戦略的マイペース
「――別に、そんなに特別なものじゃない」
例により、隣り合ってのランチタイム。
友人たち主催の審問会から帰還した俺の『確認』を受けて、どこぞのお姫様は「なんだそんなことか」と言わんばかりの淡白な反応を見せた。
こちらもいつもの如く、給仕と並行して面白そうに俺たちを眺めている大人一人を他所に……問題のアーシェさんは、どこまでも平常運転。
「なにかのインタビューで『家族からなんと呼ばれているのか』って聞かれて、その時の答えが一人歩きしたの。許すとか許さないとか、私はそんなこと言っていないし、周りが勝手にタブーにしてしまっただけよ」
「あぁー……」
とのことだが――まあ、うん、ありそう。
ただでさえ、世界中からアイドルどころではない神聖視さえされている人物だ。エピソードというか、プライベートな情報一つ取っても、ファンが勝手に大騒ぎして謎ルールが形成されるのはそれっぽいかもしれない。
「……でも」
「うん?」
と、続く声音に引っ張られて目を向ければ……噛み合った視線から数秒後の未来を読み取った俺は、精神に即席の防壁を築き上げて対ショック姿勢を取った。
「そう呼んでほしいと私が頼んだのは、世界であなただけ。だから……あなたに呼ばれるのは、特別であることに間違いないのだけれど」
なお、ちゃちな防護壁は易々と貫通された模様。流し目からの微笑までセットだったことから、審議不要の百パーセント故意犯である。
「――まあ、どう足掻いても騒ぎは起こるだろうけど」
致命傷を受けて押し黙った俺への助け舟……なんて顔では断じてないが、食後のコーヒーを載せたトレイを片手に、傍らへ来た千歳さんが口を開く。
「世間にバレるタイミング的には、ここがベストだったと思うよ。これ以上ないほど〝騒ぎ〟が乱立するであろう状況だからね」
「それは、まあ……」
「もっとも、ぶっちぎりで君らのことに注目が集まるのは間違いないだろうけど」
「…………………………それも、まあ」
【剣ノ女王】の知名度や注目度合いは、今更考えるまでもなく世界最高峰。『白座』討滅だの御柱葬送だの、ワールドイベントアンロックだの謎カウントダウンだの超大型新人だのと対抗馬は多いが……正直、結果は見えている。
俺とアーシェの真実ただならぬ関係は、これより乱立する混沌とした騒ぎの中でも一際の注目と関心を集めてしまうことだろう。
「……俺、刺されたりしないだろうか。わりと真面目に」
「心配しなくていい。私が守る」
ノータイムの発言がイケメン過ぎるし訳分からんくらい頼もしさと信頼感を覚えるのだが、果たしてそういう問題なのだろうか。
「こちらもわりと真面目に答えさせてもらうけど、身の安全に関することは俺たちに任せてくれて問題ない。仮に暗殺者が差し向けられようと、君がなにも知らぬうちに解決しているはずさ」
「もう本当にどういう組織なんだよ四谷開発」
現実世界の話であるはずなのに、仮想世界ばりに理解が追い付かねえよ。
◇◆◇◆◇
「――という感じで、まーたいろいろ騒ぎになりそうで困ったもんだ」
「…………ハルも、なんだかんだで慣れ始めてますよね」
そんなこんなでレッツドライブからの仮想世界。
クランホームで昨日ぶりに合流したパートナーにアレコレ報告を終えれば、返ってくるのは呆れと感心が入り混じった微妙な反応であった。
そりゃもう、ここ数ヶ月を『人生もう一回やり直した』くらいの濃密なイベントに次ぐイベント、事件に次ぐ事件でお送りしてきたからな。
おかしな度胸も身に付いてしかるべきというか、なるようになあれの精神が育つのも無理はないという話。
とはいえ、流石にアーシェばりの鋼メンタルには程遠い。不安その他がないわけではなし、半分以上は見て見ぬフリの強がりでしかないのだが。
「ま、今は俺のことよりソラさんのことだよ。ぶっちゃけ、どの程度の祭りになるか予想が全く付かん」
「…………アーカイブ映像、都合よく私だけ映ってなかったりしないかな」
珍しくデフォルト敬語が抜けている辺り、おそらくは独り言。遠い目をして虚空を見つめる相棒に、そりゃ無理だと苦笑を零す。
参加した序列持ち全員……ルクスはどうするのか読めないが、それに加えて多くの一般枠参加者が今日明日にも挙って映像を投下するはずだ。
『色持ち』レイドに参加する条件には、それを容認することも含まれている。プライベート設定をOFFにして討滅戦に臨んだ以上、全世界に〝姿〟を晒すことになるのは確定した未来であった。
幸いな点と言えば、ソラは顔の造りこそ現実のままだが髪と瞳の色をガッツリ変えた上でヘアスタイルも大きく異なっている。パッと見の雰囲気的には別人だ。
冷静に考えれば現実世界で初めて会った際、疑いなく彼女だと見抜けた俺がちょっとおかしい部類である。これから【Sora】の顔が世間に知れ渡ったところで、リアルバレの危険性はそこまで高くないだろう。
最悪、謎組織こと四谷開発がどうとでもするだろうしな。
娘を溺愛している子煩悩な代表殿がソラのレイド参戦を止めなかったことからも、実際どうとでもできるのであろうことは想像に難くないのだ。
「ま、半分他人事くらいのノリで気楽にいようぜ。世間様の視線と声に一々気を揉んでても、胃が痛くなるだけだぞマジで」
「…………経験者は語る、ですか?」
「その通り。だから俺は、しばらくクランホームのハウジングに注力することにより現実逃避をする方針で行こうと思います」
わざとらしいフォローは入れるし、彼女自身も弱気や不安を見せはするが、実際のところ大して心配はしていない。
現実的な問題に関しては〝保護者〟たちが埒外のセキュリティをもって手を尽くしてくれるだろうから、真実『心配』など無用だろうし――
「――なら私も、ご一緒します」
「よし来た、資金は潤沢だぞ。手始めに共有スペースから、引き籠もりがドン引きするくらいキラッキラにしてやろう」
「それはいいですけど……えと、例えばどんな?」
「うーん………………そうだな、とりあえずミラーボールとか」
「ハルは一人で勝手に家具を買うのを禁止しますね」
「ちょっとタイム流石に冗談です許して」
俺の自慢のパートナー様は、精神面も十分以上に頼もしいのだから。
周りに化物メンタルが多過ぎて霞んでいるだけ。
おう君もだぞ主人公。