可能性と可能性と可能性
「――次、途中からレイドに干渉を始めた『赤円』について」
続いて、話の流れは『白』から『赤』へと移り変わる。とはいえ、こちらに関してはアーシェの表情を見るに……。
「ただ、こっちについては正直よくわからない。考察というよりは、完全に単なる『もしかしたら』の推察になる」
とのことで、まあ『だろうな』といったところ。
「あのグロホラーサプライズに関しては、答えを出せる奴はいないだろ」
だから気にせず存分に考えを披露してくれと促せば、アーシェは頷き語り始める。始まりを飾るのは、例によって「結論から」という断りが一つ。
「【赤円のリェルタヘリア】のレイドは、最初から討滅と葬送が同時に果たせない設計だったんだと思う。つまり、今回のように他の『色持ち』レイドの強化因子として顕現するのが『赤』の〝ラストフェーズ〟」
「ふーむ……?」
「『葬送』の達成条件を、私たちが彼らを納得させること、あるいは満足させるであると仮定する。闘争の東陣営と紐付けされている『白座』が、シンプルに〝個の強さ〟を求めたのであれば……『赤円』が求めたのは、おそらく〝繋がり〟」
…………正直なところ理解できているとは言い難いが、なんとなく話の流れくらいはわかる。各御柱に対応する陣営の特色が関わるというのであれば、
「南陣営は富裕の加護……交易に必要な貨幣を最も効率よく供給できる、まあプレイヤー同士の〝繋がり〟的な意味では要だわな」
「正直、ほとんどこじつけ。ただ『赤円』討滅時にアンロックされたシステムがなにかを考えれば、方向性としては間違っていないと思う」
クランシステムと結婚システム……だもんなぁ。根底にあるテーマがアーシェの言う〝繋がり〟である可能性は、確かに高いのかもしれない。
「で、繋がりを求めた『赤円』の葬送が果たされたのは、なぜだとお考えで?」
「それは多分、本懐を果たしたから」
本……うん?
「元々、そういう風に創られたのではないかしら。他の御柱と一体になって、その力を強める生体外装のような存在として」
「せ、生体外装……?」
「『境界』を司り転移や空間隔離を使った『白』に対して、『無限』を司る『赤』が使ったのは増殖と変異。自在な変貌を権能と考えるなら、他に適応して混じり合うことが前提の存在と考えてもおかしくない…………と、思う、のだけれど」
俺の反応が乏しいからか、徐々にアーシェが歯切れを悪くしていく。不安気……まではいかないが、様子を窺うような視線に気付いて慌てて手を振った。
「いや、その、呆気に取られてただけだから気にしなくていいぞ」
「……突拍子もないことを言ってるのは自覚してる」
突拍子もないは違くない? 確かにぶっ飛んだ推理ではあるが、一応それなりに筋は通っていると思うぞ。
「要するに本体討滅後、残った意識なり魂なりが憑依した別の『色持ち』を攻略することが葬送の条件……ってことだろ? 〝強化外装〟が本来の用途で使われて満足したってことなら、確かにそれっぽいと思う」
少なくとも、俺が五分くらいで適当に考えた説よりは遥かに説得力がある。
「――あ。そしたら、あれもそういうことか?」
「あれ?」
「ほら、前に見せたやつ」
言いつつ【兎短刀・刃螺紅楽群】を喚び出し、ちょちょいとタップしてフレーバーテキストを表示させれば――
【兎短刀・刃螺紅楽群】制作武器:短刀
紅き螺旋を守護する紅玉兎、その魔煌角より削り出された紅緋の短刀。
『赤』の不滅を司る魔の煌輝に秘められしは奇異なる権能―――
叶いし大願は遥か過去。尊き同胞に触れし赤き瞳は、祝福を遺して還り逝く。
「………………………………」
させれば…………………………あー……へいパス。
「……変わってる」
「だな……まあ、あれだ。元の『柱は未だ不滅なれば――』ってのは、『赤円』自身じゃなくて他の御柱を指してたのかもなって、思った」
「ん……そうかもしれない」
なんというかこう、あれだな。
