表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
431/979

君のもとへ

 夏目さんとの〝お話〟を終えてから、しばらく後。再び千歳さんの世話になり部屋へと戻ってきた俺は、リビングのソファに腰を下ろしてぼんやりしていた。


 カチ、カチ――と、それっぽい音を鳴らすことなく。静かに滑らかに回る壁掛け時計の秒針を眺めながら、繰り返し場面を描いては演じる自分を評し続ける。


 何度シミュレートしても、何度あれこれ言葉を変え再生しなおしても、スマートに片が付く未来が見えなくて真実お手上げ状態だ。


 ままならない……というのは、正しくないだろう。元来、これこそが本来の俺なのだから。いくら外面を取り繕おうとも、根っこの部分は変わりゃしない。


 それでもきっと、決して『変われない』ということはないはず。


 足掻けば足掻いた分、前でも横でも後でも――無様にバタつかせた足が、どこかへ着地さえしてしまえば、ほんの少しくらい。


 見える景色は、変わるはずだから。


 ――――『三十分後』


 震動したスマホに表示された端的なメッセージを見て、重たいはずの……しかし同時に、すっかりと軽くなった気さえする腰を持ち上げる。


 リビングを出て、廊下を抜けて、寝室に入れば、出迎えたのは二つの寝台。


 並んでいるそれらの内、機械仕掛けの箱舟へと歩み寄る。そうすれば『起動を主に伝える』ただそれだけのために存在しているのではと思う、あってないような極々微かな作動音が響き始めた。


 もはや心身共に慣れ切ったVR筐体に身体を横たえ、閉じられた天蓋に輝く文字の羅列が浮かび上がる様を見送って。


 ――――Ready――――


 ――――Stand by――――


「ドライブ・オン」


 口に馴染んだ起動鍵を、静かに呟いた。



 ◇◆◇◆◇



 学校から帰り、夕食の支度に取り掛かるまでの僅かな時間。


 一度ログアウトを挟むことになる手間を惜しまず、当たり前のように【Arcadiaアルカディア】へ飛び込むのは――ひとえに、会いたい人がいたから。


 その人の顔を見ている間、その人の隣に並んでいる間、他の誰でもない〝自分自身〟でいることが()()()()()から。


 過去形になってしまったのは、いつからだろう。


 振り返っても目を逸らしたくなる『自分』でもなく、何者でもない『自分』ですらなく……自らの手で感情を抑え付けて、息ができなくなってしまうほど雁字搦めの『自分』を作り出してしまったのは、いつからだろう。


 仮想世界から足が遠ざかっているというわけではないし、それは許されない。


 あの世界へ身を投じた理由は、まだ一つとして掴めていないから。掴むどころか、欠片や残滓は指先を掠めすらしてくれないから。


 行先もわからず、迷子だったのは初めから。


 だからこそ、あの日に出会った眩しい〝無垢〟に縋った。


 道標として、寄る辺として、居場所を照らしてくれる篝火として――頼り依存していれば、()()()()()()など時間の問題だったのに。


 目が逸らせなかった、ずっと。


 輝きに釘付けだった、いつも。


 どうしようもなく、不思議なくらい、怖くなってしまうほどに、なんの抵抗も躊躇いもなくお互いに手を伸ばしてしまった。


 だから、足を止めた。竦んで、動かなくなったのだ。


 『彼』は私と同じだ――だから、違う。


 次から次へ溢れ出るような未知と驚きと戸惑い……そして、おそらくは忌避。それらと相対して、しかし彼は足を止めなかった。


 誰がなんと言おうと、たとえ彼自身がなんと思っていようと、私だけはその〝歩み〟を見ていた。見落とすことなどなく、確かに瞳に映していた。


 彼は、絶対に停止しない。迷っても、蛇行しても、時に後退しようとも、動き続けることだけは決して止めようとしない。


 弱音を吐いても、落ち込んだ顔をしていても、自己嫌悪に耐えかねて天を仰いでいたとしても、ずっと心の中で『どうするべきか』を模索している。


 すぐには変われずとも、変わる努力を諦めない。


 誰かに一歩踏み込むこと……誰かを一歩踏み込ませることを厭う私たちは〝同じ〟なのに、彼と私は決定的にそこが〝違う〟のだ。


 離れたくないのに、離れたい。


 触れたいのに、触れられない。


 声を聞きたくないのに、名前を呼んでほしい。


 笑顔が見たいのに、誰かへ向けられた笑顔が見たくない。


「…………どうすればいいのかな」


 そんなこと、わかっている。


 どうするべきかなど、最初から、全部わかっている。ただただ儘ならないのは、身動きが取れないのは、自分自身を自分勝手に押し隠しているのは――


「……ドライブ・オン」


 悲しくなるほど臆病な、救いようのない四谷そらわたしの自己欺瞞だ。






綴ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 私の本命キター
[気になる点] > 名前を読んでほしい。 「呼んで」かな。 互いに隣の芝は青く見えるというか、優雅なフリして必死にバタ足してる白鳥というか。 本人的は別に青いつもりも優雅なつもりもない、ただ取り繕…
[良い点] ソラかわ! [一言] 次…次話を…はよ……(そわそわ) 雨降って地固まる的な感じでより強固な関係になるといいな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