上映
「――――そう、わかった」
少々用事があって実家へ顔を出していたため、顔を合わせるのは二日ぶりとなったディナータイム。なにやら神妙な面持ちで〝話〟を終えた青年へ端的に『了解』を示せば、伝わってくるのは戸惑いの気配。
なにを思っているのか、実にわかりやすくて笑みが零れてしまう。
「嫉妬する……と、思った?」
「あー……もしかしたら文句を言われるかも、くらいは考えてた」
これまでの付き合いで稀に拗ねるような素振りは見せているし、そういった考えを抱かれるのは特に不思議なことではない。
数日間に渡って開催されるアルカディア初の公式イベント。正直に言えば、彼と共に参加する相手を羨ましく思わない訳ではないが――
「ニアなら、いい。しっかりとエスコートしてあげて」
そう口にした言葉に、偽りはなく。
あまりにも当然のように許容した自分へ向けられる、意外そうな視線を受け止めながら。いつものように一足先に食事を終えたアイリスは努めて微笑んだ。
それも別に無理をしているからではなく、まだまだ意識しての笑顔が固いことを自覚しているから……というだけである。
「彼女は『職人』だから。こういう機会でもなければ、あなたと仮想世界で長い時間を過ごすことはないでしょう。優先してあげるべき」
「それは……まあ、そうだな」
「『暫くはのんびりしたい』と言っていたから、元々どちらかが適任だと思ってた。ソラがルクスに誘われているのも見ていたし、彼女が受けるようならニアになる可能性が高いとも」
【旅人】がハルとソラの二人を気に入ったのは知っていたし、突拍子のない行動力を見せるのもいつも通りのこと。
大体の流れが、なるべくしてなったと言える形だろう。
重ねて、羨ましいとは思う。けれども、ありのまま嫉妬を向けるべきではない。そんなことを言い出したら、先んじてアレコレと特攻を仕掛けた自分こそニアから嫉妬の嵐を向けられるべきである。
ゆえに今回は、彼女の番。それでいい――けれど、
「もしそのことで、あなたが罪悪感を抱いてしまうなら」
「あ、ハイ……なら?」
自分に遠慮はしなくていいと、重ねてニアに言い聞かせたように。裏を返せば、それはつまりアイリス自身も……。
「埋め合わせは、いくらでもしてくれていい」
「…………りょ、了解」
『正々堂々』と両立する範疇で、遠慮などするつもりはないということである。
◇◆◇◆◇
二日ぶりにアーシェと顔を合わせた夕食を経て。予想外にすんなりと〝報告〟が済んだこともあり、心には多少なり余裕ができた。
とはいえ、考えるべきことがなくなったわけではない。むしろここ数日で浮上した諸々の違和感こそ、俺の心情的に解決が急務な案件である。
報告と『埋め合わせ』の約束により、ひとまずそれ以外の懸念を処理した後……改めて思考を巡らせるべく、再びのドライブ・オン。
――――そして、数時間後。
「…………………………え、なにしてんの?」
つい最近クランルームの共有スペースに導入された大きなソファに沈む俺を見て、ログインしてきたテトラが開口一番に疑問を問う。
ピクリとも動かず仰向けになって虚空を見つめている知り合いを見れば、まあ誰でもそんな風になるだろうといったリアクション。
で、対する俺はといえば――
「んおー……」
ずっっっっっっっっっっと思い出し続けて、実に数刻。
思い出と呼ぶには明瞭が過ぎる己が『記憶』の映像に溺れていたため、言い表しがたい感覚の沼底から薄い反応を返すのが精一杯。
夢現とはまさにこのこと、といった感じ。
「なんなのさ、具合でも悪いの」
なんだコイツぐらいの目を向けてさっさと行ってしまうかと思いきや、こういうタイミングでは気遣い屋のギャップを醸していく先輩殿である。
面倒臭そうな顔をしつつも、ソファの背もたれ越しにテトラがこちらを覗き込んで来る。そんな黒尽くめの少年に、俺は視線で『問題ない』と伝えようとして――
「…………なに、虚ろな目でジッと見られても怖いんだけど」
流石にそれで通じるほどの以心伝心は、まだ形成されていなかった模様。
「あー……平気だ、大丈夫。ちょっと二、三日ぶっ続けで倍速再生映画を見てたくらいの疲労感&現実感の喪失現象に襲われてるだけで……」
「それ『だけ』って言える? なにしてんのさ本当に」
呆れられてしまうも、必要なことだったのだから仕方ない。
――そう、必要なことだったんだ。
おかげで、いろいろなことに気付けたと思うから。
誰かと言葉を交わすことで、徐々に浮上してきた意識と一緒にゆっくりと身体を起こす。まだ自室がすっからかんなので此処にいただけだが、結果的にテトラが目覚ましになってくれたから都合が良かった。
でなければ、いつまで『記憶』に溺れていたかわからない。
「……え、その状態で今からどっか行くの」
立ち上がり、兎短刀やらブーツやらを喚び出して装備を整え始めた俺を見た少年から、飛んでくるのは当然っちゃ当然のツッコミ。
まあ、なんだ――
「…………ちょっと、頭を冷やしてくるわ。北に遠出するから、またなにか必要なものがあれば収集依頼は受け付けるぞ」
目覚ましの礼、などと言っても首を傾げられるだけだろう。あくまでついでの体で要るか要らないかを問えば、その辺は遠慮しないテトラである。
怪訝そうな顔をしながらもカタカタとシステムキーボードを叩くと、相も変わらず容赦なしにズラリと素材名を記したメッセージが送られてきた。
……半分くらいは頑張ってみるとしよう。
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
半笑いでリストを眺めながら、適当に手を振りつつ踵を返せば――
「――――先輩」
呼び止められて振り返ると、黒い双眸と視線が合う。
「大丈夫なの」
そうして寄越されたのは、おそらく『心配』とはまた違う『確認』の言葉。
傍から見れば、突然なにやら様子がおかしいだろうというのは自覚している。ゆえに、自覚した上で、俺は笑みを浮かべると、
「あぁ、大丈夫」
我ながら、吹っ切れたように。
ただ本心を言い放って、クランルームを後にした。
するべきだったこと、視るべきだったもの。