切り拓いて、輪を広げて
しからば《空翔》――は、魔法薬などの回復手段がない現状では考えなしに切ることができないカードだ。ゆえに、自力での空中ジャンプを獲得してからはご無沙汰だったこちらに頼らせてもらう。
「よ、は、ほいっと――!」
例によって《十撫弦ノ御指》を起動、真上へ小兎刀を投射することにより自前で用意した道をパパパッと駆け上がる。
うーむ、やはり便利。追加されたデメリットは無視できないが、クールタイム消滅により切り替えが自在になったのは相当どころではない超強化である。
雑に切れる手札ってのは、とにもかくにもシンプルに強い。これから先、文句なしの主力スキルとして頻繁にお世話になることだろう。
といったところで In the sky。樹葉のカーテンを突破して跳び上がった空は、薄暗い森の中とは違い見渡す限りの晴天――
いや、相変わらず〝天〟には謎に地上が見えてんだけどさ。ともあれ、
「あー……大 森 林」
おかしなことになっている空から地上へと目を向ければ、そっちはそっちで見渡す限りの森、森、森。一応〝終わり〟は見えちゃいるが、下にいる三人を伴って突破するのにどれだけ時間が掛かることやら。
………………本当に、切り拓く方が現実的かもしれんなぁ。
もちろん俺がなんとかするなら数分程度で解決できる問題だが、そんなものシステム側からすれば完全なるイレギュラーだろう。俺とニアはともかく、ノノミちゃんさんたち職人ペアも此処へ放り込まれている以上は……。
「むしろそっちが〝正道〟か……?」
森中開拓サバイバル――なるほど、それっぽいではないか。
「――――てな感じだな」
「……これが【曲芸師】か」
「序列持ちというより、そうだね。【曲芸師】だね」
「頭から真っ逆さまに落ちてくるの、心臓に悪いから二度としないでくれる?」
見てきたものと所感を告げれば、返される反応は三者三様。最後のニアからお叱りと共に二の腕を抓られつつも、役目を果たした俺には労いの言葉が掛けられた。
「そしたら、切り拓いちゃいます? や、私たちはそんな力ないのでお任せになっちゃいますけど、あれやこれやサポートくらいは出来ますよ!」
「樹木の加工くらいなら、このレベルの魔工師が二人いれば十分だろう。人数は心許ないが、必要な技術者は揃っているな」
そんな具合に、さらっと方針を定め始めたノノ鉄ペア。俺はもちろん、ニアも異存はないようだが……はてさて、二人とは。
「一鉄さんは――」
「〝さん〟はいらない。なんなら鉄でいい」
「おっと了解…………鉄さんでも良いか? 呼びやすい」
これはこれで、さん付けでも親しみがあろう。お赦しの首肯を一つ頂戴して、呼び名も固まったところで質問を一つ。
「俺は〝三人〟だと思ってたんだけど、鉄さんは魔工師ではないので?」
「あぁ、魔工師といえば魔工師だ。ただ、ノノミやそっちの【藍玉の妖精】と違って俺は高位の職人というわけじゃない。専門の方面以外では力になれんだろう」
「ほう……して、専門とは?」
問を重ねれば、彼は『そんな顔もできたのか』と思ってしまうような不敵な笑みを薄っすらと浮かべて――
「後でわかる。楽しみにしておいてくれ」
自信あり気に自らハードルを上げると共に、堂々とお預け宣言をしてみせた。
◇◆◇◆◇
――――そんなこんなで、数十分後。
「さて、と…………とりあえず、こんくらいで十分か?」
一仕事……と言うには盛大が過ぎる大暴れを経て、存分に活躍した【仮説:王道を謡う楔鎧】の手甲を解きながら悠々と周囲を見回し呟く。
辺り一面に転がっているのは、熟練の素材加工技術を持つ最高位職人×2でも手が追い付かない原木の山。全部が全部アホみたいにぶっといファンタジー巨木だが……スパッとした断面が、我ながら見事である。いい仕事したぜ。
あとはこれまた大量に出来上がった切り株をどうするか――根元近くで平らに切り飛ばしたゆえ、ひとまず邪魔にはならないから放置でいいか。
――で、
「また俺の知らない曲芸師になってる……」
「見るたびヤベーことになってくなマジで」
「遂に拳で大樹を両断しますか、そうですか」
「高速軽戦士の概念壊れるぅ……」
「数ヶ月前から壊れてる定期」
「お前ら呆けてないで働け? タダ飯食らいは放逐の刑に処されるぞ」
「「「うーい」」」
と、いうことで。
次から次へと大樹を切り倒し、ズパーンゴゴゴゴバキバキドシャゴガーンと森中に響き渡ったであろう大騒ぎを展開して数十分。
そりゃまあそうなるだろうという感じ。異様な騒音を頼りに複数のペアが合流を果たしたことで、四人ぼっちの少数グループは早々に卒業と相成っていた。
内訳に関しては、ほぼほぼ戦闘寄り。とは言っても、すっかり基準が狂った俺の周囲とは違い健全な(?)大衆プレイヤーたちである。
なので『一緒に大樹を薙ぎ倒そうぜ‼』とはならず、ニアとノノミちゃんさんがバラした材木の運搬その他で力になってもらっている現状だ。
なんというか、こう……口にすれば上から目線のように取られてしまうかもしれないが、和むな。穏やかというか、現実的というか。
ともすれば、オーソドックスにMMOジャンルへ求める『こういうのが良いんだよ』感が溢れている。寄り集まって大事を成す、ザ・協力プレイだ。
嫌いじゃない……というか、シンプルに好きなやつ。テンション上がるね。
「曲芸師さーん。こっちもう少しだけ広げたいんで、頼んでいいっすかー?」
「あぁ、ハイハイ了解お任せあれ!」
加えて皆さんフランクかつ愛想もノリもいいもんだから、明らかに異物である序列持ちの俺にも遠慮なく接してくれる。
それもまた気を遣わせた結果なのかもしれないが、ありがたい限りだ。
……で、そこのところ俺とは別方面での上位者――もとい、されるべくして盛大にチヤホヤされるであろう紅二点については、
「ノノニアと同グループとか今生の運は使い切ったな……」
「俺、男だらけのサバイバルでも楽しめるはずって覚悟キメてた。涙出てきた」
「始まったばかりだけど勝利宣言もやむなしでは?」
「フォロワーにバレたら嫉妬で燃やし尽くされそうっすね……」
「仮にそうなっても、まあ仕方ないと納得できるかなって」
「それな」
「わかる」
「リスキル地獄くらいなら笑って許せますよ」
「三日間同じ空気吸えるとかこれもう犯罪だろ……」
「誰かコイツ見張っとけよ。ヤベェと思ったら即刻引導を渡せ」
――などなど、狂ったことを宣う野郎連中から熱烈な視線を向けられて。
「ニアちゃん、かわい〜く笑って手振ってあげたら? イベント中なんでも唯々諾々と従う忠実な僕が量産されると思うよ。一撃だよ多分、やっちゃえ」
「勘弁してください……」
「えっふぇへへ、そうだよねぇ……! 騎士様はもう間に合ってるもんねぇ?」
「にゅ、ぐっ……もう、うるっさいなぁ……!!!」
……ま、なにはともあれ。
あっちもあっちで楽しそうだから、総合的にヨシとしておこう。
野良×和気藹々という奇跡からしか得られない栄養がある。