断固として
重ね重ねになるが、難しいアレコレは全部そっくり後回しだ。
議論の場を設けて語り合いたいことは、明日に計画された祝勝会までお預け……というか、結局最後までピンピンしていた誰かさんを除けば『とにかく今日は休ませてくれ』で意思は統一されていただろう。
とりあえず一度ログアウトして精神クールダウンに入る者、そのままベッドに倒れ込み酷使した脳を休める者――様々だろうが、レイドの先頭に立って力を振るった序列持ちメンバーも疲労が色濃いのは同じこと。
ミナリナへの報告と戦果伝達を終えれば、四柱の時と同様にそれにて一旦解散。なんともホワイトなことで結構だが、冷静に考えなくともこれ娯楽なのよね。
締めるところは締める、緩めるところは緩める。現実と仮想の線引きの話ではないが、その辺に関してこっちの住人たちは相当しっかりしているのだ。
――んで。そういう訳で俺とソラも緩い『おつかれさまー』から『また明日ー』を経て、数分ばかりの雑談タイム後に東の円卓を後にした。
これもまた四柱の時と同様だが、今日は一旦と沈めた〝熱〟は明日の祝勝会で存分に大爆発することだろう。
転身システムを始め、あの時以上に話の種には事欠かない。午後からルヴァレストを貸し切って盛大なパーティを開くそうだが……さて、どうなることやら。
ちなみに順当というか、疲労の極致に達してフラフラだったソラさんは一旦ログアウトの運びに。元気が出たらまたログインしますとは言っていたが、あの様子を見るに下手すりゃ寝て起きたら明日になってそう。
俺とは違って、あの子あんまりキッッッツい幻感疲労って経験したことなかったからなぁ。あると言えば【神楔の王剣】との初戦くらいか?
鬼教官……もとい雛世さんのコーチングは見る限り匙加減が絶妙で、精々が『超疲れる』程度というか行動不能になる一歩手前で調節されてたし。
いや仕方ないというか、本当によく頑張ったからな。
マジでなんで序列入りできなかったのか謎で仕方ないレベルの大活躍だったのだから、しっかりぐっすり身体を休めてほしいものだ――
…………………………………………で。
いつまでも、思考の殻に引き籠って現実逃避はしてられない。
東の円卓を後にした俺が信頼の先輩隠密便に世話になって足を運んだのは、とりあえず今回の戦果を伝えるべきであろう専属職人たちのおわす城。
西陣営二大職人ギルドの片割れこと【陽炎の工房】セーフエリア支部、その内にあるもはや通い慣れたアトリエの一室にて。
「――っ……ふ、くくく……!」
「とりあえず、いくら払えばスカート履いてくれるかだけ教えてくれるかな?」
「オーケーそれ以上近付くな……俺は金で魂を売るつもりはないッ……‼」
心底楽しそうに腹を抱えて、隠そうともせず笑みを散らす赤髪の職人。
至極真剣なガチトーンでとち狂ったことを宣う、目の据わった藍色娘。
そして、壁際に追い込まれながら無為な臨戦態勢を取る白髪美少女(俺)。
こうなることはわかっていた。火を見るよりも明らかだった――けれども、いろいろ理由もあって来ない訳にはいかなかったんだよ。
世話になっている職人二人への戦勝報告を欠かすわけにいかない……という理由がメインではあるが、転身体用の装備に関する相談を早めに済ませておきたかったというのも大きい。
思惑あって暫くはこっちメインで過ごすことになるため、クッッッソ目立つこの容姿をどうにか中和できる隠密衣装の取得が急務なのだ。
なのでカグラさんはともかく、ニアにこの姿を披露するのは遅かれ早かれだった。つまり、こうなるのも遅かれ早かれだったというわけだ。
「っはぁー……ったく、本当に飽きもせず笑わせてくれるもんだよ」
「これまでの付き合いで察してくれてると信じて言わせてもらうけど、意図して面白イベント引き起こしてるわけじゃないんだよなぁ!」
「…………気を付けなよアンタ。そのなりで怒った顔しても、可愛いだけさね」
「どうしろってんだよ……‼――あ、やめ、おまっ……! 俺に触るなぁ!」
基本こういった場面では他人事というか、傍で笑っているタイプの享楽主義者とのやり取りに気を取られたのが悪手だった。
自分の物とは思えない細い両手で築き上げていた防壁を擦り抜けて、ニュッと伸びてきた魔の手が伸びた先は――顔面。
より正確には、両の頬。
「うっっっっっっっっっっっっわぁ…………本当に女の子じゃん……!」
「はあへ、ほおッ……!」
むぎゅりむぎゅりと容赦なく頬を捏ね回されながら抵抗するも、正真正銘〝無力〟の体現たるこの転身体ではニアとすら勝負にならなかった。
切ない。
「ちょ、あ……ちょっと待って無理、やば……カグラさん! カグラさんも触ってみてほらこれヤバいって……‼」
「うん? じゃあ失礼して」
いや「失礼して」じゃないんだよ許可を取るべきは不埒者ではなく俺なんぅむべべべべべべっ………………ハイもう怒った怒りましたぁ‼
「うわっひゃ?!」
「お、っと……!?」
いくらステータス的に肉体性能が死滅していようとも、我こそは【曲芸師】――《コンストラクション》を始め、スキル諸々は引き継いでんだよなぁ‼
クイックチェンジ系統のスキルは、切り替えと言いつつ単純にインベントリから装備を取り出すだけの一方通行も可能な器用万能なのだ。
しかしていきなり目前に物が現れれば、日々戦闘にどっぷり漬かっている修羅勢はともかく一般人なら誰だって大概は驚くものだろう。
西陣営の二つ名持ちである彼女らが一般人かはともかく、少なくともビックリ耐性が俺たち戦士プレイヤーよりも乏しいのは間違いない。
俺の顔やら髪やらを揉みくちゃにしていた二人は思惑通り、突然目の前に舞い現れた【蒼天六花・白雲】に驚いてパッと手を放した。
後退った二人を見止め、衣装をインベントリへ再格納――そして躊躇なく、新スキル《ルミナ・レイガスト》を起動する。
「よーし動くな大人しくしろお触りタイムは終了だ……! 一歩でも近づいたら部屋の中で竜巻が解き放たれることになるから覚悟しろよ……‼」
四肢……ではなく身体全体に纏った風の護りを盾と成し矛と成し、アホみたいに長い白髪をわっさわさ暴風に揺らしながら迫真の威嚇を試みる。
………………おい、こちとら威嚇してんだよ。
ヤメろ、そんな微笑ましそうな顔で俺を見るな……!!!
「ええい話が進まん……! いい加減に依頼内容へ移っていいですかねぇ!?」
「あ、はは……ごめん、ごめんて。調子に乗り過ぎました――――わかったから、その前に一つだけお願いしてもいい?」
「……聞くだけ聞こう」
「スカートを――」
「いくら積まれても魂は売らんッ!!!」
俺は、男だと、言ってんだろうが!
男だそうです。
溜まってきた未解説スキルや装備品に関しましては三章終了時にまとめて間章で紹介の場を設けようと思っています、申し訳ありませんが今しばらく待たれよ。