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引越し祝い

 あれから結局気付かぬ内に一眠りしてしまい、アラームに叩き起こされ慌てて仕込みに取り掛かり三時間弱。


 それなりに豪勢な仕上がりに満足している俺を他所に、卓上に並んだ料理を眺めてぽけーっと呆けていたニアはタタタッとスマホを叩き――


『え、なに、キミ料理人なの?』


 ぽけぽけした様子を維持するまま目を瞬かせる。極めて素直というか純粋な反応に忍び笑いをしつつ、飲み物の用意まで済ませてミッションは完遂。


「いいとこ見習いレベルだけどな。まあ、それなりの味は保証しよう」


『なにを基準にした自己評価なのそれは』


 基準ねぇ。それはまあ、今回の献立で言えば元バイト先の中華料理屋オーナーである林さん(三十七歳独身)になるだろう。


 元々バイト仲間から頼まれた短期のヘルプだったはずが、なにが気に入られたのか割の良い時給を提示されて一年ほど働かせてもらった縁である。


 気のいい炎の料理人だった。まだ独身貴族宣言継続してんのかな。


『まあいいけど、美味しそうだし……なんで中華?』


「別に、なんとなく」


 嘘である。知り合ったばかりだが、頼もしい情報提供者が付いてるんでね。食事の好みくらいは聞けばサクッと教えてくれたとも。


 なお、母国ロシアの味はノウハウがゼロなので断念して二番目を取った。


「ほれ座れ、お食べ。端から端まで全部お前のものだ」


『あたしのこと怪獣かなにかだと思ってる???』


 怒んなって。張り切って作り過ぎたのは自覚してるから。





 ――そんなこんなで、アフターディナー。


「俺の部屋を訪れる奴は、なぜこうも我が物顔でソファを占拠するのか」


 今のところ2/3だな。素質という意味では、死ぬほど打ち解ければ三枝さんもこうなる・・・・可能性は無きにしも非ず……かもしれないが。


『デタラメに美味しいものを山ほど用意する人がいけないと思いまーす』


 と、揶揄い半分にソファの後ろから覗き込んでやれば、もう動けないとばかりクッションに沈み込んでいるニアがぷらぷらとスマホを掲げて揺らす。


「まあ、お口に合ったようでなによりだ。参考までに、どれが気に入った?」


『胡麻団子と杏仁豆腐』


「即決でデザートかい。いいけどさ」


 流石は女子、ということにしておこう。


 片付けに取り掛かるのはニアが帰った後でいいとして、これからどうしたもんかね。おそらくだが、すぐに「はいさよならー」とはならないだろうし――


『ね』


「うん?」


 再び掲げられた端末の画面には、俺の気を引くための一文字だけ。続きを待てば、彼女は相も変わらずとんでもない速度で言葉を綴り……。


『ひよちゃんと話したでしょ。なんて言ってた?』


 ほぼ普通の会話と遜色のないレスポンスでもって、そんなことを問うてきた。


「おや、なんのことかな?」


『はいはい、隠す気なかったでしょ。聞きもせずにあたしの好きなもの作った上で、苦手なものは一つも入ってなかったよ』


「んなことないぞ。よ、名探て――ふぼっふ」


 わざとらしくお茶らけて見せれば、飛んでくるのはクッション爆弾。


 避けずに顔面キャッチした弾頭をどかせば、ソファに沈むお嬢様は頬を膨らませてわかりやすく『ご不満』を訴えていた。


 そりゃまあ、隠す気はなかったけどさ。三枝さんがニアに内緒で俺の元へ突撃してきたのは、十割がた親友に対する過保護の気恥ずかしさが原因だろうし。


 彼女が俺など及びもつかないレベルの思慮深さを備えているのはわかる。ならば、あちらも隠す気があれば『今夜手料理でも振る舞おうかと』と前置きしてニアの好物を問うた俺へ、素直に情報など渡さなかったはずだ。


 別に、過保護だとは思わないけどな。女子同士の尊く美しい友情じゃないか、無限にやってくれていいぞ。


『言いなさい。言って。言え、早く』


「あーはいはい、わかったわかった……といっても、そんな大したことじゃないぞ。距離が離れて自分がこれまで通りにはサポートできなくなるから、あれこれフォローしてやってくれってさ。そんだけ」


 それを伝えてきた際の、どこまでも真摯な表情までは……まあ、バラさなくてもいいだろう。いらんことまで喋って、後からあちらさんに怖い顔で詰め寄られるのは勘弁願いたいところだ。


