即日来襲
結局深夜まで続いた祝勝会から一夜明け、翌日。
ステージに連行されかけていたソラの身代わりとなって人生二度目の仮想世界リサイタルを開かされた後、やれ一発芸だの曲芸だのと要求される盛り上げに応じたり、最終的には止まることを知らぬテンションのまま『城』から連れ出されたかと思えば【螺旋の紅塔】の突破実演をやらされたりと語り尽くせぬ大量のイベントを経て――
「――あったまいてぇ……」
これである。
先日の討滅戦から引き続き、派手な幻感疲労に見舞われ無事ダウン。本日はめでたく月曜日なのだが、午前中に起き上がることは既に諦め大学には連絡済み。
別にこれが初めてではないのだが、毎度のこと例の九里理事長様が直々に電話を取ってくれるのが無限に恐縮というか居たたまれなくて困る。
本人から『その方が話が早いから』と求められての直通ダイヤルではあるのだが……実情はどうあれ形としてはゲームを理由としたズル休みとも言えるはずなのに、なぜか上機嫌というか嬉しそうにされるのも謎に怖い。
なにとは言わないが、本当にいつか唐突な面倒事が舞い込んできそうで心配だ。
なお同じく欠席の連絡を入れた友人たちからは、揃って似たようなメッセージが送られてきている。それぞれ内容はと言えば――
『そか、了解。ところでアーカイブの動画アホほどバズってるぞ』
『はいよりょーかーい。それはさておき昨日上げた動画超バズってるよ』
『わかった、お大事に。あと余計なお世話かも知れないけど、しばらくインターネットは断った方がいいかもしれない』
『了解です』
『あの、差し支えなければ』
『やっぱりなんでもないです。お大事にしてください』
『講義のノート、必要なら言ってね』
と、そんな感じ。
謎に断続的な文を送ってきた楓に関しては……いつもの如くなにかしらバグっているのであろうことが察せられるので、最後の一文には素直に感謝の念を送りつつそっとしておく方向で。
あとは美稀の忠告に従い、しばらくは世間の情報から目と耳を背けて生きていくとしよう――といったところで、ぐぅと腹の虫が鳴る。
「動かずとも、腹は減る……」
現在時刻は午前十時手前。
なんでもいいから、軽く栄養補給はせねばなるまい。そう思いヒョイっと跳ね起きようとした俺は――
「おっぐぅえ……!」
仮想の身体とは比較にならない現実の肉体スペックに従いベッドの上で無様に跳ねた後、自ら頭を揺らしたことによって頭痛に苛まれ呻き声を上げた。
「――んぇ」
とりあえず備蓄の食料を軽く詰め込んだ後、更なる休養を挟んでから簡単な昼食の作成&摂取を終えたタイミング。
不意に鳴った謎音楽を聞いて、ソファに沈んでいた身体を起こす。
この部屋を訪ねて来る者など二択しかないので、アーシェか千歳さんのどちらかだろう……という予測は、
「おっと……?」
扉の外を映し出すモニターを確認するにあたり、呆気なく覆された。いや、正確には千歳さんではあるのだが――
重たい身体に活を入れて玄関に向かい、施錠を外して扉を開ける。さすれば、通路に立っていたのは一人の女性。
「こんにちは、どうしました?」
見知った顔に緊張もなく声を掛ければ、柔和な顔をした黒髪のご婦人は挨拶を返すと共に「突然ごめんなさいね」と謝りを入れて微笑んだ。
千歳円香さん――他でもない、四谷代表補佐こと千歳和晴さんのお母様であらせられる。俺やアーシェが身を置くこの宿舎にて、清掃などの雑用をこなしてくれている『お手伝いさん』であり四人目の住人だ。
入居者としてお世話になっている俺からすれば、無条件で頭が上がらない人でもある。いつもお勤めご苦労様です。
「近々新しい人がいらっしゃるかもしれない、という話だったでしょう? それについて、私もついさっき和晴から連絡をもらってね?」
「あぁ、はいはい?」
まず間違いなくニアのことだろうとは思うが、それに関して円香さんが俺の部屋を訪ねてきた流れが見えない。
結局はトントン拍子で決定した引越しについては、アーシェが「私に任せて」と段取りからなにから全てを引き受けたはずだが――
「突然だけど今日中に済ませてしまいたいから、引っ越し作業を手伝ってあげてほしいんですって。大きな家具は希君と同じように既にある物を使うみたいだし、段ボールをいくつか運び込むだけなんだけどね?」
「話が早過ぎる」
俺は誰にツッコめばいいんだ?
本当に爆速で決定を伝え手続きを促したアーシェか、それともマジで爆速で手続き諸々を終えて新入居者を放り込もうとしている四谷か、あるいは爆速に次ぐ爆速に流されるまま昨日の今日で得体の知れない宿舎に飛び込もうとしているニアか。
一般メンタルは俺と円香さんだけ――いや、最近はわりと俺も怪しいな。平和的常識人の称号が相応しいのは千歳(母)だけか。
「女の子相手だし私が手伝ってもいいのだけど、希君が特に親しいお友達という話だから……どうしましょう、お任せしちゃった方がいいのかしら?」
「あー……うー……まぁ、そうですねぇ…………」
円香さんにそれを吹き込んだときの表情が透けて見えるぞ四谷代表補佐め。別にわざわざ否定するつもりもないけどさぁ……。
「なら、はい。ちょうど暇してますし、俺が手伝いますよ」
と、そう伝えれば、
「それじゃあ、お願いしようかしら。お嬢さんたちはもう下のロビーにいらしてるから、早速だけど迎えに行ってあげてね――うふふ」
「展開が早過ぎる」
あと最後の意味深な「うふふ」は一体なんなんですかね。
顔が優し過ぎるから、わざとらしく人の悪い笑みは似合いませんよご婦人。
――――はて?
「お嬢さん……たち???」
なに、ニアちゃん分身でもしたの?
迫真の突撃リリアニア・ヴルーベリ嬢。