路を敷いて
――――翌朝。
「…………………………………………………………突然だね?」
「それは重々承知」
基本的に早くから起きていることは知っていたものの、アポなしで他人を訪ねるには少々失礼に当たるかもしれない朝七時過ぎ。
階違いの部屋を訪れた俺を、四谷代表補佐はそれでも快く迎えてくれたが……彼にしてみれば一切の前触れなくメチャクチャを宣い始めた小僧相手に、流石の千歳さんも困惑寄りの困り顔を見せていた。
「ふーむ……俺としては別に構わないし、四谷としても特に問題ではないと思うけど……本当に、突然だね。なにかあったかい?」
「まあ、なんというか……」
流石に、誰彼構わず打ち明けられる類の問題ではない。千歳さんは四谷関係者ではあるが、俺の相棒にとって〝身内〟と呼べる程の存在なのかどうか……その辺までは、まだまだ掴めていないゆえに。
「いや、そうだね。詳しく話す必要はない――それじゃ、向こうへ君の連絡先を渡す形でも大丈夫かな? 一応、女性相手だからね」
「問題ないっす。そしたら、よろしくお願いします」
「あぁ、確かに承ったよ」
ということで、思いの他サックリと事が運んで一安心。
いや安心するには早過ぎるというか、まだなにも始まっちゃいないわけだが……とにもかくにも、ファーストステップはこれにて完了だ。
そしたらば――
「んでは」
「うん。頑張りたまえ大学生」
次なる予定に挑めるタイミングが来るまで、大人しく学業に励むとしようかね。ここ最近、ガチで講義が呪文詠唱にしか聞こえねんだわ。
◇◆◇◆◇
「…………………………………………………………ちょっとそこな俊樹君」
「あ? なんだ、どしたい」
「今しがた教授殿が唱えてた超長文詠唱、あれ皆ちゃんと理解できてる感じなの? わかったフリして涼しい顔してる訳ではなく」
「そりゃまあ、大体は…………お前は、だから、なんで理解できてねえのにノート取るのだけはアホみたいに上手いんだよ。それもう特殊能力だろ」
マジかよくっそ……もうコレ本格的に付いていけてねえな俺……!
「にひひ、近いうち本当に勉強会ひらこっか?」
「ガチでお願いした方が良さそうかなぁ……」
逆隣りから楽しげな翔子の声が飛んでくるが、普通に笑いごとではないレベルになりつつある。早くも『普通の大学生活』が破綻寸前――いや、もうある意味どうしようもないくらい『普通』からは外れているのだけどもさ。
「本気でやるならスケジュール立てようぜ。俺はいつでも……つっても、流石にイベントが終わってからのがいいか?」
「だな。わりと予定がギッチギチだ」
この後すぐも、向かう場所は決まってるしな――ということで、
「んじゃ、俺はこれにて。あ、と……なんか必要なことあるか?」
我ながら謎の身振り手振りで用事の有無云々を問えば、幼馴染ペアは一瞬顔を見合わせ「特にないな」「とくになーし」と同じ言葉をバラバラに放り出す。
息が合っているんだかいないんだか、この二人も二人で謎な関係である。
――――そうして、いつも通りの様子でいつもとは違う様子だった友人が、慌ただしく去っていくのを見送った二人は、
「アイツ、なんか良いことでもあったのか?」
「爽やかさが微増してた気がしないでもない?」
ほんの少しだけ……これまでよりも力の抜けた空気を感じ取ってか、揃って『なんだあれ』と首を傾げていた。
◇◆◇◆◇
「おっと」
「ん」
半日講義を終えて帰宅し、部屋へと向かう道すがら。ばったり出くわしたアーシェと互いに足を止めて三秒お見合い。
いつもの如く向こうが先に口を開く――その前に、
「ちょうどよかった」
今回は、俺の方から明確に〝用〟がある。そのため躊躇わずに機先を制すれば、仮想世界と違い黒色のお姫様はパチパチと瞬き。
さて、彼女にとっても唐突な話だろうが伝えておかなくてはならない。
これから俺が、なにをするつもりなのかを。そうすることで、なにが変わるかもしれないのかを――いろいろと、誤解なきよう話すのは骨だろうが。
「ちょっと、時間もらえるか?」
「……? うん、大丈夫」
これも、またひとつ。俺がすべきことである。
◇◆◇◆◇
「――ということで、本引越しおめでとう」
『なにしにえきたのなんあのビックリするじゃんやめてよ』
アーシェとの〝お話〟を経て、次なるターゲットは【Arcadia】の機体運び込みも完了し本格的に越してきたリリアニア・ヴルーベリ嬢。
普通にインターホンを押して訪ねて来ただけなのだが、なぜ怯えられているのだろうか。諸々勢いが付き過ぎていたか?
