模索と安穏
さて。拠点確保の目途が立ったところで、目を向けるべき重要なことがある。
なにかといえば他でもない、例の猿たちが何者かという疑問について。これについて、連中がドロップした謎の石ころ――その名も【星屑の遺石】を検めることで判明したことがいくつかあった。
第一に、奴らは【星屑獣】という名を持つ存在であること。
第二に、この【星屑の遺石】を集めることこそがイベントの目標……少なくとも、その一つではあるらしいこと。
第三に――これは遺石のフレーバーテキストからの、完全なる推測なのだが。
どうも件の【星屑獣】は、テイミングかそれに類することが望める、プレイヤーの新たな〝力〟と成り得る『拡張システム』らしき可能性があるということだ。
仄めかされた可能性の名は『調伏』。詳細は一切不明だが、なんらかの条件を満たすことで奴らを従えられるようになる……と、思われる。
正直なところ、放り込まれたイベントの真只中でいきなり新システムだなんだと言われても頭が追い付かない。すぐさま拠点に集っているプレイヤー全員と共有したが、皆『へ、へぇ……』と一様に似たり寄ったりの反応だった。
テンションが追い付いていないというより、まだ確証が無い&拠点整備におおわらわで真実それどころではないというのが理由の大部分。
加えて、遺石から齎されたもう一つの情報。こちらの方が、サバイバルを生き抜く上での要素としては重要であったのも大きいか。
それというのも……。
「「「………………」」」
今、仲良く〝食卓〟を囲む俺たちが目前にしている器の中身に関すること。
【星屑の遺石】は未だ提示されていない目的のため〝集める〟以外にも、とある利用方法が用意されていた。
それが『変換』。遺石を砕くことでドロップ元の【星屑獣】に応じた各種素材……例えば、食材なんかを獲得できるシステムである。
そう、つまり――
「…………流石に、抵抗があるのは理解するが」
「い、いや、いただくよ? ただちょっと、勇気と覚悟をですね……」
この風情ある木彫りの器によそわれた煮込みの具材は、なにを隠そう俺が大量討伐した『猿』の肉である――と、いうことで。
なにとは言わないが、シンプルに若干……よりもちょい上程度の忌避感がある。だって、ほら……進化の方向性が異なるとはいえ、ねぇ?
ある程度の拠点整備を進めた後、皆が現実世界と変わらぬ〝空腹〟を覚え始めた頃合いでひとまずの食事会と相成ったわけだが……。
まさか匙を動かすのに、勇気を要されることになろうとは。
「た……食べれる、んだよね?」
「…………一応、日本でもそういう文化はあったらしいし」
俺の隣で恐々としているニアの疑問に、近くにいたプレイヤーの一人が答える。答えるが、そんな彼も顔色からしてビビっているのは明白だ。
しかし、しかしながら――
「よし……いくか」
「い、いくの……?」
あぁ、いくとも。これ以上グダグダ躊躇っていてはシェフにも失礼だろう。
既に砂漠を泳ぎ回る化物ウツボなんかも喰らってるんだ、猿ごときに臆すなど今更のことってかどうせゲームなんだそこまで深く考える必要もあるまい……‼
そしたらハイせぇの――ッッッ!!!