例の【赤円の残滓】やら討滅戦最中のおどろおどろしい演出やら〝姿〟やらで、基本的にグロホラー扱いしていた訳だが、
自己よりも他を優先する……というのが適当かもわからんけど、記憶に焼き付いている最期のシーンを思い起こせば――
仲間思い、というやつだったのかもしれない。
「……ちなみに」
「うん?」
「あなたの考察も、なにかあれば聞いておきたい」
「あー……」
ちょっとこう、キツいな?【剣ノ女王】様の気合が入った考察に続いて、俺のほぼ考えなしフィーリング百パーセントを地で行く『説』と称すのも憚られる考えを披露するのは……いやまあ、いいけどさ。
「俺はあれだ、一個だけ。『赤円』が『白座』に混じってたのは、どちらかと言えば『白』側の能力じゃないかと思ってたんだよ」
とはいえ、アーシェの説を否定する程の話ではない。別に『赤円』強化外装説とも喧嘩しない類の『もしかして』だからな。
「俺の魂依器が『白座』由来だっての話しただろ?」
先日あっという間に更なる進化を迎え、晴れて第三階梯へと至った右手の指輪――白地に赤の玉石はそのままに、金色のラインがグルリと一周加わったリングをコツコツと指先で叩いて示す。
「コイツなんだけど、進化の時に『赤円』由来の指輪を喰ったんだよね。だから、もしかしたら『白座』自体がそういう性質を秘めてたんじゃないかと」
「そういう、性質?」
「そ。他の〝色〟を喰って、強くなる――みたいな?」
以前『赤円』討滅後に『色持ち』が力を増したという話を聞いて勘違いしていたのだが、この情報は正確ではない。
正しくはおそらく『色持ち』が力を増したということで、御柱全体に対する情報としては推察止まり。力の向上を確認されていたのは『白座』だけである。
具体的には、第一フェーズの触手砲台。『赤円』討滅前の挑戦では、俺が追い回されたような滅茶苦茶な数ではなかったらしい。
で、アホみたいな強化から続く第二フェーズで攻略部隊が蹂躙された前回の挑戦以降、これはやべぇと度肝を抜かれた攻略組は奴らの学習&進化する性質を更に重く捉えて『色持ち』攻略を一時凍結。
件の情報は『赤円の討滅後、白座が強化された。ゆえに他の色持ちも強化された可能性が高い』といった形で停滞していたわけである。
といったところで、今回の攻略中に『強化』どころか明確に参戦してきた『赤』の名残りを見て――俺は思ったわけだ。
「『色持ち』やら『五色の御柱』なんて呼ばれてるくらいなんだから、そもそも〝色〟も重要な意味を持ってそうだろ? そう考えると〝白〟ってのは何色にも染まる可能性がある基礎ってか……こう、書き込む前の白紙ってイメージ?」
「…………」
「だからこう、仮に他の『緑』やら『青』やら『黒』を先に攻略した場合、今回よりも更に数段ヤバいことになってた可能性も……あった、のかな……って」
どうしよう、お姫様が見たことないレベルでめっちゃ険しい顔してんだけど。
いやまあ、わかるよ。そうだよな。仮に万が一、億が一にでも俺の考察(笑)が的中していた場合、おそらくは真実どうしようもないレベルの化物――というか、攻略不能の〝魔王〟が生まれていた可能性すらある訳で……。
「………………結局、実際のところは〝神様〟にしかわからないけれど」
「まあ、そうな」
「気まぐれで『緑繋』の攻略に舵を切らなくて、良かった」
「……そ、そうだな」
神のみぞ知る『在り得たかもしれない未来』に震えるだけで済んだと思えば、しみじみとしたアーシェの呟きには同意せざるを得なかった――
――――で、
「……………………………………………………話、終わりましたぁ?」
「ん、ひとまずは」
「ごめんて」
蚊帳の外になっていた約一名が流石に不満を募らせているっぽいので、今度は俺たち三人に関係するお話に移るとしようかね。
すぐにわかるけど――君も無関係じゃなくなるんだぞ、ニアちゃんや。
それはそれとして好き放題に髪弄りできたのは楽しかった模様。