世の賑わいは鳴り止まず
颯爽と帰っていったニアを見送り、さあてそろそろ俺も仮想世界へと帰りましょうかねぇ――とは、当たり前だがなるはずもなく。
残った料理や食器を無心で片付けた後、蓄積疲労がピークに達した身体は自動的に寝室へと向かいベッドにバタンキュー。
そのまま時計の針はグルリと回り、随分と久方ぶりにノードライブで月曜日は終了。そして明くる日、体調も心調も回復した俺は元気よく大学へと足を運び――
「――――てな感じに、まあ大体予想通りの流れだわな」
「そっすか……」
相も変わらず難解かつ爆速で進む講義内容によって別方向からダメージを負いつつ……その後はまあ、いつものごとく。
都合の合ったメンバーと連れ立ち四條邸へ場所を移してからというもの、俺は友人たちから齎されるオブラートに包んだ現状報告を聞いて微妙な顔を晒していた。
他でもない、三日前の『白座』討滅より始まった世間の騒ぎについてである。
「まあ、なんだ。言いたいことは山程あるけど……とりあえず、世界の敵やら滅すべき巨悪として扱われてる訳じゃないなら何よりだ」
結局、俺とアーシェの関係性はおそらくそういうことなのだろうと周知……というか認識が決定付けられてしまったらしい。
家族限定の愛称は、やはり決定打として大き過ぎたようだ。仕方なし。
「ぶっちゃけ、そういう声が全くないとは言わんけどな。というか、更にぶっちゃければそれこそ山程はあるぜ――ただまあ、他に埋もれる程度の山だ」
ほぼ溜まり場と化していた楓の部屋……ではなく、四條家が邸宅内に用意してくれた『作業部屋』。アーカイブ用の動画編集やらに要する環境が整えられた、チームクラ……俺専属フォローチームの活動拠点にて。
PCとの睨めっこに疲れたのだろう。首をグリングリン回しながら回転椅子もグリングリン回している俊樹が、つらつらと要点をまとめて投げ付けてくる。
なんちゃってドップラー効果が作用しており、ただでさえ疲労でヘロヘロになっている低い声が大変聞き取り辛いのでやめていただきたい。
「――ぽっと出というには、あなたはいろいろと戦果その他が大き過ぎる。おまけに当の【剣ノ女王】が矢印を向けるキッカケを、世界中が見届けているから」
「いろんな意味で、文句を言える奴なんかいねーのよ。んで、それでも湧くようなつまんねえ嫉妬やらやっかみを黙って見過ごすほど、序列持ちのフォロワーってのは冷めてねんだわ。お前のファンを含めてなっ!」
「ハ、ハハ……」
本当になぁ……春日希、もとい曲芸師の『ファン』とかいうファンタジー存在よ。素直に嬉しく思う感情とてもちろんあるのだが、やはり戸惑いが先に来る。
「公式ファンクラブを作る気になったら教えて。いろいろ計画しておくから」
「……真顔で言われると、冗談か否か判断に困るから勘弁してください」
途中から会話に加わった美稀へ背中越しに半眼を向ければ、普段通りのクールビューティーは眼鏡をクイッ……とはやらず、薄く微笑んで「冗談」と呟いた。
美稀が『あの仕草』してるとこ見たことないんだよな。謎にレア度が募ってきているので、是非いつか満を持して目の前で披露してほしい。
なお、翔子と楓は本日用事につきチームを欠席中である。
「とりあえず、まとめるとアー……イリス関連は今のとこ気にしなくて大丈夫ってことだな? いや、多少は気にしとくべきなんだろうけども」
「大丈夫だろ。てか、騒いでる連中も大人しく見守ってる連中も――もっと言えば、当事者のお前も気にしたって仕方ない問題じゃねえかな。仕方ないというか、気にするだけ無駄というか……あー、と」
「どれだけ意識を向けたところで、彼女は彼女だから」
「そう、それな」
言いたいことズバリ、と言わんばかり。美稀の差し込んだ言葉に頷いた俊樹が、まさしく他人事のようにあっけらかんと結論を述べた。
「あのアリシア・ホワイトが歩き出せば、邪魔できる奴なんて現実世界にはいやしねえよ。ま、仮想世界にはチラホラいるかもしれんけど」
「しかも、察するにこの件に関しては歩くどころか全力疾走。塵芥がいくら足元に積もったところで、触れることすらできず吹き飛ばされておしまい」
「ち、塵芥……」
「空気を読めない厄介フォロワーなんて、塵芥で十分」
やだこの子おっかない。本人はさして感情も含めずサラリと言っているところが、余計に切れ味高くてスッパスパである。
「そっちはそんなもんとして、討滅戦の内容に関しては……これもまあ、お前についての世間の声はいつも通りっちゃいつも通りだな」
「はーん……参考までに、いつも通りとは?」
「うん? それはだな――――速い、見えない、なにやってるのかわからん、軽率に新技を乱れ撃つな、あの勝手に飛び回ってる白い剣なんだよ、一人だけ弾幕ゲーム(被)、パートナーちゃん可愛くて最強とか羨ましい禿げろ、この敏捷性で火力満点とか筋力戦士に土下座してください、当たり前のように群れに一人で突撃してて草、なんでそれで生きてられんだよ、結局被弾ゼロノーダメとか馬鹿じゃねえの、この人いくつ必殺技持ってんの、空飛ぶ武器庫にして一人必殺技辞典、マグロの擬人化、王冠パッパ出したり消したりしてんのジワジワ来るからやめてほし――」
「長い長い長い……!」
いや活舌と肺活量。唐突に謎の肉体性能を披露するなと。
「ま、そんな感じのいつものだ。まだまだあるぞ、全部聞くか?」
「結構です」
わざわざ適当な文言をまとめていたのだろう。手にしたスマホを見ながら呪文詠唱ばりに『世間の声』を並べ立てた俊樹にノーセンキューと返せば、友人はくつくつと喉の奥で笑い再びグリングリンと首を回し始めた。
どんだけ首やら肩やら凝ってるんだよ、マッサージでもしてやるべきか……?
「……希君が気にするべきなのは、強いて言えば」
「あ、はい。なんでしょう」
「言えば…………言う必要ある?」
そりゃまあ、ないな。俺が現状なにより気にすべきことなど、一つしかないだろう――即ち、可愛くて最強なパートナーのこと。
「ソラに関しては、どんな感じになってる?」
「大騒ぎ。元々のフォロワーというストッパーが存在しなかった分、あなた達よりも余程収拾がつかない状態」
「わかりやすく言えば、お前がデビューした時と同じだな」
「あー……」
なんとも、的を射た例えだこって。
「だからまあ、後ろ盾さえしっかりしてりゃ心配はいらんだろってことでもある。その辺は俺たちゃ知らんけど……大丈夫、なんだろ?」
「あぁ、それに関しては間違いなく」
家の繋がりがある四條の令嬢様は別として、当たり前だが俊樹たちにソラの素性は明かしていない。まさか雇主の一人娘だとは思うまいて。
ということで……俊樹の言う通り、俺の時と同程度の騒ぎということなら心配はいらないだろう――とりあえず、世間の目に関しては。
なのでまあ、俺ができることはと言えば、
「大切な相手なら、ちゃんとフォローしてあげて」
「それはもう、力の限り精一杯に」
四柱戦争の後日、彼女が寄り添ってくれた時のように。
世界中から向けられる数多の視線に……少なくとも、一人で苦しむことがないよう。傍にいて、精神的な支えになってやることくらいだろう。
予定が山積みだぞ本当に短めで終わるのか四節。