仕方ないだろ。天井知らずで物分かりが良過ぎるお姫様との対談が爆速で終わっちまったもんだから、戸惑いと拍子抜けでテンションがやや迷子なんだ。
ともあれ、俺が思うにこっちは流石に簡単な話では終わらない……いやもう本当に、無敵のアーシェ様が規格外なだけなんだけどさ。
まあ、そうだな。
落ち着こう。間違えるつもりはないが、ノリでしていい類の話ではない。
「突然で悪いんだけど、少しだけ時間をもらいたい」
「……?」
初っ端のテンション事故は無かったことにするとして、真面目な顔でそう言えばニアは『本当に突然なんなの』といった風に首を傾げる。
そりゃまあ当然。
でもごめん。もう決めたから、するべきことを曲げる気はない。
「話があるんだ――――本気で、大事な話が」
一足先に、アーシェへ向けたのと同じ文言。表情も声音もほぼ同様だったと思うが……やはりというか、あっちとこっちではリアクションが異なり、
『はいストップお口チャックしてくださーいステイステイ!』
急なマジトーンに慄いた様子で、ニアが高速でスマホにしたためた言葉をブンブン振って俺を押し止める。読ませる気あるか? 読めたけどさ。
『ちょっと待とうね』
『ね』
『怖いから』
『いきなり真面目な顔して大事な話とか怖いから』
『え』
『ちなみに』
『本当にちなみにまさかもしやだけど』
『こ』
『こ』
『こくは』
「本当に申し訳ないけどそういうアレじゃない。落ち着いてくれ」
動体視力クイズばりに連打された言葉を読み解きながら、荒ぶるニアをどうにかこうにか宥めすかす。口にした通り心の底から申し訳ないという感情は持っているのだが、それはそれとして落ち着いてほしい。
わりと真面目に、真剣かつ冗談抜きの〝決意表明〟を告げるつもりだから。
『……じゃあ、もうひとつちなみに』
「うん」
『昨日のこと、やっぱ無しって話なら、泣きますけど』
「そんな袋叩きにされても文句言えないド畜生ムーブはしません」
世界中の【藍玉の妖精】フォロワーから『地獄に落ちろ』と言われても仕方ない類の悪行だろそれは。いや現在進行形で言われてないとも限らないけど。
「………………」
泣く羽目になるという可能性にキッパリ『NO』と伝えれば、未だ困惑の色濃いニアの顔にほんの少し安堵が混ざり――
『なら、わかった、聞く』
コクリと小さく頷いて、彼女は「どうぞ」と言うように部屋の中を示した。
躊躇いなく部屋に上げようとしているニアにツッコミを入れるべきか、もう散々アトリエには転がり込んだりしてるしな……と今更感を覚えてしまった俺の認識をどつき回すべきか。
両方かな。まあ、とりあえず今日のところは――
「お邪魔します」
用件が用件ゆえに、真面目な話補正込みの特別措置ということで。
◇◆◇◆◇
――――そして、二時間後。
「……………………………………………………」
「はは、お疲れだね」
話がこじれた訳ではないが、あれやこれやと胸の内をぶちまけるのに思った以上の時間が掛かってしまった。
やっぱあのアリシア・ホワイトとかいうお姫様いろいろおかしいよ。
そうだよな? 普通はアレぐらい掛かるはずだよな? 聞き上手とかいう次元じゃないだろ多方面にスペック伸ばし過ぎなんだってマジで。
ともあれ、最終的にはニアも納得……というか、納得もなにも『最初からそのつもりだった』とか言われてしまったのだが。ここでも俺の一人相撲だったわけだ。
無様が過ぎて、逆に愉快というか笑えてくるね、本当に。
そうして一日を通して自ら設定したタスクに追われている俺は現在、肉体精神ともに疲労が募り始め車中で半ダウン中。
運転席からルームミラー越しに様子を窺ってきた千歳さんに、お疲れ様と半笑いで労われる始末である。
普段ならじゃれ合いついでに軽口の応酬にでも興じるところだが、今回は取り次ぎだけに留まらず送迎の世話にまでなってしまったので大人しくしておこう。
後に備えて、気力を蓄えておいた方が身のため……というのもあるが。
「ときに、春日君」
軽い口調のままではあるが、揶揄いの気が抜けた言葉を差し向けられて視線を返す。鏡面に映った運転手は既にこちらを見ていなかったが、その穏やかな表情に含まれる真剣味を見落としたりはしない。
「朝も言った通り、詳しく話す必要はないけど――君が〝なにか〟をしようとしているのは、そらちゃんのことなんだよね」
「……流石に、そこはバレますか」
「それはね。でなければ、いきなり『彼女』と連絡が取りたいなんて言わないだろう。まさか口説くつもりでもあるまいし」
「そりゃまさかっすね。いやマジで」
冗談キツいぜ。既に許容上限オーバーも甚だしいってのに。
「だからまあ、ひとつ忠告をしておこうと思ってね」
「…………ありがたく、お聞きしましょう」
いつも穏やかなようで真面目なようで愉快なようで真剣なようでお茶らけているようで……まあとにかく、地味に掴み所がない代表補佐殿ではあるが。
本気で俺の身を案じてくれるときの声音は、大体いつも同じものだ。
「そらちゃんについて、なにか本気で話をするつもりなら――彼女を〝メイド〟だと思ってはいけないよ、絶対に」
なればこそ、その忠告は深々と、
「あの父親以上に、妹や娘を溺愛している姉か母だと思って……くれぐれも丁重に、失礼のないよう、慎重を期して臨むことだ」
深々と、自ら刻むまでもなく胸の奥に突き刺さり――
「………………まあ、なんというか」
しかしながら、今の俺にとっては。
「それこそ、望むとこではあるんで」
「…………そう、なるほどね」
そんな相手と言葉を交わすことこそ、必要なことであるからして。
――――ただ、それはそれとして。
「…………………………一応、これだけはマジで気を付けとけって地雷的なのとかあったりなんかする場合は、お、教えていただけるとありがたく……」
「――っく、はは……! 君のそういうところ、結構好きだよ」
決してビビっていないわけでは、ないのである。
決めたら直進、原点回帰。