春日
五つ歳の離れた〝兄〟がいた。
『よく似ているね』と、言われることが半分。
『あまり似ていないね』と、言われることが半分。
俺自身はずっと、ちっとも似ていないと思っていた。顔も、性格も、能力も、なにもかも……俺が及び付かないほど、遠くにいる人だったから。
歳が離れているから、というのは理由にならない。兄は俺だけでなく、同年代の周囲。それどころか、大人と比較しても特別に秀でていた。
鳶が鷹を生んだ――とは、いつだか聞いた両親の言。勉学、スポーツ、他様々な分野で非凡な才能を発揮した兄は、地域で知らぬ者がいない有名人。
反して、その弟は凡庸も凡庸。辛うじて近いと言えなくもない顔立ちが、唯一の『似ている』点であったと言えよう。
春日さんとこの息子と言えば、兄――春日叶を指す言葉。そして春日希はと言えば、叶の弟を指す言葉だった。
そんな似つかない兄弟に対して、自然と他人から向けられる視線は偏り……けれども、その分だけ兄が俺のことを見ていた。
自慢の兄で、大好きな兄。
比べられようとも、劣っている点を見せつけられようとも、だからどうしたと胸を張れる存在。『春日叶の弟』である自分を、誇りにさえ感じていたように思う。
小学校、中学校、高校と上がるにつれて、五つも下の弟に構うなど普通であれば退屈で面倒だろうに、家に帰ればいつだって遊んでくれた。
勉強も教えてくれたし、ご飯やおやつを手作りしてくれたし、休みの日にはいろいろな所へ遊びにも連れて行ってくれた。
兄であり、親友であり、憧れであり、ヒーローだった――六年前までは。
ちょうど俺が中学校へ進学した年、当時高校三年生の兄に恋人ができた。
俺が〝相手〟と顔を合わせたのは一度きり。長い栗色の髪が綺麗な、兄に似合いの美人さんに挨拶されてドギマギしたのを覚えている。
当たり前のように多くの異性から好意を向けられる兄だったが、どこぞの弟に掛かりきりで全く相手をしてくれない……というのは有名な話。
ゆえに周囲から若干のヘイトを買っていることは気付いていたものの、変わらず『だからどうした』と割り切っていた俺は無関心だった。
それがいきなり恋人だという人を連れて来たものだから仰天である。両親が家にいれば、春日家を挙げての大騒ぎになっていただろう。
……と、そんな平和なイベントが、その後に続いてくれたら良かったのだが。
正直なところ、兄になにが起こっていたのか、俺は両親から詳しい事情を聞かされていない。しかしまあ、結果としてなにもかも碌でもないことになった。
初めは、毎日の帰りが遅くなる程度。それからたまに帰らない日ができるようになり、帰って来たとしても両親と言い争っている姿を見るようになった。
俺だけではなく、父さんとも母さんとも極めて良好な仲を築いていた兄のこと。見たこともない剣幕で怒鳴っている姿を見て、あれは誰だと放心したものだ。
そして最終的に、春日叶は高校卒業と同時に家を出た。
独り立ち、と言う意味ではない――事実上の『失踪』である。同時期にもう一人、他校の生徒が姿を消したらしいが……まあ、そういうことなのだろう。
そこから先は既定路線、警察に届けを出したりなど大騒ぎ。地域の有名人が失踪したなどと、当然のように話は際限なく膨れ上がっていき――
好奇の目に晒されまくった住処を移ることが決定し、
俺は生まれて初めての転校を余儀なくされ、
父は紆余曲折あって会社を辞め再就職に励む羽目となり、
母は身体をぶっ壊して病院送りに。
物の見事に、春日家は叶の『恋愛』を発端に崩壊した訳だ。重ねてなにがあったのかは知らされていないが、そうなるレベルの〝なにか〟があったのだろう。
この時代に、身分違いの恋でもしたのかね?――つくづく、規格外な奴である。
そして、本当の本当に最期。
おおよそ四年と少し前、兄が失踪してから二年後のこと。
どことも知れぬ病院で、春日叶と思しき者が亡くなったとの報が届く。
それで全部、おしまいだった。