日暮れてなお朗々と
「――――このグループ超絶大当たりな件について」
「それな」
「これはガチ」
「アイドルはいるわシェフはいるわ、もしもの時の序列持ち様はいるわ……」
「安心感と満足指数が高過ぎる」
「飯が美味いのはマジありがたみですよ本当に」
「これ、組み分けによっては絶対こんな和やかサバイバルにならんよな」
「サバイバルというか、もうここまで来るとキャンプですらない気がする」
「山中のログハウスとか林間学校を思い出しますわ」
「あー………………老け込む」
「僕んとこ林間学校なかったんすよねぇ、どんな感じでした?」
「「「虫がヤバい」」」
「いや、できればポジティブで盛り上がる思い出話をですね……」
「――――……和やかだなぁ」
「実際、かなーり恵まれたグループでしょうからねぇ」
「自分を持ち上げるわけじゃないが、料理スキル持ちが不在の組は苦労するだろうな。現実同様に食事が必要となる以上は……」
「美味しいもの食べないと、元気でないよねー」
ノノニア繋がりで自然と固まることが多くなりそうなツーペアにて、それなりに盛大な騒ぎとなった宴会の一角。
猪肉を主役とした牡丹鍋や例の不思議ステーキを始めとして、鉄さんが用意した料理の数々は比喩ではなく山のよう。それらに喜々として群がるグループメンバー各員を見回せば、誰も彼も表情明るくモチベーションは上々な模様だ。
ちなみに当たり前のように〝味噌〟の風味がキマっている鍋について、なにをどうやったのかと鉄さんに問うたら『あぁ、作った』と返された。いつの間にとか、なにを材料にとか、おそらく聞いても理解など出来やしないだろう。
もうなんでもヨシ。美味けりゃ文句など何一つありはしない。
まだまだ床と壁と天井しかない殺風景な会場ではあるが、賑やかな人の喧騒をもって十分以上に良い雰囲気である。
初日は願ってもない順調な滑り出し、と評して構わないのではなかろうか。
「実際のとこ職人も重要ではあるでしょうが、なにより曲芸師さんですね」
「謎の持ち上げ入ったな。まだ大したことなにもやってないぞ?」
これは別に謙遜でもなんでもなく。空から森を見渡した件については、ある程度のステータスがあれば飛ばずとも木に登ることで同じ結果を齎せたはず。
その直前のノノ鉄ペア救援に関しても、駆け付けるのは俺でなくとも問題なかっただろう。あの程度の連中が相手なら、此処にいる一般戦闘プレイヤーたちとて対処は容易だったのは間違いない。
と、深く考えもせず軽く否を唱えてみれば……。
「いーやいやいや、いるだけでってやつですよー」
なにを仰っているのやら――と、秒でノノミちゃんさんに笑われてしまった。
「プレッシャーを掛けたいわけじゃないが……皆も言っているように、やはり安心感が段違いだ。白状すれば、俺も含めて『いざとなれば何とかしてもらえる』と思ってるやつがほとんどだろうな」
「はぁ……いやまあ、必要とあれば存分に働くけども」
期待――ではないな。向けられているこれは、まさしく〝信頼〟の眼差しだ。少々気恥ずかしい……と思い目を逸らせば、逸らした先には藍色の瞳。
「いろいろ言ってるけど、まだまだ自覚が足りないね。西を除いた三陣営の序列持ちって、一般人から見たらそういうものだよ?」
「自覚、は……してるつもりなんだけどなぁ」
肩で小突いてくるニアをいなしつつ、グルリと周囲を見回す。目が合ったプレイヤーは皆一様に、水の入った木杯を振って朗らかな笑顔を返してくれた。
ただいるだけで、好意と信頼を向けられる存在。
自分がそうなってしまったのだという現実味の薄い実感は……俺の戸惑いその他の感情はさておいて、しっかりと受け止めておくべきなのだろう。
四柱からこっち少しずつ呑み込んじゃいるが、まだまだ俺は有名人初心者。幸い〝お手本〟は身近に沢山いる、足りない自覚は追々深めていけばいい。
