考察タイム
「――ということで、昨日の続き」
「哀れみも労いもなしにノータイムだと……?」
宴もたけなわ終わりは見えず……といった具合に、イベントを一つ消化して更なる盛り上がりを見せるパーティ会場。
禊Part.2という名目の下に尊厳破壊の刑に処された後、無残にも打ち捨てられた俺の元へやって来たのは蚊帳の外を決め込んでいた二人組だ。
テーブルに突っ伏す頭上から振ってきたアーシェの声音に顔を上げれば、青銀と藍色が仲良く並んで俺を見ていた。
しからば、とりあえずさっき合掌をくれやがった藍色娘に一言。
「薄情者め」
「え、いやいやいやっ、あたしが助けに出てっても藪蛇だったでしょうに!」
それはそう。単に多少なり不満を露わにしなければやっていられなかっただけだ。わたわたと焦る顔が見られたので、これで手打ちとしてやろう。
例によって広い一階スペースでカラオケ大会やら何やらが幕を開け、交流……というよりは、純粋に一緒になって騒ぐため序列持ちが出払っていった上階。
取り残された――はたまた、無駄に空気を読んで置いて行かれてしまったのかは定かではないが、残っているのは俺たち三人だけだ。
ソラさんはと言えば、ルクスに攫われていった先でデレデレ顔のプレイヤーたちに囲まれ無限にあたふたしていらっしゃる。
紳士揃いのご先達方ゆえ、別に心配は要らないと思うが……まあ仮に不埒者が発生したとしても、傍に佇む雛世さんが焼き払ってくれることだろう。
彼女自身も恥ずかしがってはいるものの、特に嫌がっている様子は見て取れない。保護者を気取って目を光らせておく必要はなさそうだった。
「……んで、昨日の続きとは?」
ということで、しれっと隣に座りミニタルトをサクサクしているアーシェの発言に舵を戻す。逆側に腰を下ろして人様の髪を弄り始めたニアに関しては……なんかもう、人に髪触られんの慣れちまったな。
どうせ文句を言ってもやめないだろうし、放置しておこう。
「白座討滅戦について、私の思うところをまとめてきた」
「あぁ……『最初からHPなんてなかったのかも』とか言ってた」
んで、その後おあずけにされた【剣ノ女王】直々の考察とやらだ。
もう今更だが、アーシェの発想力や頭の回転云々は俺など比較にならないほどの高次元。そんな彼女がわざわざ『まとめてきた』とまで言うのなら、一個人の考えと甘く見られるものではないだろう。
こちらの考えとの照らし合わせも含めて、少しばかり楽しみである。
「まずは、私が出した結論から。『色持ち』……『五色の御柱』は、現時点で全てが〝亡骸〟の可能性がある」
『五色の御柱』――NPCたちが口々に呼ぶ『白座』や『赤円』などの正式(?)呼称である。色持ちモンスターというのは元々、名持ちモンスターになぞらえてプレイヤー側が呼び始めたものだ。
「亡骸……全てってのは、『白』と『赤』以外もってことか?」
「そう。残る『緑』も、『青』も『黒』も、彼らは既に……少なくとも、肉体的には死んでいるのかもしれない。そう思った理由は二つ」
いきなり中々の特大弾だ。一発目からそこまで深げな考察が飛んでくるとは思わず、ほけーっとした反応を返す俺を他所にアーシェは言葉を紡ぐ。
「まず、彼らのレイドデザインはこの世界でも特別異質。簡単に言えば、どこまでもゲーム的過ぎる――つまり、意志が感じられない」
「あぁー……」
その点については、俺も『白座』とやり合いながら薄っすら感じていた。
この仮想世界に存在するモンスターは、大なり小なり〝感情〟や〝意思〟を感じさせるような動きを常とする。行動パターンや攻撃方法を解析して攻略法を組み立てることは可能だが、それらはあくまで癖程度。
俺が相手にしたエネミーの中で最も『無機質』と言える【神楔の王剣】でさえ、ある種の規則的な行動は単なるプログラミングの羅列ではなく『型』を感じさせる動きだった。早い話が、どいつもこいつも生きているということ。
そこのところ、かの【白座のツァルクアルヴ】はと言えば――
