豆腐は建てるもの
「――――――――…………おわっ」
「……ったぁああぁあああああああっ!」
本格的に作業を始めてから、かれこれトータル四~五時間程度だろうか。
山ほど木を切り倒し、男衆が総力を挙げて地面をならし、ニアとノノミちゃんさんが次から次へと加工した材木を、俺が主だって組み合わせて――
出来上がったのは、お世辞にも洒落ているとは言い難い無骨なログハウス……正確には、ログハウスと呼んでいい代物なのかも不明な扉付きの木箱だけどな。
そりゃそうだろというか、二人しかいない職人の内訳が『宝石細工&裁縫師』×『純正裁縫師』である。他にも建築云々のノウハウを持っているプレイヤーなどおらず、ほぼほぼ力技で形にした迫真の豆腐ハウスだ。
《魔工》の基礎スキルで〝素材〟であれば木材でも石材でも《加工》自体は可能……とはいえ、普段は『衣装』を作るのが常である彼女たちからすれば何からなにまでスケールが違う。無理を押して、よくぞ頑張ってくれたもの。
極論『壁』と『床』と『屋根』があればそれでいいのだ。野晒しでもなければ最低限の安心感は確保できるし、安心さえあれば問題はない。
イベント中はきちんと食べて眠らなければ行動不能デバフを負うとはいえ、裏を返せばその二つのノルマをこなせれば万事OK。
所詮は三泊四日程度、超人の身体に豪華な宿泊施設など必要ないのだ。
「おつかれさん。いやマジで、おつかれ」
ということで、見事に慣れない……どころか、経験など一度もないだろう仕事をやり切ってくれた紅二点に心から労いの言葉を贈る。
くたくたとへたり込んだ【藍玉の妖精】と、豪快に背中から地面へ倒れ込んだ【彩色絢美】――ぶっちゃけた話、野郎共にとっては『この二人が用意してくれた寝床』というだけで高級ホテル以上の価値があるのではなかろうか。
いやまあ、組み立ての方は俺が担当したんだが。
「キミもおつかれー……力仕事ありがとー…………」
「めっちゃ助かりましたぁー……流石は序列持ちぃ……ふへへ、へ」
二人揃ってヘロヘロに疲れ果てているが、無理もない。丸太から木材を切り出す……というか、丸太を木材に『変換』すること数限りなく。
未経験の建材生成に悪戦苦闘するまま『あーでもないこーでもない』と試行錯誤を繰り返し、衣服の設計図を引く要領で建築図面を作成するという訳のわからないミッションインポッシブルをやり遂げ、組み上げようとしては組み上がらず、組み立てては崩れ落ち、完成したと思ったらそこかしこが隙間だらけでやり直し。
と、この程度は肉体労働にもならない俺とは違い、彼女らは数時間に渡り頭を酷使していたのだ。仮想世界において、どちらが疲れるのかは今更言うまでもない。
木造プレハブ小屋の如き大小の四角が立ち並ぶ姿はそこそこシュールだが、この光景に至る苦労を知る俺としては純粋に感動もの。
文句を言うやつは《震伝》の刑に処してやろう――ま、ノノニアの合作にケチをつけるような者はいないはず。男とは斯くも愉快な生き物である。
「一応、表札とか貼っとくか? 大きさでわかるとは思うけども」
「あー、そですねぇ。事故って男性陣が気まずくなるのもアレですし、その辺はしっかりしときますかー」
組み上げたログハウスは男女別の大小一棟ずつと、その間にドカンと建てた共用の特大サイズが一棟。左右の男女棟は言うに及ばず寝泊まり用、中央の共用棟は『宴会場』兼『共有物資置き場』だ。
集めてきた食料やら資材やら――それから各人が獲得した【星屑の遺石】も、此処にまとめて保管することになるだろう。
右も左もわからず行方が不透明な今イベント。先の食事中は物珍しい食材だけに限らず様々な方向で話が弾んだものだが、ついでにそこで大まかな〝方針〟もグループ総勢三十六名満場一致のもと結論は出されている。
とにかく全員生存を優先、助け合い重点で報酬はサッパリ山分け……ということで、現在提示されている唯一の『報酬』らしき【星屑の遺石】は最終日にグループメンバーで等分されることになった。
重ねて満場一致、異論はなし――とはいかなかったが、一部から出た『職人二人と料理人の負担が大きくなるだろうから、分配を寄せてもいいのでは?』という意見については三人が首を横に振ったので否決。
逆に三人から出た『むしろ稼いでくる戦闘員に寄せてくれていい』という意見についても、戦闘員全員が首を横に振ったので否決。
譲り合いの精神は大変結構というか、なんともまさにアルカディアン。
本当にこういうところは果てしなくMMOらしくないというか、逆に怖くなるくらい平和に溢れた理想郷である。
そもそも【星屑の遺石】を持ち帰ってなんになるのか、というかそのまま持ち帰る物なのか、生存を目指すとは言ったもののイベント中に死ぬと一体どうなるのか、リスポーンできるのか……もう、なーんもわかっちゃいない。
だからこその『遮二無二協力しようぜ』という方針であり、良くも悪くも気楽に行こうという体だ。そういう適当な感じ、全くもって嫌いじゃない――
「…………………………聞いていい?」
「お、なんだどうした」
と、小兎刀の刃で手頃な木片に絵を刻み、せっせか〝表札〟を作っていると背後から声が掛けられる。訝しげな声音に振り向けば、まさしく訝しげな表情をしたニアがジッと俺の手元を覗き込んでいた。
近い近い、肩に顎を乗せようとすんな。
「それ、えっと……なに?」
「ニアちゃんの似顔絵」
「ちょ、なっ……!? 二千歩譲って例の猿にしか見えないんですけど!」
「冗談だ。普遍的な女子のイメージを表現してみた」
「だからまず人に見えないんだってば!」
誓って言うが、俺はネーミングセンスなどの弱点は抱えているものの『絵心』に関しては人並みである。人並みであると、信じてはいる。
いやだって、木材に刃物で絵を描くとか誰だって普通やったことないだろ……。
「あら~これはこれは意外な弱点が……」
「待ってくれ、違うから。紙とペンなら流石にこんな出来損ないの福笑いみたいな名状しがたいナニカにはならない――」
「ねえ、なんでその自覚があってニアちゃんの似顔絵って言ったの? 冗談にしてもおいたが過ぎないかな? ねえ? ん???」
「お、待て待て待て落ち着け……! ちょっとした戯れだろ! 大自然でサバイバルで開放的になっちゃっただけでおいヤメ、やめろおまっ……!」
その後、あっちはあっちで悪ノリを始めた女子二人に突き回され玩具にされて……最終的に。俺作の『名状しがたい猿の刻画』が共用スペースで大々的に飾られるという事実上の晒し首をもって、戯れの件は無事お赦しと相成った。
俺の尊厳は無事じゃねえなこれ?
ま、今更か。むしろ前衛芸術を崇め奉れくらいのノリで、胸を張っていこう。
言うほど紙とペンでも絵心は無い。