降る星空
あてどない散策を始めてから、ちょうど一時間ほどが経った頃。
暗闇にビビり落ち葉にビビり、獣道に文句を言ったり隙在らば引っ付いてくる……そんな同行者のおかげで、総じて退屈とは縁遠い道程ではあった。
けれども、あまりに何も起こらないため『イベントとは』と首を捻り始めていたタイミング――それに気付いたのは、俺よりもニアの方が早かった。
「っ……ぁ、ちょちょ、ちょっとストップ」
前触れなく肩を跳ねさせたかと思えば、隣を歩く俺を片手で止めて警戒するように周囲を見回す……というか、そのもの〝警戒〟なのだろう。
なにかを探すようにあちこちへ視線を飛ばすニアの様子を窺いながら、しかし俺の知覚には彼女が探すなにかが引っ掛からない。
「……なんか、いるのか?」
「なんかって――……あー、なるほどわかった。納得」
「いや一人で納得するな。教えてくれ」
一瞬だけ『なに言ってんの』みたいな顔で見られたかと思えば、すぐさま言葉通りの様子で自己解決されてしまう。
「キミ、感知系のスキル持ってないでしょ。猪突猛進でエネミーを探すような人は経験蓄積が遅いらしいし、それでなくとも習得に時間掛かるタイプだから」
「さらっと人のこと猪扱いしないでくれる?」
「じゃあ持ってるの?」
「持ってないです」
なるほど、感知系……索敵関係の補助スキルか。言われてみれば、それ関係というか直接戦闘に関与しない感じのスキルって全く生えてこないんだよな……。
純非戦闘となると《欲張りの心得》くらいか。ソラとパートナー契約を交わして以降、所持容量問題に関しては解決済みであるゆえほぼ息していないが。
「とにかく、いるってことだよな。位置は?」
「探ってる……けど、わかんない。ごめん、偉そうに言ったけどあたしのスキルもそんな大したやつじゃないから――」
「警告してくれただけありがたい。離れるなよ」
不要な謝罪を切って捨て、後ろ腰から兎短刀を抜きつつ周囲へ意識を張り巡らせる。離脱を選択するにも、位置がわからなくては確かに存在するのであろう〝何者か〟の鼻先へ飛び込んでしまう可能性もあるだろう。
大人しく出方を窺うのが丸い――というか、ゆうてそこまで警戒する必要もないのではというのが本音だが……ニアちゃん?
「おい、なぜ頬を緩めている」
「え、へへ……ちょ、ちょっと、さっきのもっかい言ってもらっていいです?」
「警告してくれてありがとう?」
「その次ぃ……!」
「意外と余裕だなお前……」
TPOをバグらせている藍色娘はさて置いて、徐々に俺の感知機能――スキルではない、素の気配察知に触るものを感じ始める。
あぁ、これは……。
「ニア、動くなよ」
「へっ――」
気配には気付けど状況把握まではできていなかったニアが声を上げるのと、右手の短刀を握り込んだ俺が地面を蹴るのは同時のこと。
AGI:0――なんてのは、とっくに卒業済みである。
――――――――――――――――――
◇Status / Trance◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:100
STR(筋力):0(+100)
AGI(敏捷):0(+230)
DEX(器用):0
VIT(頑強):0(+100)
MID(精神):1150(+300)
LUC(幸運):0
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精霊様だというものだから素材の性質も魔法寄りかと思えば、エペルから得た戦利品の適性はまさかの筋力補正。厳密にはアレコレ仕掛けがあって〝力〟に作用する特性を持っているとのことだが、重要なのはとにかく二部位セットでSTR+100とかいう超一級の補正値を寄越してくれること。シンプルに最高。
更にAGIの方をドカンと補強してくれているのは、懐かしき兎天国の踏破報酬の一つ。その称号の名は、迫真の直球ネーミング『螺旋の紅塔を攻略せし者』。
