熱意≒金額
「――――っはぁーい!!! ニアちゃんてんさーい!!!!!」
そしてこの藍色娘である。
相棒とのやや気まずいやり取りを経て、現実時刻の夜七時手前。夕食の支度にとログアウトしていったソラを見送った後、約束済みの用事を済ませにアトリエへ顔を出せば……まあ、あれよあれよとこの始末。
元々は半ば以上覚悟も出来ていたのだが、パートナーにフラれて傷心気味な俺のメンタルは現状やや紙耐久寄り。
予想通りの仕上がりと相成った『衣装』を着せられ、憔悴した顔を鏡越しに見やれば自嘲ともつかない変な笑いが込み上げてきた。
叶うなら、今すぐ全世界の晒し者となり指を差して笑われたい気分だ。今の俺にはそれこそが唯一の救いと成り得るだろう。
そう、断じて――
「はーもうやっっっばい超可愛い! なあに仏頂面してんの可愛い!!!」
断じて、こんな手放しの称賛など求めちゃいない。
【白桜華織】――ニアが手掛けた俺の転身体専用衣装にして、ソラが着ている宝石布装備と同様にアクセサリーとの連携機能を備えた特別製の防具だ。
現状セットされているのも全く同じもので、回数制限付きの障壁展開機能。魔力チャージに関しては、こっちのステータスならば一切問題なしだろう。
使用にあたり完璧なタイミングでのジャストガードを要求されるのは若干難ありだが、基本的には紙耐久との相性が抜群な能力である。ゆえに、性能面に関してはなに一つ文句などありはしない。
文句があるのは……というか、泣き言を漏らさずにいられないのは、ひとえにその造りというかデザイン性が百パーセントなわけで――
「……なにモチーフだっけ?」
「軍服×和服だねぇっ!!!」
「そこだけ聞くと格好よくなりそうなもんなのになぁ……」
「なんでよ〝格好いい〟もあるでしょ!」
そうな、割合で言えば3:7ってところか――もちろん、可愛い成分が後者だ。
軍服モチーフらしく、合わせ部分の大ボタンが自己主張する詰襟上衣はカッチリした造り……かと思いきや、袖部分が謎の非対称仕様。右腕は長袖なのに左は短袖で、オマケに両肩部分がパックリ割れている。
ここまではまだいい。だがしかし下衣はアウト。確かに『スカートじゃなければなんでもいい』とは言ったが、マジでなんでもいいとは言っていない。
そこは心の内を正しく読み取り慮ってほしかった――脚全開のタイトなショートパンツは想定してないんだよ。これ本当に『服』と言える布面積か???
オマケに謎のこだわりが極まっている左片足タイツ&右太腿ベルトまで全てを完璧に装備しなければ、衣装の特殊能力が発動しないという心折設計。
袖のない左側を覆っている片側マント、それと同一素材の腰巻で若干ながら身体を隠せるため救いはあるものの……全体的に、極めて攻めたデザインであることに違いはないというか肌面積。
白が基調の本体部分と、黒地に華やかな桜模様が散りばめられた上下の飾布。まず間違いなく、そこらを歩くだけで死ぬほど人の目を集めることだろう。
なにより救いがないのが、そんな奇抜一歩手前の衣装を俺の転身体が見事に着こなしてしまったという点。つくづく『顔がいい』ってのは卑怯が過ぎる。
で、バチッとモデルに合わせてそれを創り上げたニアの技量とセンスよ。
圧倒的に完成したビジュアルを叩き付けられてしまい、文句が言えないことにこそ声を大にして文句を叫びたいレベル。
いや、カグラさんに頼んでいる装備が揃ってないし完璧に『完成』とは言えないのか。あの人もあの人でハイセンスだからな……より一層に後が怖い。
優美な桜模様の他、見ようによっては『袴』のようにも映る腰巻など。全体的に和服というか『和のテイスト』が感じられる造りは誠に雅で結構だが、それはさておき生地の質感がちょっと並大抵のソレじゃねえな?
