あの日から
協力者からのリークを得てクランルームで待ち構えていれば、揃って拠点登録を済ませているパートナーはすぐに現れた。
いつも通りを装って適当にソファへ身を投げ出していた俺と、青い光と共にログインしてきた少女とパチリと目が合って――全部、呑み込む。
「や。こんばんは……には、ちょっと早いかな」
「……。こんにちは、というのも遅いですかね」
改めて見れば一目瞭然な彼女の表情も。一目瞭然だったはずの変化を見て見ぬフリし続けていた、己の愚かさも、全部。
今はそんなの、どうでもいい。
「…………あ、の……突然なんですが、スキルが」
「あぁ、そのことね」
おそらくは、ログインと同時にシステム通知が届いたのだろう。ただただ驚いたような顔を見せる少女を安心させるように、訳知り顔で笑んでおいた。
十中八九、消失した《以心伝心》のことだ。あのスキルはどうも特殊な扱いというか存在らしく、例の謎隠しステータスこと『親愛度』が一定値を下回ると消失する……という物騒な仕様があるため、動揺するのも無理はない。
でも、心配はいらんよ。
あのスキルがどうして消えたのかは、きちんと俺が理解しているから。
「それについては追々説明するとして……ちょっと付き合ってほしいことがあるんだけど、少しお時間いただけるかな?」
いつものように、これまでのように、気軽な声音で誘いをかける。彼女の内心がどうあれ、胸の内に今なにを抱えていたとしても――
「はい、大丈夫です」
ソラはただ、綺麗に微笑んで頷くとわかっていた。
◇◆◇◆◇
「…………………………それで、えと……ここはどこですか?」
「さぁ……?」
「さぁって……!?」
場所を移し、やって来たのは【隔世の神創庭園】の何処とも知れぬだだっ広い平原。静かな場所を求めて突っ走ってきたので当然だが、周囲にはエネミーの影もなく穏やかな風の音だけが響いていた。
プレイヤーも……まあ、ばったり遭遇するのはそれなりに低確率のはずだ。
いろいろと思う所を仕舞い込んでソラを抱え、全力《空翔》でぶっ飛ばしてきたからな。如何に人口が七桁を超えていると言えど、メインフィールドの馬鹿面積を考えれば街中でもない限り密度はたかが知れている。
最悪、誰か来ても丁重にお引き取り願えばいい――大事な話の最中だ、と。
「ちょっと付き合ってほしいこと、だよ。元々どっかへ行こうって訳じゃない」
「はぁ……いえ、いいですけど」
「ありがとう――んじゃ、ほい」
ハテナを浮かべつつも納得してくれたソラに礼を言い……インベントリから取り出したるは、二振りの無骨な鉄の塊。
「……? あの、それは」
「今となっては、懐かしいだろ?」
一振りを右手に、そしてもう一振りの柄を彼女へと差し出したのは――懐かしいとは言っても、つい三ヶ月ほど前までは世話になっていた代物だ。
その名も【鉄の直剣】、お値段きっかり千ルーナなり。
意図がわからないのだろう、困惑を露わに首を傾げるパートナー殿。ただ申し訳ないが、別に意図なんてものはありゃしない。
本当に、俺がやりたくなったから付き合ってほしいってだけなんだよ。
「勝手に発動する系のやつ以外は、スキル無し。魔法も無し。武器はこれ一本だけで、防具類含め装備の特殊効果も一切無しでいこう」
「あの、待っ、ハル?」
「続きだよ」
そう、たった数ヶ月前だというのに、今はもう懐かしい――
「〝あの日〟の続きだ。改めて生徒の成長を、見たくなってね」
「…………」
まだ俺たちがお互いだけを見ていた、あの頃。
俺が格好付けて、ソラに剣の手解きをしたあの頃。
二人ともが、ただただ夢中になって楽しんでいた、あの頃。
「………………――で」
「うん」
戸惑っているのが、わかる。
困っているのが、わかる。
なにを思っているのかが、わかる。
「……本気、で」
「うん」
そして、その複雑な笑みの向こうに、なにを抱えているのかも。
わからないけど、全部わかる気がしてしまうんだ。
「本気でいきますから、負けても悔しがらないで下さいね?」
「言うようになったじゃん、大歓迎だよ」
触れ合うような距離、手を伸ばせば届くような距離。
決して、剣を振るい合うのに適切とは言えない距離――しかしながら、向かい合った俺たちは、一瞬の隙間すらなく同時に、
「「ッ――――――――‼」」
それぞれに握り締めた鉄剣を駆り、一切の容赦なく互いへと叩き付ける。
火花が散り、鉄が鳴き、あの頃とは比較にならないほどの〝力〟が弾けて――物寂しい平原に、高らかな『言葉』が響き渡った。