約束
「――え、じゃあなに。今のところ相手いない感じなの?」
「まあ、そうな」
例によって、新たな衣装へ袖を通した後の細部調整中。
話の種は自然と間近に迫ったイベントへとフォーカスされ、その流れで俺がパートナーにフラれたことを知ったニアは意外そうに目をパチクリさせていた。
「それじゃ、もう一人のクランメンバーさんとか」
「いやぁ、それがそっちも既に決まっているらしく……」
「あらー」
あっちをつつかれこっちをつつかれ、時にグイグイ引っ張られながら暇潰しの会話に興じるのも慣れたものだ。下手に動くと裁縫師様に叱られるので、されるがままに身を委ねるのが吉である。
「まあでも、キミなら相手くらいすぐ見つかるでしょ。有名人名簿みたいになってるフレンドリスト、片っ端からメッセージ送っちゃえば?」
「そう、だなぁ」
この件に関して、どうしても歯切れが悪くなってしまうのは……なぜかと考えるまでもないか。思いのほか、俺はシンプルに落ち込んでいるらしい。
よくないな。隣にいるのが当然だと、思い込んでいたということだから。
「なあに、その顔。どしたの」
「別にどうもしない。どうしようかなって顔だよ」
適当な誤魔化しであることはバレているだろうが、わかりやすい『触れてくれるな』アピールをガン無視するニアちゃんではない。
一瞬だけ俺の顔をジッと見つめた藍色の瞳は、すぐにふいっと逸らされた。
「はい、右手あーげて」
「あいよ」
それからしばらく、会話が途切れたまま静かに調整作業が続く。
……最近なんとなくわかってきたのだが、コイツが無言になる時は基本『なにかを言い淀んでいる』場合であることがほとんどだ。
ゆえに俺も見て見ぬフリをするか、はたまた言葉を促すか迷い――パチッとぶつかった視線に〝催促〟をされた気がして、口を開くことに決めた。
「んで、そっちはイベント参加するのか?」
「え、と……それは、まあ、うん。というか、ほとんどのプレイヤーは参加するんじゃないの? 戦闘職も非戦闘職も問わずーってコンセプトでしょ」
「概要的には間違いないな。むしろ、生産系のプレイヤーが参加してくれないと野宿オンリーで地獄の三泊四日になるだろうし」
参加者はイベントの舞台となる超大規模フィールドへランダム転移で飛ばされる――とはいえ、ある程度の集団が形成できるよう調整はされるとのこと。
つまり適当にグループ分けされたプレイヤー同士で合流し、連携を取れるような造りになっているものと推測される。
未知のフィールドへ放り出されてサバイバルを求められる以上、その中には『戦闘以外の能がある者』がいてくれなければ話にならないだろう。
イベント中の特別仕様で、現実のように食事や睡眠を取らないと行動不能になるらしいからな。アイテムの持ち込みにも制限が掛けられるので、まず間違いなく『必要なものは向こうでなんとかしろ』という仕組みのはずだ。
「うちも皆わーわー騒いでるよ。イベントフィールドに城とか建ててやろうぜーって、男性諸君が謎の大盛り上がり」
「なにそれ楽しそう」
三日ちょいでゼロから城とな……いやまあ、この世界の職人たちならできないこともないのか? 向こうがどんな環境かにもよるんだろうが。
――ともあれ、頷いたからにはニアも参加するのだろう。その上で現在ぼっちの俺へなにごとか言いたげとくれば……おおよそ、察しは付くというもの。
「…………」
言葉を呑み込もうとでもしているかのように、先程までよりも多少せかせかと動いている彼女の様子を眺めながら。
俺は静かに考えて、考えて――
「予約、してたよな。そういえばさ」
「ぇ、あ……な、なに?」
再び口を開けば、ニアは唐突な物言いに面食らったような反応を示した。
「レイドにケリが付いたら……って、あーだこーだ話したろ」
「そ、れは……はい」