【螺旋の紅塔】関係のアクセサリーを身に着けている間『MIDの数値に応じてAGIを補正する』この称号の効果量は、実に精神ステータスの二割分。
装備の外付け数値までは参照してくれないが、俺の転身体のような頭の悪いビルドであればこうなる。ゆえに、もうある程度の近接戦とて問題はない――
そう、例えば……周囲の樹上から一斉に飛び掛かってきた猿共を適当に打ち払うくらいなら、素の状態でも朝飯前であると断じてみせよう。
「うへぁっ!?」
すぐそこまで音もなく忍び寄って来ていた数多の影を目にして、乙女的にはどうかと思う悲鳴を上げたニアに笑みを漏らしつつ鎧袖一触。
体高七十センチ程度の小柄な猿を、兎短刀の柄頭で打ち落とす。別の一体を回し蹴りで吹き飛ばし、三体目の首根っこを引っ掴んで別の個体へと投げ付け……次から次へ、片っ端から撃退遂行。
第一陣として飛び掛かってきた連中を雑に処理し終えたら――ハイそこまで動くんじゃねえぞ。《十撫弦ノ御指》起動。
最後まで刃を振るうことはないまま兎短刀を鞘へと放り込み、間を置かず空いた十指に紫紺のスキル光を宿す。とくれば、次手は勿論のこと、
「【刃螺紅楽群・小兎刀】」
勢いよく身体を旋回させ、身体の周り一杯に展開した紅の刃群を撫で撃ち放つ。片手から両手へと効果範囲が拡大し、更に諸々の『利便性』と『融通の利かなさ』を同時に獲得した新スキルは実戦での初仕事を見事に遂行してみせた。
痛打を与えつつ弾き返した奴らは元よりのこと。第二陣以降として飛び出そうとしていた連中も、至近に刃を撃ち込まれて二の足を踏んだようだ。
一瞬の〝祭り〟の後、襲撃が途切れて沈黙が満ちる。
まあやはりというかなんというか――弱いよな。同じく人に近いタイプで言えば、例えば【神楔の王剣】が繰る【彷徨える朽像】にも全く及ばないレベルだろう。
技巧も、ステータス面も、脅威は感じない。唯一気になる点といえば……。
「うへ、すっご……………………あ、えと……猿、でいいの? アレって」
「少なくとも、形はそう見えるけどな……」
全くもって生物味を感じさせない、闇を凝縮したような黒一色の姿をおいて他にないだろう。いや、黒一色は正しくないか。より正確に表すなら、それは――
「【星空が棲まう楽園】……つまり、そういう感じか?」
生物の姿に押し固めた、無数の煌めきを内包する〝星空〟の形姿。
なるほど、なるほどな……――――よし、決めた。
「ハイちょっと失礼」
「えっ、なに――わひゃいっ!?」
束の間に過ぎない間隙の後、ジリジリと間合いを測る様子を見せ始めた星猿共を他所に――――傍らでポカンと俺の戦闘風景を見守っていたニアの身体を問答無用で抱え上げ、一目散の全速離脱。
「ちょ、なんっ……逃げるの!?」
「三十六計なんとやらってな!」
先の交錯でちょちょっとやってみた感じ、大して強い相手ではないことは確信している。しかしながら、まだこのイベントの方向性がわかっていない。
アレが今回のイベントの主題に関わるものだとして、なにかしらのギミックが仕込まれている可能性。考えなしに倒しても構わない存在なのか、そもそも真っ当に倒せる存在なのかすら不明。清々しいほどの情報ゼロだ。
俺一人だったのであれば話は別だが、守るべき相方を抱えた状態で正体不明の気味悪い謎物体との戯れは御免被りたい……とまあ、そういうこと。
重ねて、連中は弱い。《空翔》だのなんだのを使わずとも、ランニング程度の勢いであっという間に撒けてしまった点がステータスの低さを示している。
つまりは、おそらく大衆向けの難易度設定。なんらかのイベントギミックに関係する存在であることは、やはり間違いないと見ていいのではなかろうか――
「ってな感じに考察した訳だけど、どう思う?」
「車より速く走りながらよそ見するのやめてぇえええええッッッ!!?」
おっと失礼、これは遺憾なり。
良くも悪くも仮想世界では逸般人基準が染み付いてしまっているゆえ……半泣きのニアちゃん用に、加減はこれから要調整としておこう。
変態挙動もガワが美少女なら許されるかもしれない。