「――てか、全然関係ないんだけどさ」
「うん?」
考え過ぎず、考えなさ過ぎずで適当な納得をしていると、俺の防御を突破することを諦めたニアがなにかを思い出したように切り出した。
「そっちのままのんびりしてるけど、転身体にならなくていいの? 新魔法修得するぞーって、こつこつ魔力トレしてるんじゃなかったっけ?」
「あぁー」
それに関しては別に忘れていたというわけではなく、単にまだ限られたプレイヤー……即ち『白座』討滅戦に関わったレイドメンバーにしかお披露目したことのない姿なので、ごく単純に――――
「恥ずかしいというか、反応が怖いというか……」
「あー……うん、そだね」
「そんなに気にしなくてもよくないですかー? 文句なし超絶可愛かったですし、どうせいつかはアーカイブとかで大々的にバレますよね?」
「それはそうなんだけども」
いやまあ、ノノミちゃんさんの言う通りではある。俺自身《転身》を攻略に活かす気は満々な訳で、いつかはバレることが確定している以上は遅かれ早かれだ。
そしたらば……。
「ちょっと失礼」
ほんのり気配を消しつつ立ち上がり、なんの気なしを装いながらフラっと間仕切りされた厨房スペース(仮)へ姿を隠して《転身》を起動する。
衆目の前で〝変身〟することに謎の恥じらいを覚えた訳ではなく、突然ピカピカして騒ぎを起こすのを自重しただけだ。
しかしながら、それは要らぬ……というより、無駄な配慮だったと言えよう。
なぜかと言えば、当然のこと――
「よっこいしょっと」
「あ、こらこらこらっ、胡坐かかないのっ!」
「……その姿で振る舞いが完全に男だと、頭が混乱しそうになるな」
「いやぁ、むしろそれが人気出そうというか間違いなく需要アリというか」
こちらの意向を汲み取ってのことだろう。何食わぬ顔で席へ戻った俺へのツッコミその他も声量は控え目……が、既に〝視線〟は身体中にザックザク。
いいだろう、もういい加減に覚悟は決めた。
ほら来るぞ。さーん、にーい、いーち――――
「紅三点ッッッ!!?!?」「それはマズいですって!!!」「噂のトランスシステムってやつですかそれぇあッ‼」「曲芸師さんが曲芸師ちゃんに!?」「あーダメダメ面白すぎます」「白髪青眼超絶美少女、だと……ッ」「み゛ッ゛ッッ……」「美女美少女に囲まれるだけでは飽き足らず自分自身もッ……!?」「ちょっと待ってそれで超高速機動とか馬鹿デカい武器振り回したりするんすか!!!」「癖が穿たれるぅッ‼」「自分曲芸師ちゃんファンクラブいいっすか!?」
「あーあーあーうるさいうるさい俺は聖徳太子じゃな――」
「「「あ゛ッ、声も美少女ッッッ!!!」」」
「「「俺っ娘はマズいですよ!!!!!」」」
「いやもう、うるっっっっっっっっさ!!!」
謎にスタンディングオベーションする野郎共。
響き渡るは怒号の如き大喝采。
そして我先にと詰め寄る暴徒たちに恐れをなしてか、そそくさと避難していく真なる『紅』二人組。いやまあ、そうだね、離れといた方がいいよ。
先日の祝勝会にて似たようなことは経験しているゆえ、彼ら――逸般人も一般人も変わりなく、お祭り好きなアルカディアン諸氏の反応など予測済み。
けれどもやはり、いざこうして全力で雪崩れ込んでこられると……。
「あーハイハイ並んでくださーい! 質問は一人ひとつでお願いしま――っちょ、待て待てストップ! 落ち着け皆の衆もう少し理性を持った行動を……‼」
武器を握れぬ場における多対一など、勝敗は最初から決まっている。
しかして、その後。長々と賑いの続く宴会場にて、最後まで俺が話の種にされ続けたことは言うまでもないだろう。
イベントテンションではっちゃけてるだけで、普段は皆さんもう少し理性的です。
きっと、多分、おそらく。
そろそろ和やかは十分かな。