表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
435/978

越境

 大切な相棒の姉代わりであり母代わりであるとか、あれこれ助言と共に協力をしてくれたとか、諸々の赦しをいただけたこととか――


 全部を踏まえた上で言わせてもらう。あのメイドいい加減にしろ。


 仮想世界むこうでソラに逃げられてしまうことは想定内だったし、その場合は四谷の御屋敷で〝場〟を設けてもらうことはあらかじめ予定されていた。


 またも千歳さんにご協力願い、ここまで送迎してもらったのも手筈通り――しかしながら、あんな風に突撃・・を仕掛けるなんてのは冗談抜きで計画外。


 あまつさえ……。


「「………………………………」」


 ()()()()()()()、こうして二人で取り残されるなんて想定外も甚だしい。


 正気? ねえあのメイド正気なの? 真向から『好きじゃない』とか言っといて、男を最愛のお嬢様の自室に放り込んで即撤退かますとかなに考えてんだよ。


 いやむしろ、好かれていないからこそ……むしろぶっちゃけ嫌われているまであるのかもしれない。ゆえに、これは俺を貶めるためのメイドの策略である可能性が無きにしも非ず――


「…………………………二度目、ですね」


「っ……あ、なに?」


 申し訳ないが、こちとら覚悟は別の案件に丸ごと占有されている。突発的なイレギュラーを冷静に対処する程の余裕なんてありゃしないのだ。


 …………けれども、落ち着け。()()()()


「……ごめん、二度目って?」


 基本的に、ソラと夏目さんの二人が住んでいる形だからだろう。四條のそれと比べれば小さめなれど、『お屋敷』と呼ぶに相応しい四谷邸。


 その邸宅にすら初めて足を運んだのだから当然だが、ソラさんの部屋もまた初見。無遠慮に見回すわけにもいかないのでパッと見、全体的に物が少ない。


 広さに関しても、同じお嬢様である楓の部屋と比べるべくもない『普通の部屋』程度。置かれているのは机と、ベッドと、そして【Arcadiaアルカディア】の筐体くらいだ。


「現実世界で会うのが、です」


 そんな部屋のド真ん中。貸し与えられたクッションに腰を下ろしながら問えば、身を守るようにベッドの端で固まっているソラが答えを返す。


 件のメイドとは違い、しっかり警戒心を持ち合わせているようで誠に結構だ。


「そ、っか……結局、あれからこっちでは会ってなかったっけ」


 初めて彼女と――四谷そらと顔を合わせた日。四柱戦争を終えて、あらゆる意味で俺が現実に吞み込まれていた一ヶ月前。


 一ヶ月、まだそれしか経ってないのか。そんなことを思い意味もなく笑みを零せば、俺をジッと見据える空色の瞳が僅かに眇められた。


 怒っている、()()()()()()()()()()


「なにしに、来たんですか」


 そしてまた、漏れ出しそうになった笑みを呑み込む。細められた眦、硬い声音、強い言葉選び……本当に、この子はずっと変わらない。


 いつまで経っても――怒るのが、下手なままだ。


「ソラに会いに来た」


「…………少し、一人になりますって言いました」


 その言葉をもって、彼女は俺に『一人にしてください』とも言ったのだろう。もちろん、読み取っているとも。


 でも、


()()()()


 答えは既に決まっている。より正確には、それは回答ではなく――


「ソラが言ったんだぞ」


「……な、なにを言っているのか」


「『ずっと私のパートナーでいてください』ってさ」


 交わされた約束に基づいて、俺が全うするべき使命でもある。


「これまた散々、ソラが言ってたことだ。パートナーってのは隣に並んで、支え合うものってな。俺、忘れてないぞ」


 それは、二つの意味で。


 彼女が言葉にしていた『相棒』という存在への理想も。そして彼女が自らの言葉を全うするように、何度も何度も俺の心を支えてくれていたことを。


「だから、支え合わなきゃな。今度は俺の番ってだけだよ、()()()()?」


「…………、……なに、言ってるのか、わかりません」


「まあ、そうだよな」


 俺たちは、互いの心が見えている――()()()()()()()()()


