永き微睡みの果てに
空を翔けるのが、好きだった。
――――あなたの名前は、アルヴ。
過ぎていく雲を眺めるのが、好きだった。
――籠めた願いは『自由』、預ける力は『境界』。
遥か上から見下ろす大地で、
――何者にも染まり、何者にも染まらない、白き守護者よ。
生命が芽吹き、営む姿を見守るのが好きだった。
そして、なによりも、
――どうか、この世界を守ってあげて。
耳朶を打つ、尊き『彼女』の声音が、
――あの人が愛した、私たちの理想郷を。
鼻先を撫でる、柔らかく温かな手が、
――私も永遠に、あなた達を見守り続けるから。
慈愛に満ちた、その微笑みが、世界のなによりも、好きだった。
◇◆◇◆◇
――――――――――……
――――――――……
――――――……
――――……
「――――――――っ」
自らが放った『雷』が〝竜〟を貫き、世界が真白な光に包まれて――目を開ければ、俺は地面に座り込んでいた。
なにかを、見ていた気がする。
なにかを聞いた気がする。けれど……わからない、思い出せない。仮想世界のことを忘れないはずである『記憶』の才能が、仕事をしていない。
気のせいか――狐につままれたような思いで辺りを見回……そうとして、重過ぎる身体が言うことを聞かなかった。
代わりに、身動ぎをして気付く。背中合わせに、同じく座り込んでいるソラとアーシェの姿がすぐ傍にあることを。
その内、俺と同じように呆然とパチクリしている琥珀色の瞳と目が合って、
「……………………えっ、と……なにか、見たり聞いた?」
「はい……?」
「……?」
しかし、ソラから返ってくるのは「そもそも質問の意味がわからない」といった反応。隣でやり取りを聞いていたアーシェも、同意を示すように首を傾げた。
………………オーケー、わけわからんけど白昼夢(?)ってことにしておこう。
さて、それじゃあそろそろ現実を直視する時間だ。
白竜との戦いの後、三人揃って送還されたのは『白』の目前。
おそらくは真なる姿だったのだろう白竜とも、『赤』がアレコレ絡んでいたのだろう分け身の姿でもない――始まりに邂逅した、あの『白座』の姿。
奇怪極まる、どこか冒涜的な姿。
けれど、何故だろうか。相変わらず大窪地の中心に在り、力なく巨体を横たえたその姿が……今この時、俺の目には物悲しいモノに映っていた。
「………………」
シンと静まり返った世界で、自然と口を噤みながら。ようやく僅かながら動くようになった身体に鞭打って、グルリと周囲を見渡す。
皆、此処にいる。
『記憶』に間違いがなければ、脱落したはずの者たちさえ揃っている。各々が、激戦の中から突然に摘まみ出されたと言わんばかりの顔で立ち尽くしていた。
全員が、ただ一つの光景に目を奪われれるまま。
真紅の大穴も、地を砕き抉った激戦の爪痕も……なにもかもが消え去り、静寂を取り戻した『白』の寝床。
その中心に在る【白座のツァルクアルヴ】――白き御柱に、雲間から差した陽の光が降り注いで、
『――――――』
虚空から滲み出すように。白竜の傍らに姿を現した赤鹿が、風の音に似た不思議な声鳴りでなにかを語りかけた。
動かぬ竜は答えない。
赤雲によって形作られていた巨体は見る影もなく、竜に比して余りにも小さな体躯の鹿が歩み寄ってゆく。
見えぬ竜は応えない。
そうして、最期に。
赤鹿は、まるで親しい友や愛しい者へそうするように、
地に伏した白竜の頬へと優しく身体を擦りつけて――最初から存在しなかったかのように、消えていった。
そうして、最期に。
『――――――――――――』
こたえた竜は、空を仰ぐように微かにその身体を持ち上げると――彼方まで響くような美しい声鳴りを残して、散り散りの光となり、
最初から存在しなかったかのように、消えていった。
なにも、わからない。理解は及ばない――――けれど、
言葉はなく、背中合わせの影で両手を、誰かと誰かに握られて……。
「…………………………はは、なんだこれ」
困惑のまま、己が感情を無視して涙を零していた身体を自覚して、
俺は誤魔化すように、ただ笑った。
――――そして世界に、鐘の音が鳴り響く。
◇【白座のツァルクアルヴ】の討滅が果たされました◇
◇転移門システムがアップデートされました◇
◇転身システム・アルファがアンロックされました◇
◇【赤円のリェルタヘリア】の葬送が果たされました◇
◇ワールドのフェーズが移行します◇
◇【白座のツァルクアルヴ】の葬送が果たされました◇
◇ワールドのフェーズが移行します◇
◇ワールドイベントシステムがアンロックされました◇
◇【星空が棲まう楽園】解放までのカウントダウンを開始◇
07:10:36:15
三章第三節、これにて了といたします。