夜明けて白、葬送を唄う始まりの名は 其ノ伍
果ての見えない大穴を落ちていく長々とした時も、すぐさま俺たちを呑み込むと思えた暗闇も、そこに在りはしなかった。
踏み切ってから落下の感覚に包まれたのは、ほんの数秒のこと。躊躇なく飛び込んだ身体を、散々体験した強制転移の予兆が襲い――
「「「――――――」」」
目を見開いた俺たちは、次の瞬間。雲一つない真っ青な空に投げ出されていた。
「おい……空飛べないやつはどうすんだよこれッ‼」
「――ハル、アイリスさんを!」
「わかってる!」
一応、ソラは大丈夫だ。
俺の相棒は空を自在に舞う魔剣の主、どうにでもなる。しかし基本的にこのゲームは、プレイヤーが空を駆けることを良しとしないデザインな訳で。
「っ……!」
「掴まってろ! 舌噛むなよ‼」
さしもの【剣ノ女王】様も、空は飛べない。驚きのまま目を見開いて自由落下していた身体を攫いながら――《空翔》起動準備。
想定出力一割、それでも速いが……進化した運搬スキルこと《月揺の守護者》が、前身たる《守護者の揺籠》に倍する防護性能で負荷を相殺してくれるはずだ。
しからば、向かう先はただ一つ。
「大体ビンゴだろこれ――開幕から全力全開で行こうと思うけど異議は!?」
「ないっ!」
「ありませんッ!」
上空から落下するまま、俺たち三人の視線が集うのは眼下の一点。
つい先程まで身を置いていた戦場に瓜二つの大窪地、その中心に在る――見覚えのある『白』が形作る見覚えのない『姿』。
その姿は、真の意味で正しく〝竜〟……長い首に、長い尾。逞しい四足で地に屹立し、巨大な翼を備えた空想の怪物を表す容。
美しさと恐ろしさと畏ろしさの体現、神聖さを感じさせる金の瞳を備えた頭部の上に、天使の輪の如き光輪を備えた巨躯の〝白竜〟――
果たして、どちらが本来の姿なのかは知る由もないが、
「〝リベンジ〟かましに来たぜ――ツァルクアルヴッ‼」
『――――――――――――――ッッッ!!!』
ちっぽけな叫びと巨大な咆哮、それぞれを上と下から交わし合って――俺は吊り上がる頬を抑えられぬまま、いつかのように空を翔け抜けた。
交錯まで、瞬くほどの時間すら必要ない。
「《鮮烈の赤》――ッ‼」
『白』の目前へと『最強無敵』を送り届ければ、《空翔》の爆加速に当然のように対応したアーシェがその身に纏うドレスを赤に染めて『剣』を振るう。
疑問など生じぬ、本気の一撃――しかし、
「っ……!」
届いていない。
猛り吠える竜の鼻先を狙ったのであろう刃は奴の頭上、宙に浮かぶ光輪から放たれた無数の触手――否、光の帯が重なり合った障壁によって受け止められていた。
『――――――』
金眼が眇められ、大翼が広がる。なんらかの〝反撃〟を予測するに余りある予備動作が起こされて
「《剣の円環》」
遅れて降り落ちたもう一つの金色が、一振りの剣を手に鍵言を刻んだ。
「――――《千剣の一つ》ッ‼」
天秤が傾き、千を編まれた一の魔剣が振り落とされる。《天秤の詠歌》の起動、及び【双護の鎖繋鏡】のステータス共有によって常識を逸した砂塵の剣が……一度『最強』を受け止めた障壁を、更なる『異常』によって打ち砕く。
揺らいだ巨体――そして、エスコートを終えた第三の矢は既に装填済みだ。
「【仮説:王道を謡う楔鎧】」
アーシェを手放し、地面へ着地――からの切り返し。ようやく再起動可能となった光鎧を展開する左手を、鞘に引き籠っていた利かん坊の柄へと導けば、
「今度はノーダメじゃ……引き下がらねぇからなぁッッ!!!」
音高く抜き放たれた【空翔の白晶剣】は、その剣身を爛々と真白の光輝に煌めかせて――空を翔け、己が原点たる『白』に刃を立てる。
浅い。しかし、奴の首元に刻み込まれた真紅のエフェクトこそ至った証。
下から上へと擦れ違い、振り返れば真直ぐに俺へと向けられた金の瞳と視線が合って……よう、これがラストバトルと信じて臨ませてもらうが、楽しんでいこうぜ。
見上げるだけ、大言を宣って負け惜しみのように一度だけ、小さな牙を突き立てるだけしかなかった、あの日から――
俺もコイツも研ぎ澄まされた『剣』と成って、ここまで来たぞ。
「ぜってぇ負けねえ――覚悟しやがれ」
一拍の空白、後に。
青銀と金、そして『白』と真白が、同時に一歩を踏み出した。