 なぜなら俺たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺は【四谷そら】のことを知らないし、ソラは【春日希】のことを知らないまま。


 それなのに、あの世界で通じ合ってしまった。パートナーであるにしても行き過ぎだと、周囲から呆れられてしまう程までに、深く。


 だから、歪んだ。


 相手のことを何一つ知らないのに、相手のことが誰よりもわかる。その上、言葉を交わさずとも互いが〝なにか〟を抱えていることさえ察して、相手の求める姿で在り続けていた――異常も異常、まともではない。


 だから、擦れ違った。



 だから、もう俺は臆さないし躊躇わない。



()()()()()()()()()



「――――……待、って」



 それは、お互いに不可侵を守り続けていた〝なにか〟の片割れ。



「ソラの抱えているものだって……詳しい事情は知らないけど、まあ()()()()()



「ダメです、やめてくださいっ……」



 それは、相手を守るつもりで引いていた〝線〟の越境。



 重ねて――俺はもう、躊躇わない。



「――失うことが怖くて堪らない。もっと言えば、()()()()()()()()()()


「――――――っ‼」


 勢いよく立ち上がったソラが、真直ぐに俺へ歩み寄ると手を振り上げた。


 その平手がどこへ向かおうとも、文句を言うつもりは更々ない。けれども俺が目を逸らさず、避けようともしなかったのはそれが理由ではなく。


「っ……、…………っ……!」


 涙も流さぬまま泣き顔を見せる彼女が、力なく崩れ落ちるのがわかっていたから。初めから行き場などなかったその小さな手が、


「……なん、で」


 縋り付くように俺を求めることが、わかっていたから。


 そう――


「……わかってた、だろ? 仮想世界むこうでも、現実世界こっちでも」


 《以心伝心スキル》なんて、端から俺たちには必要がなかった。俺もソラも、互いのことなんて一つも語り合ったことなどないというのに、


「俺が今なに考えてるか、全部わかるだろ」


「…………」


 俺たちの不可思議ファンタジーな通心は、一方通行ではない。だからこそ、俺たちは互いを知り合う必要があった。


 知らずとも通じ合えるだなんて、()()()()()()をするのではなく。


「…………全部なんて、わかりません」


「それはまあ。でも俺は、今ソラがしてほしいことなら大体わかって――ちょちょちょ待っ、急に暴れなさんな! しない、しないから!」


 少なくとも今はまだ、小さな身体を胸で受け止めるくらいが精一杯だ。


 ……そこから先を、もし彼女が望むなら。


「ソラ」


 返事はなくとも、意志は伝わる。


「そっちのことは、無理に話せとは言わない。だけど、もう俺のことは全部ぶっちゃけるから聞いてほしい」


「……ハルだって」


「俺は無理するわけじゃない。聞いてほしいから話す――俺のこと、知ってもらいたいから話すよ。まあ……楽しい話じゃ、ないんだけどさ」


 だから、本当に今更ながら――


「聞いてくれるかな」


「……、…………………………はい」


 先伸ばし続けた、春日希おれの自己紹介をするとしよう。


「俺さ、兄弟がいたんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんだろう、スケットダンスのスイッチが思い浮かんだ ソラさんも弟がいたみたいだし、このペアは本当に……
[良い点] 斎さんがハルどころかソラにも逃げるのを許さなかった所 強引ではあるけど、正直ナイスだよね [気になる点] ・互いのことを理解したまま、互いに適切な距離を取り続ける →恋愛感情に蓋したまま…
[一言] メタ的に考えれば恋愛が発端で希の兄弟が「振り向かないなら」って殺された。だから恋愛に対して忌避感を覚えるようになったが王道だけど、でもなんだかそれだけじゃない気がする。 仮に上記の予想通り…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