「確かに、ただ動いてるって感じだったな」
「うん。各ギミックも、なんらかの意志や性質によるものというよりは……」
「ゲーム的というか、まあ機械的だったな。ただ俺たちを〝処理〟しに掛かってるみたいな? 根本的なスペックがメチャクチャ過ぎるから、対処するこっちの目にはどのフェーズも一大スペクタクルだったけども……」
挑み掛かるプレイヤーを律儀に迎撃する本体、付近の者をロックオンする自動砲台、時限作動する権能ギミック等々……詳らかにしてみれば、確かにアルカディアのエネミーらしくないキッチリとしたゲームらしさだ。
いや、ゲームではあるんだけどさ。
「それと併せて、私たちが足を踏み入れた最終フェーズ……いいえ、あれが本当に〝攻略フェーズ〟だったのかも定かではないけれど」
俺とソラとアーシェ、三人で〝大穴〟に飛び込んだ後のことだろう。かの白竜の威容を思い起こすようにゆっくりと目を閉じ……再び開いて、彼女は言う。
「私は、アレこそが本当の『白座』だと感じた」
「………………まあ、そうな」
その点についても、俺は彼女と同意見。
「――アイツは、生きてたな」
「……ん」
頷き、しかしアーシェは首を振る。
確かに生きていた、けれどやはり生きてはいない。そういうことだろう。
「異次元……精神世界みたいなもの、だったんじゃないかと思ってる。本来の肉体が、あの窪地に存在していた意思なき『白』。そして、あの『白竜』こそが」
――――心、あるいは魂だったのではないか、と。
「表に在ったモノは亡骸か、心の抜けた成れの果て。そう仮定すれば確かに、私が過去に戦った【赤円のリェルタヘリア】も同じだった」
それに関しては当事者でない俺はなんとも言えないが、彼女が……実際にその手で首を落とした【剣ノ女王】が言うのであれば、そうなのだろう。
「それが、理由の一つ。もう一つは――」
「葬送、だな」
再び、アーシェは頷いた。
「わざわざ『討滅』とは別けられたアナウンス。それだけならこじつけ止まりになるけれど、あの『白』と『白竜』をそれぞれに見た上でなら別の解釈ができる」
聞きながら、俺はもう素直に「やっぱコイツすげぇな」と感心するばかり。
考察の着眼点自体もさることながら、一つの『もしかして』から次の『ならば』へ思考を繋げる流れがいつもいつも見事だ。
もっと言えばそれらの考えを話しながら、こちらの理解度に応じて言葉を付け加えたり削ったりと説明を最適化するのが上手い。
なんかもう、下手すりゃ話を聞きながら自分で答えに辿り着いた気になってしまう。俺はこの考察に関して、自前では思考が掠りもしていなかったというに。
「表に存在している〝肉体〟を滅ぼすだけでは『討滅』止まり。別次元にある〝意識〟をどうにかすることによって、おそらく真の攻略である『葬送』に至れる」
「どうにかする、ねぇ」
〝意識〟の方も『滅ぼす』とは言わなかったアーシェの意図は、なんとなくわかる。それというのも、あの『白竜』を倒したとは俺も思っていないから。
――――だって、なぁ?
「あんにゃろう、満足そうな顔しやがったもんなぁ……」
白雷を投じる最後の一瞬……金眼を眇めた竜の顔を、俺は忘れない。
「きっと、今回のレイドはあなたが〝鍵〟だった。『白座』が……あの竜が求めていたものを、届けられたんだと思う」
おそらくは、ここで一区切りということだろう。アーシェはグラスを傾けて間を置き、考察の一端を締め括った。
「私たち全員、それぞれ最高の技を放ったとは思うけれど……あれで〝ラストフェーズ〟のHPを削り切った可能性よりは、そっちの方が納得できる」
「……だとすれば、アイツは男の子だな。必殺技合戦で満足して逝った訳だし」
「……、…………ふふ、そうかもしれない」
なんだかなぁ、仮にアーシェの考察が当たっているのだとすれば――
「……なんか、ある意味勝ち逃げされたみたいで腹立つ」
別に、それも悪い気はしないんだけどさ。
髪を弄る藍色娘「(なんの話……)」
なおもうちょっとだけ続きます。