視線の集う先
「ツッコミどころは山程あるけど、なんだかんだ持久力が頭おかしいよね」
「始めて数ヶ月のタフネスじゃないんだよなー」
「高速機動なんて、大概十分やそこらでバテちゃうものなんだけどねぇ」
「しかもコイツの場合は〝超〟高速だからなぁ。呆れたもんだぜ」
「見事だった」
「ッハ」
「……おい最後。なんの笑いだそれは」
途中からはもう、当初の理由はどこへやら。
1on1を一周した後はルールが一対二へと変更され、とにかくなんでもいいから【曲芸師】を凹ませろという流れになり……あれよあれよと、おおよそ一時間。
まんまと凹まされた後、解放された俺を見ての序列持ち男性陣の反応がこれ。テトラから始まりオーリン、フジさん、ゴッサンまで、できれば呆れ顔&ツッコミではなく心温まる労いの言葉を所望したかった。
意外にもなどと言っては失礼だが、唯一労いというか称賛の言葉をくれたゲンコツさんへの好感度が増加した瞬間である。
最後の囲炉裏に至っては、謎に鼻で笑いやがったからな。喧嘩なら買うぞこの野郎、今日はちょっと真面目に疲労困憊だから明日以降でいい?
なお、俺を凹ましたのはルール改定後に参戦したロッタ&ゾウさんのタッグ。
【見識者】の〝奥の手〟で動きを止められてしまい焦ったところ、不用意な反撃の一手に防衛隊長の魂依器を差し込まれ反射&スタンから追撃でゲームセット。
『藍玉の御守』の状態異常解除を切る一瞬の隙すらない、見事が過ぎる美しいまでの連携だった。文句なしの完敗である超悔しい。
「まあ〝禊〟が済んだところで、お前さんも寛げ。緩くいこうや」
「禊ってな……いや、まあ、うん…………」
反射的に出そうになった『なにを言ってんだ』的な言葉を呑み込み……多勢に無勢、この場は殊勝な態度を心掛けることとする。
男性陣のみならず、隣の卓で集まっている女性陣からも一様に飛んでくるのは似たような視線――即ち、ひどく居心地の悪い生温かなあれそれだ。
おそらく、いつもの如く赤色辺りが絡んでくるのも時間の問題だろう。俺とアーシェ、それからニアを交えた微妙な関係は、そっくりバレたと見るべきか。
序列持ちの特別招待枠を用いてニアを呼んだアーシェ、そしてその招待に『Yes』を返し現れたニア。二人共に、今更隠す意思はないっぽいしな。
そんな彼女らはといえば、少し離れた位置で親しげに(?)なにごとか話をしていらっしゃる。ひたすらニアが押されていることだけは容易に察せられるが……まあ、険悪なムードは一切感じられないので放っておいて大丈夫だろう。
『問題』として彼女らの間に挟まっている身としては、一応は平和的に付き合ってくれるだけでも平伏ものである。
……………………ダメだ、やっぱ居たたまれねぇ。しからば《転身》。
「え、なにしてんの」
「全身全霊を賭した話題逸らし、かなぁ……」
すかさず飛んできた先輩からのツッコミに冗談半分で返しつつ、エルグランに代わり現れた【隠鼠の外套】を目深に被って顔を隠す。
残り半分の本音を言えば、単に空いた余暇の有効活用だ。時間が取れるのであれば、新たなビルド計画推進のためにも魔力を余らせておくのは勿体ない。
ということで――《鏡天眼通》起動。
十、二十、三十、四十、五十……ほい、MP枯渇につき店仕舞いっと。
「ん?――あぁ、そういう感じか」
「意外にマメというか、勤勉だねぇ」
で、事情に詳しくない人間が見れば謎でしかない俺の行動を、読み解けない者などこの場には居るはずもなく。フードの奥で瞳に灯った金色のエフェクトを見逃さなかったのだろう、南のタッグが納得したように言葉を漏らす。
思考加速スキルは、基本的にMPコスト馬鹿食いが仕様だからな。わざとらしく《転身》からの無駄撃ちなんかすれば、その意図など一発で気付けるだろう。
「…………先輩、転身体MID全振りなんだよね? まさかと思うけど、今のスキル五秒そこらで全部使ったの?」