なんというかこう、高級感が滲み出しているというか、コスプレっぽい造形なのに安っぽさが欠片も出ていないというか……。
………………俺、今回の依頼に関して素材調達に行ってないんだけどさぁ。
「あー……ニアちゃん?」
「んー?」
俺も数ヶ月この仮想世界に身を置いて、そこそこ物を見る目とやらが培われてきている。周りに『良いもの』を使っている方々が大勢いるもんだからな。
ゆえに、見れば大体わかってしまうのだ。
「これ、素材ヤバいやつ使ってない?」
その装備に使われているのが、どの程度の代物なのか――ということを。
「…………………………セーフエリアから西にずぅーっっっっっと行ったところに、滅多に姿を現さない超、超、超、珍しいエネミーがいるんだけどね」
「うん」
「【真白樹の大蛇】っていう、すっっっごく綺麗な白い桜の大樹に擬態する蛇型のエネミーなの。記録されている討伐件数……というか、遭遇件数は過去一件」
「このゲームそういうの多くない???」
「で、幸運にも遭遇して討伐出来たパーティが激戦の果てに戦利品を得た訳だけど、めっちゃ大型の敵だったからドロップした素材もめっちゃ多かったのさ」
「まあ、はい」
「なので当時、そのレア素材群で大々的なオークションが開催されまして」
「楽しそうだね」
「いやぁ、盛り上がってたよー。んで、売りに出されてた〝皮〟があまりにも綺麗だったので――あたし、一目惚れして買っちゃたんだよね」
…………………………。
ねえ、なんでそんなしみじみと語ったの? 聞かない訳にはいかないから聞くけど、なんか寒気がしてきたんだが?
MMOで超稀少素材でオークションって、それ絶対ダメなやつじゃん。
「…………………………聞こう、いくらだ?」
そのオークションとやらがいつ開催されたのか知らんが、口ぶりからして『大事にとっておいた秘蔵の素材』ってことだろ?
そんなもん、いざ使うとなればニアじゃなくとも併せる素材とて一切の妥協をしない『覚悟』を決める案件のはずだ。
つまり俺が袖を通したこの服には、ハルファスなんたらの素材だけでは飽き足らず他にもヤベーものが使われている可能性が高い。
ゆえに俺は『皮』単体の値段ではなく『服』トータルの値打ちを問うため、衣装を示すように胸元を叩き「いくらだ」と口にした――するとテンション高く周囲を跳ねていたニアがすんっと空気を変え、やや気まずそうに視線を逸らす。
なるほど、ちょっとやそっとの〝億〟では済まなそうだなコレ。
「よしわかった。先に宣言しておくが今回は絶対に払うからな? もし受け取らないようなら、この場に全財産ぶちまけて帰るから覚悟しろよ」
「んな、ぜんっ…………え、ちなみにキミの全財産ってどのくらいあるの」
「さてな」
わざわざ詳しく話すことでもないので、ニアは『億単位の支払いをポンと済ませられる』程度までしか俺の財布事情を知らないまま。
支払い能力がどの程度あるのか。正確に把握しているのは『角』の市場販売を担ってくれているカグラさんと、財布を共有しているソラだけだ。
ハッキリ言って、仮に彼女の口から『百億』とかいう頭の悪い値段が飛び出したとて一括で払うことも特に問題はなかったりする。
なので今、俺が慄いている原因は金額自体ではなく――
「………………こ、これくらい、ですかねぇ」
「……なるほど。二か二十か二百か、どれだ」
「ま、真ん中……」
多分、きっと、おそらく。またも『自分が好き勝手にやったから』とかなんとか言って、二十億を逆の意味で踏み倒そうとしたコイツの悪癖に対してである。
目を逸らしたままへにゃりとピースサインを掲げているニアへ、俺はハッキリ聞かせるように大きくわざとらしい溜息を吐き出しつつ――
「まあ……どんだけ暴走しようが『良いもの』を作ってもらった以上、文句は言わん。ほれお代、受け取れ、さもなくば大量のルーナがこの部屋を埋め尽くす」
「は、ハイ。毎度あり、です……」
トレードウィンドウを展開して問答無用に代金を送りつけながら、今後は『お任せ』のコマンドをできる限り封印しようと心に決めた。
不健全な貢ぎ癖は、要矯正である。
稀少性という一点で性能は同じでも値段に天と地ほどの差ができるMMOあるある。なおそもそもの基準がバグっているだけで、ソラさんのお洋服も一般人基準では頭の悪い値段であることに変わりはない模様。