慌ただしい休日(月曜日)
「お時間いただいて、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
結局、話をしていたのは十五分そこらだっただろうか。玄関で靴を履き振り返った三枝さんの表情は、やや緊張が抜けて自然なものとなっていた。
わかっちゃいたが……あれだな。最初に俺が『楓っぽい』と判断したこれまでの振る舞いは、大体がフリだったんだろうな。
流石は演技も嗜んでいるという多芸の者、といったところか――
親友としての感情が先行していたのであろう意思交換に一段落ついた後は、実際ニアが普段から困っていた各種ポイントの共有などなど。
引き継ぎという形でいくつか言葉を交わした俺と三枝さんは、ある程度の相互理解を経て無事和解へと至った――というより、俺がどうにか認めてもらえたという形。
一発目に顔を合わせた瞬間から品定めされているのは気付いていたし、俺の方もそれを当然のものとして受け入れ挑んでいた。
彼女が俺にそういった目を向けたのは当然のこと。ご両親から信頼されて任された世話役、監督役としての立場を考えれば、親友に近付くどこの馬の骨とも知れない男を警戒して見極めようとするのは当たり前と言えるだろう。
そして、その品定めに俺が真向から挑むのもまた当然のこと。
向けられる気持ちに向き合うと決めた以上、俺の辞書には既に『逃亡』の二文字など存在しないのだ。一時撤退などは戦略的行動につき容認するものとする。
ともあれ、そういうわけで今の俺は『想いを向けられるに足る男』で在るための努力は怠らない所存。大事にすべき人の大切な相手に認められないようでは、相応しくあるなんて夢のまた夢だろうからな――
「それでは、私はこれにて。なにかあれば、連絡させてもらいますね」
「いつでもどうぞ。逆に、こっちで困ったことがあれば頼らせてください」
「それはもう勿論ですとも。ではでは、またの機会に」
「うん、またの機会に」
にこーっと人懐こそうな笑顔を残して、タタッと部屋を後にする三枝さんを見送り……座り込みそうになる一歩手前まで急速に脱力。いやはや疲れた。
やっぱそっちが素に近いんだろうなぁ。楓のようなふんわり穏やか系ではなく、それこそニアに近い無邪気というか素直な賑やかタイプ。
まあ、奴ほど天井知らずのテンションは備えていないようではあるが。
さておき、一難去ってまた一難も去った。これでも一昨日から続く幻感疲労でボロボロの身である、ようやくの静かな休養に浸らせてもらうとしよう。
寝室のベッドか、リビングのソファかで逡巡し――数歩を惜しんだ末、後者にドベシャァと崩れ落ちるような全身ダイブ。
眠……くはないので、しばらくこのままグダついているとしよう。夜には予定も入れてしまったがゆえ、もう少し経てば仕込みを始めなくてはなるまいて。
けれども、一応アラームはセットしておくべきか。
そう思い傍らのテーブルに放り出したスマホを取り上げれば、見計らったかのようなタイミングでピコンとメッセージの着信通知が響く。
IDを交換したばかりの相手から届いたメッセージを、チラと確認すると――
「……女の子っぽいのか、逆に女子っぽくはないのか、判断に困るな」
表示されていたのは、三枝さんと同じ淡い栗色の瞳に亜麻色の髪をした女の子のキャラクタースタンプ。『よろしくね!』と如何にも元気娘っぽい快活な吹き出し芸が、イメージ変更後の彼女にバッチリ嵌まっている。
やはりというか、当然というか、
「流石は推定年上売れっ子芸能人…………イラストレーターって芸能人か?」
俺などよりも、余程お見事。
それこそ『見ず知らずの相手』の懐にするっと入り込み、信用を勝ち取っていた手腕は流石と称す他になかった。
決して年上美人に篭絡されたわけではない決して。
ちなみにどうでもいいシーン深掘りですが、ひよりんがニアちゃんに内緒で単身突撃してくることを予測していたので主人公も主人公で多少演技してます。
「(なんか俺に用事がありそうな雰囲気出してるよなぁ……)」からの
「(ここらで退散って言えば切り出してくれるかなぁ)」からの
「(普通に挨拶に応じた……ってことは内緒でこの後来る感じ?)」からの
「(じゃあ一人でお話に来る可能性アリとみて心の準備しとこ)」という流れ。
始めに戸惑うフリはしつつも妙に奴が落ち着いていたのはつまりそういうこと。
読み取れるわけないだろそんなの。