Time bomb
――雲一つない蒼空に、三つの人影が浮かんでいる。
白が一つ、蒼が一つ、そして白蒼が一つ。晴天の背景に溶け込むような色を纏うそれらは、視線を撚り合わせて眼下の『白』を見据えていた。
そして、そのうちの一つ……白蒼を纏った青年が、それはもうノリノリで、見ているこっちが『マジ勘弁してくれ自重しろ』と悶え苦しむほどの凶悪な笑みを晒すまま、もうお前誰だよと首を傾げたくなる高らかな声音でもって――吠え散らす。
『〝リベンジ〟かましに来たぜ――ツァルクアルヴッ‼』
「「Fuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuッ!!!」」
「一思いに殺せ」
「楓、ちゃんと息して」
「無理ぃっ……!」
『白座』との激闘から一夜明け、翌日の朝。
スマホが爆発するのではと心配が過るほどの鬼メッセ&着信に応えた結果、早くから強制召喚の刑に処された俺は友人たちに囲まれていた。
元より昨日のスケジュールについては共有済み。アーカイブにアップロードするデータを渡すため今日も合流する手筈ではあったので、予定通りといえば予定通り。
しかしながら、朝五時に叩き起こされ六時前に四條宅へ召喚されるとは聞いていない。エネルギッシュが過ぎるだろオタク大学生どもめ。
で、そんなこんなで今は編集前の元データ――【Arcadia・Archive】でしか弄ることのできない特殊な映像記録の鑑賞会中。
撮影者であるプレイヤーを基点に周囲全てが記録されたアーカイブデータは、単一の撮影者による記録であるにもかかわらず単一の視点には縛られない。
端的に言えば、これは二次元ではなく三次元的な映像記録。平面に切り取った単一視点の映像しか記録できないカメラとは違い、アルカディア世界における『撮影』は撮影者の周囲全てを記録するもの。
なのでデータの再生中だろうと視点は基本自由に動かせるし、一人称も三人称も思いのまま……とまあ、大体そんな感じ。
既存の映像技術とは根本を異にする、オーバーテクノロジーの一端である。
なお複雑怪奇なその仕様により、編集作業もまた複雑怪奇かつ高難易度。動画編集のプロである楓のお姉さん&秀才大学生チームが度々悲鳴を上げる程度には、難しいお仕事となっているようだ。
俊樹曰く、まだ受験勉強の方が楽だったとのこと。安くはないバイト代が出ているはずなので是非とも頑張っていただきたい。
――んで、
「それではノゾミン尋問タイムに移りたいと思いまーす」
「「「異議なし」」」
「異議あり」
一通り映像に目を通した後、まあ予想通りというかいつもの質問タイムならぬ尋問タイムへと状況は移行。珍しく楓までも躊躇なくノった流れに反旗を翻してはみたものの、悲しいかな俺の異議は満場一致でスルーされた。
尋問とは穏やかじゃないが、問われるであろうことは大体予想が付いている。はてさて、先に来るのは一体どちらか――
「まずは軽い方からいこっか。あの激かわパートナーちゃんとのご関係は?」
「自分で答え言ってるぞ。その通り、パートナーです」
と、まずはソラに関する方からツッコまれるようだ。軽い方……まあ、事実を知らなければ軽い方には違いないのかね。
ソラが四谷令嬢こと『四谷そら』であることも、アレコレしがらみを回避するために俺と偽装婚約状態にあることも、当然友人たちには共有できていないし今後もする予定はない。
とはいえアルカディアを通して知り合い、パートナーとなった『ソラ』のことまで隠すつもりはなかった。なので、バレたらバレたで迷いはない。
「あれこれ勘ぐられるのも面倒だから、一気にいくぞ――」
こうしてソラとの出会いからなにからを語るのも、もう何度目か。
ゲームを開始したその日に出会い、続く冒険を共に歩んできた過程を所々端折りつつもぶちまけてやれば……ハイ出ましたそのリアクション。
「お前やっぱラノベ主人公だろ」
「なーにその御手本みたいなボーイミーツガール」
「……逆に、どうしてそれでパートナー止まり?」
「…………!!!!!」
最後の楓は大丈夫か、息してる?
ともあれ、これに関しては多少の羞恥は呑み込んで堂々と〝宣言〟してやるのが手っ取り早いと、これまでの経験から俺は学んでいた。
「――大切な相手ではある。だから、あんまり茶化してくれるなよ」
「……ぅおう…………」
「わひゃー……」
「……ん、了解」
「…………!!!!!!!!!!」
「美稀さん、レスキュー」
「楓、息して」
ということで、一旦は四人を納得させることに成功。若干一名の容体が心配だったが、呼吸は問題なく行っていたようでなによりである。
「……んで、お次は?」
俺も俺で恥ずかしかったが、こういうのは聞かされる方も恥ずかしいものだろう。勢いを削がれたのか、なんとも言えない顔で沈黙した友人たちを促す。
そうすれば、気を取り直して次なる問いを繰り出すのは――
「アーシェ」
微かに頬を染めつつ気まずそうに黙ってしまった翔子に代わり、美稀。
「『お姫様』のこと、そう呼んでた」
「だな。本人からの要望というか、愛称で呼んでほしいって半ば強制――」
「家族」
されたもんだから…………うん? なんて?
「家族、とは?」
聞き返しながらも、なにやら嫌な予感が募る。これはそう、いつものアレ――即ち、俺がなにか致命的な知識を欠いている時の空気感。
俺はアーシェ、アイリスことアリシア・ホワイトに関する情報を進んで調べたりはしていない。リアルでも知り合った友人……まあ、そうな。
友人以上の相手のことをリサーチするのは気が引けるというか、知り合うのであれば本人と言葉を交わすべきだと思っているから。
しかし、おそらく今回はそのポリシーが致命的だったのだろう。
「彼女のファンの間では、有名な話だと思うけど」
美稀の口から、淡々と紡がれた〝新情報〟は、
「その呼び方を許されてるのは、彼女と特別に親しい間柄――つまり、家族だけ」
俺にとってはある意味、死刑宣告にも等しい爆弾に違いなかった。
「…………どういう関係になっているのか、聞いても?」
「………………………………………………と、りあえ、ず……」
保留、にしてもらっていいかなぁ。
どこぞの『お姫様』に、ちょっといろいろ確認しなければいけなくなったから。
どこぞのお姫様「親しい人はそう呼ぶ。嘘は言ってない」