらんこともない、かもしれない」
「……っふふ、え、なに。もしかしてニアちゃんにほだされちゃっ――」
「やっぱ気のせいだったわ」
「ウソウソウソウソっ! ハイ確保ー! 前言撤回は認めませーん!!!」
「眠かったら寝るって人間のテンションじゃないんだよなぁ……」
ほぼ頭突きの勢いで膝に飛び込んできた藍色を見て浮かべる苦笑いは、悔しいことに百割がた照れ隠し。
……想いを向けてくれる三人が、一人残らず魅力的過ぎるゆえに。
「よだれ垂らしたら放り出すからな」
「美少女はそんなことしないんですぅー」
俺は本当に、いつか〝答え〟を出せんのかと。
どうしようもない疑問ばかりが、無責任に募っていく――――
……しかして、人の膝を確保しておいて結局は寝るつもりなどなさそうなニアと、互いの恥ずかしさを散らすように適当なお喋りを続けることしばらく。
「――……ん?」
「――ほぇっ?」
番を始めて一時間、VM10:00ジャスト。
森のざわめきに気付いたのは、二人同時のことだった。
和やかは十分とは言ったけど、甘々を挟まないとは言ってない。
ほら起きて。