リベンジマッチをもう一つ
「――ったく……」
「あーもう、ごめんてば。拗ねないでよー」
結局あれからニアが正気を取り戻すまで暫く掛かり、ただでさえ疲労困憊の俺は精魂尽き果てて一人ソファに沈んでいた。
で、流石に暴走し過ぎたという自覚はあるのだろう。
依頼受領を経て仕事モードに切り替わり、机に噛り付いて早速〝設計図〟作成に取り掛かっているニアから謝罪の声が飛んでくる。
デザインがどうのパターンがどうのと難しいことを言っていたが、目まぐるしく飛び回り続ける手元を見るに作業速度が狂っていることは間違いなかろうて。
単に元から疲れているだけで、俺とて別に本気で怒っているわけではない。
逆の立場だったら俺も相手を死ぬほど弄っているだろうことは想像に難くないし、いつものクオリティで仕事に臨んでくれるのならば文句はないのだ。
…………………………まあ、ニアに関してはそういうことでヨシとして。
「あの、ほんと適当でいいんで……」
「そう言いなさんな。折角なんだから、アンタも楽しんだ方が得だよ」
もっともらしいことを他人事のように言いながら、明らか普段の三割り増しくらいで機嫌良さげなカグラさんは俺の髪を弄る手を止めようとはしない。
とりあえずこのアホみたいな超長髪をどうにかしようと、ニアに『コスメ』を借りてバッサリいこうとしたらこの始末。
迷いなくショートカットに編集しようとした俺は秒でニアにキレられ、正座からの説教を喰らい、便乗したカグラさんに好き勝手されているというわけだ。
俺の意志が無限に受理されない。
「いや、楽しめと言われましても……」
「別に可愛くオシャレしろって訳じゃないさね。姿が変わったなら変わったで、似合う格好を探してバチっと決めりゃいいんだよ――ほら、こんな感じとか」
と、試行錯誤を経てなにがしかの結論に行き着いたのだろうか。慣れた手つきで髪を弄っていた手が止まり、後ろから差し出されたのは手鏡。
ソラもそうだけど、女性プレイヤーの必需品なのだろうか。
で、こっちに目をやったニアが机の向こうで「ほぁああぁああああ……!」とか妙な鳴き声を漏らしてるのが不安で仕方ないんだが――
「……………………………………」
受け取った鏡面を覗き込めば、俺は眉根を寄せて黙り込むしかなく。
「悪くないだろう?」
「…………………………顔が良いって、ズルいよな」
鏡の向こうから見つめ返してくる己が顔は、呆れ歪めてなお薄ら寒くなるほどの馬鹿みたいな顔面偏差値を誇っていた。
どこもかしこもスッと通った綺麗なラインで形成されているくせして、絶妙に柔らかそうな丸みを帯びた頬。形がよく愛嬌のある鼻に、小さな桜色の唇。
微かに吊り目気味のパッチリ青眼は、当の〝中身〟がどう思うかなど知ったことかと言わんばかりキラッキラに輝いている。睫毛なげぇ。
ぐうの音が出ないとは、まさにこのこと――加えて髪までおめかしされてしまっては、俺もアレコレ思うところはあれど納得せざるを得なかった。
普段の姉御肌ロールプレイだけを見れば、意外と言わざるを得ない見事な手際。膝裏まで伸びていたスーパーロングストレートは綺麗にかき上げられて纏められ、頭の左横で一房の長い尻尾に早変わり。
首元がスッキリして、煩わしさが解消されたのは素直にグッド。そしてなにより、悲しくなるほど似合っている。
この目に映っているのが単なる見知らぬ少女であれば、俺もこんな風に顔を歪めず手放しに「可愛い可愛い」と賞賛を贈れたことだろう。
だ が 男 で あ る 。
なにが悲しくて、正真正銘『男』としての自己認識を保ったままサイドテールの刑などに処されなければならないのか。
「きっつ……」
「なんでよいいじゃん似合ってるよ!!!」
「俺は精神的な話をしてるんよ……」
……まあ、いつまでも文句を言っていても仕方ないか。
追々呑み込んでいこうな。
「……ちなみに、なぜサイドテール?」
「うん? そりゃ当然……――可愛いだろうと思ってさ」
「さっき可愛くオシャレしろって訳じゃないとか言ってませんでした???」
「そしたら、アタシは満足したから先に御暇するよ」
「自由人め……‼」
手をヒラヒラと振りつつアトリエを出て行こうとする【遊火人】様は、言葉通り満足そうにカラカラと笑いながら、
「こっちは一週間ほど貰う――〝イベント〟とやらには間に合わせてみせるから、大人しく待っときな」
「あ、はい。よろしく頼みます……」
必要な『素材』は預けたし、注文もしっかりと伝えた。
なのでいつもの如く、心配などありはせず信頼しかないのだが……なんだろうな、この納得いかない感じは。
「二人とも、肝心の『白座』攻略について興味なさ過ぎでは……?」
「興味がないわけじゃなくて、実感が薄いから反応しにくいんだってば」
カグラさんが去っていったあとで呟けば、俺を見て頬を緩めたり机に向かい真剣な顔をしたりと大忙しなニアがそんなことを言う。
「そりゃ凄い凄い大事件だーっていうのは理解してるけど、あたしたちまだ〝見てない〟んだもん。ワールドアナウンスを聞いただけじゃ、当事者のキミたちみたく素直にお祭り騒ぎはできないって」