 なにより――


「………………」


 三枝さんとは、鏡写しに。未だ不満顔を継続して俺にジト目を向けるこいつも、親友の胸の内などそっくり正しく理解しているのだろうから。


 まさしく、これに関しては俺の出る幕などないのだ。


『……ちなみに、連絡先は交換しました?』


「…………その先の展開が明瞭に見えるから先手を打たせてもらうが、俺は誓って年上美人イラストレーターの連絡先を入手したからって悪用したりしないぞ」


 実際、なにをどうすれば『悪用』の範疇に引っ掛かるのかという想像すら働かない。ハッキリ言わせてもらうが、そんな場合じゃないんだよ。


 わかってんのか、原因その一。


 どこぞのお姫様と併せて――君らと向き合うことに、精一杯なんだぞ俺は。


「で、今日はどうする。別にさっさと帰れなんて言うつもりもないけど」


 なんて、流石に意識して口に出すのは羞恥の規模が許容オーバー。


 仮想世界あっちだとわりかしスルッと口から飛び出すんだけどな……やっぱ現実と比べて、向こうの方が感情のセーフティが緩い気がする。


『ないの?』


「言ったら怒るだろ?」


『怒りはしないけど拗ねる』


「似たようなもんじゃねえか」


 仮想世界のアバター同士と変わらぬ、いつも通りの雰囲気と会話。やはりというか、再確認――俺は、この関係性が気に入っているのだろう。



 …………………………いや、訂正。



 俺は、多分、きっと、おそらく――――



『で・す・が・!』


 と、勢いよく跳ね起きたニアに眼前へと突き付けられた言葉が、俺の思考を中断するまま賑やかに鳴り響く。


『今日のところは帰らせていただきまーす』


 そうして続いた言葉は、予想外と言えば予想外のもの。


 どういう風の吹き回しかと視線で問えば、彼女は呆れとドヤ顔に不敵な笑みを混ぜ込んだ器用な表情を浮かべて、トストスと指先で腹を突っついてきた。


 食後だぞ、やめなさい。


『 キ ミ の お よ う ふ く ! ただでさえ昨日のパーティで丸一日遅れちゃったんだから、これ以上サボったらイベントまでに間に合わないよー?』


「……あー…………あー、なるほど。それはそう」


 すっかり忘れていた――というわけではないが、それ以上に気にすべきイベントやタスクが引っ切り無しに詰み上がっていくせいで、記憶の隅だった。


 確かに、いつまでも現在のガーリー指数百パーセントな選択肢しかないのも困る。転身体用のオシャレ格好良い衣装は、可能であればすぐにも欲しい。


『ということで、今日は帰ります』


「あぁ、了解……って、お前【Arcadiaアルカディア】の機体は」


『まだ前の部屋だね。なので、今日のところはそっちまで帰るよ。本格的に越してくるのは、明後日くらいになるかなぁ』


 とのことで、今回はあくまで荷物を運び込むついでに顔を出しに来ただけだという。即日というか、話を貰った翌日に速攻で突撃してきたのは正気かと思ったものだが……そういうことなら、まあ納得できる範囲内か。




「――で、本当に大丈夫だな?」


『心配いらないってば。ほら、ひよちゃんもう下の駐車場にいるって』


 玄関先まで見送りがてら確認をすれば、ずいっと突き出された端末に表示されているのはトークアプリの画面。


 最新部分には『とうちゃーく!』と、例の三枝さんに似たキャラクターが飛び跳ねているスタンプが光っていた。スタンプ好きだねひよちゃんさん。


「わかった。んじゃ、またなにかあれば言ってくれ」


『うん、ありがと。今日はご馳走様でした』


 ペコっと頭を下げて、踵を返す――と見せかけて、なにか言い残したことでもあるのかクルリと一回転。


 そして、ニアはなにを思ったのか()()()()()


「……、……、……、……」


 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつと、音なき声を紡いでみせた。


 勘弁してくれよ――もし読み取れなかったら、大事故だったぞ。


「あぁ、()()()()。またな」


「っ……!」


 二ッと眩しい笑みを残して、今度こそ彼女はタタッと駆けていく。背中を見送り、扉を閉めながら、逃れようもなく焼き付いた笑顔に息を零し――


「どいつもこいつも……いろんな意味で、俺が勝てる日は来るのかね」


 あり得そうもない未来を思いながら……今の俺は、少しずつでも。


 満更ではない内心を、認めることができていた。






あれもこれも一歩ずつ。


※私事ですが、ちょーっと多忙につき暫くは感想返信の時間が取れないかも。

 言うまでもなく、全てありがたく励みと栄養にさせていただいています。

 チラチラっと簡単なお返しはできると思いますので、ご容赦くださいませ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ニアチャンってハルソラの現実での関係ってご存知でしたっけ………? もしも知らなかったのならニアチャン宇宙猫になっちゃう
[一言] いつからガーリー指数が下がると錯覚していた?(定型文) ぐうの音出ないほど似合うガーリー指数120%の服になるに1票です。
[良い点] 料理できる男子はモテる ハルもその内の一人で良き [気になる点] >バイト先の中華料理屋オーナーである林さん(三十七歳独身) 林さんの性別が気になる所 [一言] ニアかわ 藍春 が止ま…
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