「いただきます……ッ‼」
しかして、無理矢理なノリと度胸のみで口に突っ込んだお肉の味は、
「…………………………」
「………………………………ちょ、ねえ感想。感想は……!?」
正直、正直に言って――
残念ながら、あまり美味しいとは思えないものだった。
◇◆◇◆◇
「――すまないな、期待しておけなんて言っておいて」
「なんのなんの、それでも〝腕〟は十分に伝わったよ。シチュー自体は美味かったし……いやはや、ご馳走様でした。嫌味じゃないぞ?」
とにもかくにも、材料が悪かったのだ。
一度覚悟を決めて口に放り込んでしまえば、あとは男児いくつになっても男の子。ノリよい野郎連中と好奇心から素焼きで肉を食してもみたが、それはもうひっっっっっでぇ味だった。とにもかくにも臭くてやばくてヤバい。
食えはするものの、真っ当な食材ではないと見ていいだろう。つまるところ、いい意味でアレを『あんまり美味しくない』程度に変貌させた我らがシェフ――鉄さんの腕には信頼が置けるということだ。
「そう言ってもらえると、助かる。一発目から満点とはいかず残念だが」
「俺的にはむしろ満点だと思うけど? これ以上ないくらい普通じゃない感が味わえたし、得難い経験だったぞ」
「…………いい奴だな。評判通りだ」
「なにその評判もっと聞かせて」
話しつつも、手を止めない鉄さんが摘み取っていく野草の外見をしっかり『記憶』しておく。今イベントにおける最重要項目は、士気やる気への影響を考えても〝食〟であることは間違いない。
そして、食材集めは生産系のスキルを持たない俺が確実に貢献できる貴重な仕事でもある。鑑定系のスキルが生えてくるのを待ってなんざいられないので、代用可能な才能をフル活用して役立たせてもらうとしよう。
現実のサバイバルであれば死活問題となるであろう『水』に関しては、MPと引き換えに純水を生み出せる水魔法適性者が俺含め複数いるので一切問題なし。ということで、やはり当面の間はグループ全員分の食料確保が最優先。
建築など甚だ専門外であるはずのニアも、悪戦苦闘しながら拠点造りを頑張ってるしな。労働の後は美味しいご飯が食べたかろう。
「大体、目ぼしい使える物はこんなところだ。探せば近くにもまだまだあるだろう、目に留まったら集めておいてくれるか」
「オッケー了解」
香味その他に活用できる野草類の他、現実にもある山菜に似た謎植物各種。他にも『それ本当に食べれるの? 本当に?』と無限に首を傾げたくなる毒々しい茸など、それなりのデータは頭に詰め込んだ。
外見判断になるが、間違えることはないだろう。あとは念のため、最終的にまとめて鑑定してもらえばいい……といったところで、どうするかね。
食料も大切だが、今はとにかくやることが多い。
「たんぱく源……は、頼りになる男性諸君に任せるとして」
「猿はこりごりだと血眼で飛び出していったからな、期待できるだろう」
実のところ、調理する俺としてもこりごりだ――そんな風に意外なユーモアを披露して薄く笑う鉄さんと、緩い会話を交わしつつ。
常駐護衛の任を買って出た俺は、あまりフラフラ拠点を離れるわけにもいかなかったり……ゆうて、数百メートル範囲なら秒で駆け付けられるし『ちょっとそこまで散策』程度は問題ないんだけどな。
とはいえ、あまり単独行動するのも約束と違ってしまうので――
そしたらまあ、当初の予定通りでいきますかね。なるべく一緒にってことで。
「山菜採り、少し後でガッとやってくるよ」
「あぁ、頼りにさせてもらう」
俺の行く先を察したのだろう。また薄く――どことなく微笑ましそうな笑みを向けられてしまい、なんとも言えないむず痒さから足早に傍を離れる。
で、足を向けた先。そっちはそっちで……。
「……わっかりやすいよなぁ」
歩み寄る俺を目敏く見つけたニアが途端にパッと顔を輝かせ、すかさず隣のお友達にニヤニヤと弄りを入れられていた。
距離の近さ……というか向ける視線があからさま過ぎて、同グループ内には既に〝矢印〟が百割バレてしまっているであろう恋する乙女様である。
そんな火傷しそうな感情を一心に向けられる、俺も俺で、
「よっ、なにか手伝えることあるか?」
「待ってましたよ彼氏さーん!」
「あ゛ぁ゛ああぁあっ……! もぉおくっ付くなー!」
「あーあー、元気だこって……」
あれやこれやと吹っ切った今、満更でもなく。無様にも向き合っているつもりになっていた、以前までよりずっと――
「なんでされるがままかなぁっ! キミもちょっとは抵抗しなさい!」
「なんかもう、ノリが適当過ぎて防衛本能が働かないというか」
「働いて! ちゃんと働かせて! ソラちゃんに言いつけるからね!?」
「それはちょっと待ってくれ俺が悪かった話し合おう」
この騒がしい藍色娘が、可愛らしく見えて仕方ないゆえに。
内心、少々どころじゃなく参っていたりするのは……今しばらく、秘密である。
平和だね。
【星屑の遺石】――その身を散らした星屑獣が遺す思にして志であり死の鏡石。
求める者、相応しき者に獣は与え、従い、その遺志をもって侍り尽くさん。
忘れ去られし星影を〝調伏〟せよ。さすれば獣は、待ち侘びた主に頭を垂れる。