続く呆れたようなテトラの問いにピースサインを返せば、天を仰いだ少年は耳を塞いで「詳細性能は聞きたくない」と宣った。
そりゃ残念。中々ユニークというか、ネタにできる類の面白性能なんだが。
「まあそんな感じで……といっても、流石に一日そこらじゃ新魔法が生えてくる気配は一向にな――――ぶぇっし!?」
「そりゃそうでしょーよ! 魔力トレなんて塵つも極小経験値なんだからさー!」
「こつこつ、積み重ねが大事」
と、空っぽになったMPを補充するべく魔法薬を取り出そうとしたところへ満を持して敵襲。頭の上に乗っかってきた重量に耐え切れず、虚弱貧弱な我が転身体はベシャッと椅子から転落して床に押し潰された。
声音の一つが頭上、一つが傍らから聞こえる辺り実行犯は一名の模様。しからば唸れ我が忠実なる右腕ッ――――
「はいよわよわー!」
「クッソがぁ……!! は な せ ! ! ! 」
戦闘時間二秒、勝者は不埒者、敗者は俺。
身を捻って繰り出した右腕はアッサリと宙で取っ捕まり、いくら力を籠めようと見た目はちっこい少女の手から逃れること叶わず。
次手に繰り出した左も続いて拘束されてしまい、両手を持ち上げられ屈辱の万歳である。オマケにMPまで空っぽだから碌に抵抗も出来やしねえ。
こんにゃろう……《コンストラクション》からの自由落下【愚螺火鎚】で諸共ペシャンコ道連れの刑にしてやろうか。
「いやぁー正直お兄さんの後衛姿とかぜんっぜん想像できないけど、魔法士に興味アリってんなら他でもないこの大先輩―― だ い せ ん ぱ い ! ことミィナちゃんがアレコレ教えてあげなくもないよ!」
「いやもう、うるっっっっっっっっっっさ!!!」
声でけぇんだよ頭の上で騒ぐなっつうのチビッ子爆弾め――
「んん~? なーになになにハー君ってば魔法士目指すのー? それならボクとお揃いの魔法剣士ならぬ魔法拳士もオススメだ、よッ!!!」
「なんか増えたし……! あっコラ、ちょ、脱がすなヤメロー‼」
そして、謎の増援の手で謎に外套を剥がされる俺。
自然、曝け出されるのは白髪と全身像――それは即ち、共に専属職人に弄り倒されてオシャレ完了してしまっている〝恥〟の具現。
しかして、次の瞬間。
「「「――――――――――」」」
一斉に静まり返った周囲の面々、そして騒がしい二階の様子を「なにごとか」と覗いていたプレイヤーたちの視線が集うのを察知。
助けを求めるでもなく、状況の推移に焦るまま流された視線が行き着いたのは……果たしてなにを思っているのやら、賑やかの中心地で構われまくっている俺へと視線を向けていたニアの顔。
俺をこうした犯人の片割れである職人殿は、唐突に目が合ったことに驚いたのかパチパチと瞬きをした後――
「んー…………美少女」
心の底から望まぬ誉め言葉をポツリと呟き、無慈悲な瞑目&合掌。
見捨てられた俺が一秒後、次なる騒ぎに飲み込まれたのは言うまでもない。
「……助けた方が、いいのかしら」
男性陣から口々に揶揄われ、女性陣には揉みくちゃにされ始めた想い人が奮闘する様を眺めながら。シャンパングラスを手に澄まし顔を努めているアイリスが、ほんの少しの嫉妬を呑み込みながら呟きを零す。
「いやぁ、別にいいんじゃないです……んんっ、いいんじゃないかなぁ」
対して、賑やかな騒ぎで毒気を抜かれたように緊張を解いたニアの言葉。横顔を窺えば、彼女の表情からは自分の胸の内と類するものは感じ取れず。
「……………………へへ」
怒りながら、騒ぎながら――素直な感情を曝け出すままに楽しんでいる姿を見て、その口元から零れ落ちたのは小さな笑み。
「……そうね」
果たして、彼女も自分と同じくポーカーフェイスが得意なのか……はたまた純粋に『彼しか見えていない』がゆえに、嫉妬の感情など抱く余地すらないのか。
どちらにしても強敵だ――と、アイリスもまた困ったように。
微かな笑みを零すと、静かにグラスを傾けた。
グラスの中身はジンジャーエール。