「あー…………まあ、そう言われれば……?」
「もちろん、人によると思うよ。実際、外も現実も大騒ぎにはなってるだろうし……あたしとカグラさんは、事前に今日のこと知ってたってのもあるし」
そこで、また顔を上げたニアと視線が交じわる。ジッと俺を見つめる藍色の目が、嬉しそうに眇められて――
「……だから、アーカイブ楽しみにしてる。どうせキミは格好良いんだから」
「…………………………」
ほんとコイツ卑怯。
コイツこそズルいというか犯罪だろ本当に。俺の反応を見てニマーっとしたところからも故意犯であることは百パーセント明らか逮捕されろ。
「と、いうことでぇ……――――ハイできたぁっ‼」
誠に遺憾ながら白星を掻っ攫っていった【藍玉の妖精】殿が、カリカリカリカリと書き込んでいた〝設計図〟の一枚を掲げて高らかに声を上げる。
俺に見せつけるように掲げられた紙面に描かれているのは――
「……え、あれ、衣装の設計図を作っていたのでは?」
「そんなんもう終わったし!!!」
「はえーよ俺の周りの職人様はどいつもこいつも」
迫真のドヤ顔を浮かべるニアの手に在るのは……見覚えがあるどころではない、とある宝飾のアレンジデザインが記された一枚の図案。
それは真実、俺と彼女が出会うキッカケにもなった特別な宝石――過去、ニアが『可愛くない』と言って匙を投げた紅玉兎の宝物。
「……そしたら、早速お願いしようかね」
「ふふーん、任せなさい。覚悟も準備も万端ですとも!」
ソファから立ち上がり、コトリと机の上に置くのは【紅玉兎の髪飾り】。
――そして、相反する藍に輝く【藍玉の御守】。
ニア曰く、自信はアリ。しかし理論が煮詰まったのがほんの数日前ということで、ひとまずこちらのリベンジマッチは保留にさせてもらっていた。
単に、万が一にも失敗する可能性を考慮してのことである。
他でもない『白座』討滅戦を目前にして、強化失敗からのビルド瓦解なんてまさかの大事故を起こした日には……まあ、笑い話にもならなかっただろうから。
しかし問題のイベントは今日、無事に勝利で締め括られた。しばらく休養がてら大人しくしている予定だし、今なら仮に強化が事故っても挽回の時間は取れる。
ゆえに、もう待ったを掛ける理由はないのだ。
「どれくらい掛かる?」
「衣装は三日……や、二日ちょうだい。こっちは今すぐできるよ」
言いつつ、差し出された二つの宝飾を攫うニアの手に迷いはない。あの日から密かにアレコレ改良案を考え続けていたというのは、嘘ではなかったようだ。
既に完成しているがゆえ、一度は手を加えることを放棄された唯一の宝物。
かつて『アンタが無理なら他の誰でも無理だろうよ』と【遊火人】に言わしめた宝石細工師は、その藍色の瞳を輝かせると――
「それじゃ……――――覚悟しなさい、可愛くない宝石ちゃんめ」
二つの宝飾を重ね合わせて、自信満々の笑みを浮かべた。
――――そして、数分後。
「はいニアちゃん天才どうだ参ったかぁ!!!」
「近い近い近い近いッ……‼」
振り回されるその手に輝くのは、〝藍〟と〝紅緋〟が調和した見事な宝飾。
〝俺たち〟に続いて悲願のリベンジを果たした【藍玉の妖精】が、そのテンションを余すことなく爆裂させたのは言うまでもないことであった。
【藍心秘める紅玉の兎簪】装飾品:髪飾り MID+200 ※譲渡不可
藍玉の祈りと紅玉の護り、織り重なる彩を宿した宝飾の髪飾り。
籠められた祈りは二つ。籠められた願いは二つ。秘める祝福は、限りなく。
あなたの果てなき道ゆきを、この輝きがどこまでも、光照らしてくれますように。
特殊効果1:『紅玉の加護』
・戦闘時に装備者が致命的なダメージを負った際、一度に限りこれを無効化する。
特殊効果2:『藍玉の祈り』
・強化効果『決死紅』を任意起動可能なスキルとして獲得する。
・起動権は一戦闘につき一度限り。
特殊効果3:『藍玉の御守』-《ピュリファイ》-
・籠められた魔法を一つ、一度に限り任意で即時発動できる。
・《ピュリファイ》:対象者単体の状態異常効果を即時全解除。
強化効果:『決死紅』
・装備者の精神を等分した値を敏捷及び器用の値に加算する。
・任意で効果を終了可能。継続中、全ての体力回復効果を無効化する。
・三種の特殊効果を全て行使した際、この装備は『破損』状態となる。
・戦闘終了時に『破損』状態であった場合、この装備は修復される。
・戦闘終了後、特殊効果1及び2の使用権は即時補充される。
簡単に言えば『致死無効』と『決死紅』がそれぞれ独立した効果として扱えるようになり、その代わり『決死紅』を発動すると持続中は体力回復が不能になった。
更には【藍玉の御守】の能力が統合、もひとつオマケにMID補正が+50UPしてる。オマケで上がっていい数値じゃない。
見た目は元の『流れ星っぽい兎のシルエット』を活かした簪。メインの宝飾部分が紅色、台座や足部分が藍色。足部分がかなり短めなので簪というよりはヘアピンブローチに近いやも。任意の箇所にぶっ差すと髪型を自由な形に編集&固定できる素敵仕様で、結ぶ形にする場合どこからともなく緋色の飾り紐が現れ結ってくれる。