転身の硝子玉
――さて、諸々難しいことや疑問点はクールダウンを挟み後日に回すとして。
どこか神聖さを感じさせる意味深なエンディング演出を見せられたせいで、盛り上がりのタイミングを逸していたプレイヤーたちがざわめき始めていた。
それら誰もが手にしているのは、手のひらサイズの硝子玉……見る角度によって名のままにガラスの如く透き通っていたり、或いは鏡のように反射して持つ者の顔を映したりと不可思議な物体である。
【転身の硝子玉】――『白座』討滅によりレイドメンバーへと贈与された、新たなシステムの先行体験チケット。その実態は、
「なんだこの究極の選択肢……」
「「「「「……………………」」」」」
困惑のままに呟きを漏らした俺に追従するのは、同じく『どうしたもんか』と困ったような戸惑ったような顔をしている男性陣の無言の声。
問題の新システム君がそれなりにガッツリとプレイヤー性能へ関わってくる代物であったため、自然と序列持ちが集まり会議の体を成したのだが……。
「……これ、どっちがいいと思う? えーと……とりあえず外見は抜きにして、性能的な話で各自の意見を聞きたいと思います」
女性陣も女性陣で、先行実装アイテムの効果に驚いてはいる様子ではある。けれどこの場にいる彼女たちが特殊なのか、女性がそもそも大して気にしない性質なのか、わからないが俺たちよりは落ち着いている。
今も黙っている男性陣代表として音頭を取ってみる俺を他所に、ルクスなんかは既に耳と尻尾生やしてドヤ顔してるし。
そう、だからまあ……まずは外見を抜きにして。
【転身の硝子玉】という名の通りプレイヤーに授けられる二種の《転身》スキルのうち、どちらを選ぶべきかを問うていきたい。
《転身》――任意で編集可能なもう一枚のステータスを得られる方か。
《纏身》――ひとつの能力値が消滅する代わりに、他が大きく強化される方か。
「…………《纏身》は、博打的な部分が大き過ぎるとは思う。消滅するステータスと強化されるステータスを自分で選べるならまだしも、一度限りのシステム任せなランダムスロットは厳しい」
「それだよな。俺なんかは、仮にSTRが消し飛んだら話にならない」
ルクスに視線を向ける囲炉裏の意見にオーリンが同意を示すのを見ながら、同じくいろいろと『話にならない』状態になりかねない俺も頷く他ない。
俺の場合STRはまだカバーが利くとしても、その他にAGI、MIDどちらが失われてもビルドにわりと致命的な変調を来すだろう。
あと、一応はLUCもか。
残念ながらというか幸いというか、今回は追加された新能力を活かす機会がなかった【蒼天六花・白雲】だが、LUC参照の防御力計算は据え置きであるゆえに。
「最悪、ハズレを引いたら使わなければいいだけ……ではあるよね」
「もう片方はビルドを二枚持ちできるようになるだけで、単純強化って訳じゃないからね。勿論、それが強化になる人もいるだろうけど」
続くフジさんとテトラの二人は、押すまではいかないが《纏身》をやや上げか。こちらの言い分も真っ当というか順当なものではある。
「……俺、実はSTRぶっぱの脳筋ビルドもやってみたいんだよな」
「お、いいね。一撃特化は敏捷特化と別方向で爽快だぞ」
「もう完全に【曲芸師】じゃないよねそれ。今だって器用ゼロの癖に」
ぽつりと半ば以上の独り言を呟けば、同志歓迎とばかりニカッと笑うオーリンとすかさずツッコミを入れてくるテトラ。
そう言うオーリンの方も、俺と同じく《転身》を選んだ方が無難かつ大きなリターンが約束される側だろう。
ステータス切り替えは多少なり制限があるとはいえ、戦闘中にも使用可能。そのため彼であれば、敏捷特化の能力値で魂依器の一撃を当てた後ラッシュの隙を見てメインに切り替え全力粉砕……みたいな戦術が取れるようになるわけだ。
要は《纏身》を使うまでもなく尖ったスタイルのプレイヤーほど、足りない点を柔軟に補えるようになって『強い』ということ。俺も脳筋ビルドは憧れ十割の冗談として、《転身》を選ぶとすればやりたいことが一つある。
あとテトラは『単純強化ではない』と言っていたが、実は一点明確に約束されている特大の強化点があるんだよな――表と裏で、MPを二枚持ち可能になるっていう。
魔法士であれば、これはシンプルにメチャクチャ強い。近接戦士の癖に魔力を馬鹿食いする俺のアバターにも、噛み合っていると言えるだろう。
「でも君の場合、博打の方も期待値は高いだろう」
「それはそう」
囲炉裏の冷静な指摘も、掌クルクルで申し訳ないがまた正しい。潰れたら終わりなステータス以上に、俺は潰れても問題ないステータスが多いのだ。
慣性ブーストと武器の性能ゴリ押しでフォローが利くSTRに、元より存在しないVITとDEX。ついでにLUCに関しても最悪潰れてもなんとかなりはする。
《纏身》中は防具の性能がガタ落ちするというだけで、攻撃一辺倒の背水強化状態として扱えばなにも問題はない。
つまり、三分の二の確率で大幅な強化が見込める……と、即決が難しい側の一人と言えよう。裏を返せば、どちらを選んでも間違いではないということ。
いや《纏身》でハズレを引いたらそりゃ厳しいが、本当に最悪の場合はソラさんの《天秤の詠歌》を頼るという反則技もあることだし――
「「――決めた」」
「マジ?」
悩む俺を他所に、同時に言葉を発したのは南のタッグ。
意図せずハモった互いを微妙な顔で見やりながら、オーリンとフジさんがそれぞれ【転身の硝子玉】を掲げていた。
「…………もうちょい落ち着いて考えた方が良くねえか?」
ジッと黙って議論を聞いていたゴッサンが、珍しく歯切れの悪い様子で待ったを掛ける。しかしながら、二人は自らの決を曲げるつもりはないそうで。
「悪い、長々と悩むのは苦手なんだ」
「考え抜いた末の答えなら、遅いか早いかの違いだけだよ」
そう言いながらタイプの違う笑みを浮かべて、二人の手が同時に硝子玉を割り砕いた――次の瞬間、変化は即座に訪れる。
パキンと些細な音を立てて粉々に砕け散った【転身の硝子玉】が光の粒子へと姿を変え、各々のアバターを包み込み……一際強いライトエフェクトが放たれた後、その姿は現れた。
「…………なるほど。これはなんとも、おかしな感覚だね」
片や髪に紛れる飾り羽と、背に小さな翼を生やした【全自動】殿。
そして片や――
「あー…………ちょっと待ってくれ。いざこうなると、思った以上に恥ずいな」
正しく『どちら様ですか?』とツッコまざるをえない、ハスキーなお声で呟き鳶色の髪を揺らすスレンダー美女――もとい、性別が裏返った【剛断】殿。
二人に現れた変化は……つまるところ、そういうこと。
今度は性能的な話を抜きにして、先にさておいた〝外見〟の話をしよう。【転身の硝子玉】のフレーバーテキストには、こうある。
――別世界の己を映す硝子鏡、と。
即ち、選べということだ。
性別の異なる自分となるか、種族の異なる自分となるかを。
好き嫌いが別れる要素だと思いますので先手を打っておきますが、《転身》システムによりガチガチのTS萌え展開が発生することは本作においてありません。
基本的には軽いネタ程度の運用になる想定ですので、苦手な方はご安心を。またお好きな方はご了承くださいませ。