結局詳しい日程は決めず仕舞いだったが、彼女と〝二度目〟を約束したのは確かな事実だ。そう、約束した――つまり俺は、既にオーケーを出している。
それならば、
「流石に異世界サバイバルじゃ、デート扱いにはならないか?」
「………………いいの?」
いいも悪いも、約束を果たすだけである。
「わかってると思うけど、向こうでなにがどうなるかは全く予想つかんぞ。紆余曲折を経て結局は大体別行動……的な流れにならないとも限らんだろうし」
「…………それでもできるだけ、その……一緒にいては、くれるでしょ?」
「それはまあ。戦闘要員として職人様のボディーガードくらいは」
「…………っ………………………………ちょ、…………っと、タイム」
ぎゅーっ……と、縮こまるようにしゃがみ込んだニアが頭を抱えて固まってしまう。どういった感情で突然アルマジロの真似を始めたのかは、その直前で目に映った表情から丸わかりだった。
そして丸わかりだったゆえに、俺も俺で居心地が悪い。
慣れないことをしている。相棒の代わりに誘いをかけている。約束を理由に正当化しようとしている――自分へ向けた罵り言葉は次から次へと湧いてくるが、うるせえ知ったことかと全て無理矢理に呑み込んだ。
腹を決めたつもりになってから、どれだけ経ったと思ってる。いい加減ただ流されるだけ、受け身になっているだけの状態は卒業しなければならんのだ。
「………………お姫様」
と、足元からくぐもった声。未だ小さく丸まったまま、両手で顔を捏ねているニアがぽそりぽそりと小さく言葉を紡ぐ。
「お姫様も、キミと組みたいんじゃないかなー……って」
「多分だけど、アイツはその気なら即日直球で突撃してくるはず」
わからんけど、俺の知る限りアリシア・ホワイトはそういうやつだ。それに――
「こっちから誘ったんだ。お叱りがあるようなら俺が受けるよ」
「えぇー……」
少なくとも、ニアが気に病むべきことではない。
「とりあえずアーシェには俺から伝えとくから、本当に気にしなくていい……というか、まだ返事も貰ってないわけだが」
「返事ってなに、断るはずないんですけど……! なんなのもう……‼」
「おいやめろ脛をつつくな。てか立ちなさいほら、いつまで蹲ってんだ」
言いつつ藍色団子を引っ張り上げれば、お目見えしたのは朱に染まったニヤけ面。顔がいいからギリセーフラインに留まっているレベルのゆる顔である。
すぐにでも恥ずかしがってそっぽを向くもの……かと思いきや、動揺やらなにやらで忙しなく揺れ動く瞳はジッと俺へ向けられたまま。
「あの……ほ、本当にいいの? 大丈夫? もしいつも通り冒険したいって感じなら、あたし間違いなく足手まといになるよ?」
「それならそれでこっちが合わせる。ちょうどしばらくは緩い感じで過ごそうと思ってたんだ、たまには非戦闘プレイでのんびり遊ぶのも悪くない」
「えぇ……ほんとのほんとに?」
どんだけ確認を取るのかと。こちとら、もう何度も言ってるだろうに。
「お前と適当な感じに過ごすの、嫌いじゃない。未開の地で一緒にわーわー騒ぎながらクラフトライフに興じるのは、素直に楽しそうだ……と、思います」
「………………………………………………そ、れじゃ……えっと」
なにがどうして、俺が窘め説得でもするかのような形になっているのだろう。苦笑いを抑えながら視線を返し続ければ、ニアは胸の内の混乱を鎮めるようにゆっくりと瞬きをして――
「よ、よろしく、お願いします……」
おっかなびっくり、深々と頭を下げる。
謎に最敬礼をかましたニアのつむじを眺めつつ、ここでまさかの視界スクショを敢行するか否か五秒ほど悩み――パシャリと激写。
案の定「なに撮ってんの」と怒り始めたニアに叱られながら……思惑通り空気の中和に成功した俺は、心穏やかに大人しく正座へと移行した。
転身体のまま何やってんだコイツ。