夜明けて白、葬送を唄う始まりの名は 其ノ参
『白座』第四段階の概要をプレイヤー陣営がほぼ全員同時に理解したのは、乱戦の火蓋が切られてからほんの数秒後のことであった。
接近するプレイヤーに反応を示しつつも、決して足を止めない連中が向かう先――戦線を擦り抜けて動かぬ〝骸〟に集り始めた【赤円の残滓】を認識した瞬間、レイドは一斉に『防衛戦』へと形を変えた。
竜の骸へ『赤』が辿り着けば、その身を溶かして一体化する……その〝儀式〟の果てにどんな展開が待ち受けるのか、答えられる者は誰もいない。
しかしながら、言葉など交わさずとも予想は統一されていた。即ち、絶対に確実に間違いなく碌でもないことが起こるだろうと。
繰り広げられるのは、混沌を極める大乱戦。
しかし如何な無尽蔵に湧き出す津波と言えど、数を除いた総合的なスペックではプレイヤー側が水際にて圧倒している。
問題なのは、防衛対象の死守を成立させられるか否かではない。この乱痴気騒ぎがいつまで続くのか、誰にもわからないという点だった。
そして、一方では――
「――――待て待て待てちょっ……!? 洒落になってない! 洒落になってないから待って落ち着け一旦タイムタイムッ‼」
まさかの事態に気を取られ身体を取られ、真赤な大群の只中で絶賛死にかけている哀れ極まる男が若干一名――It's me 俺のこと!!!!!
鞘の中でガタガタ揺れるだけには飽き足らず、俺の身体を引っ張り始めた【空翔の白晶剣】が制御不能になってから早数分。
よくぞまともに動けない状態でそれだけ耐えたと自分自身への称賛不可避だが、流石にそろそろ集中も息も意気も限界だった。
放り出して好きにさせようにも、なぜかコイツめ鞘から出ようとしない。あぁもう、わかったよ……俺がそっちに行けってことだろ‼
意思の転換を読み取ったのか、踵を返した瞬間に駄々っ子をやめた相棒に苦笑いを禁じ得ないまま――《空翔》起動。
群がる【赤円の残滓】を振り切って、敵の目標らしき〝骸〟を囲む本隊へと帰還を果たすも……こっちもこっちで、わりと真面目に地獄絵図。
対処は利けども、余裕綽々とまではいかない。尽きせぬ敵襲に刃と鈍器と魔法と怒号が飛び交う戦場は、控えめに言って血みどろのお祭り騒ぎだ。
「……っ、ハル、どうしました!?」
「悪い、ちょっと原因不明の不調……!」
またも一方向を指し示すように暴れ出した愛剣を抑え込みながら、すぐ傍に着陸した俺に驚きつつ問う相棒へと返答を飛ばす。
対大群戦闘はウチのパートナーの十八番だ。
同じく『多』を薙ぎ払うことに長けている雛世さんやルクスと並んで……いや並ぶどころか、一歩勝ってソラの近辺は赤の密度が薄い。
ちょっとばかし俺が一人でグダついていられる猶予はある……しからば、早々にコイツと和平を結ばなければ――
「――ハル」
と、そんな折。後ろから掛けられたのは、他と比較にならないほどの勢いで津波を刈り取っていたはずの『お姫様』の声音だった。
「っ……アーシェ、すまんがトラブルだ! なんかわからんけど突然――」
「動きがおかしいのは見てた。どうしたの」
自らが抜けた穴が上手く塞がるか確かめているのだろう、振り返り見た彼女は遠くを見やりながら矢継ぎ早に問うてくる。
「魂依器が謎の暴走中。ガタつくわ引っ張るわ、そのくせ鞘に引き籠ってるわでどうにもならん……!」
「………………引っ張られる、どこに?」
どこに……つまり、【空翔の白晶剣】が向かおうとしている先。それくらいは、俺も流石に気付いている。
目を向けるのは、この戦場の中心点。
『赤』の涙が開けた、紅の大穴。
わかっちゃいるんだよ――だからアーシェが自分から来てくれていなかったら、俺の方から意見を求めに足を運ぶつもりだった。
「あなたの『魂依器』は」
「そう、奴が原点だ」
普通のゲームであれば、プレイヤー個人にそのような〝鍵〟を渡すはずがない。
けれど、この世界は唯一のVR機器である【Arcadia】が紡ぐ理想郷――当たり前のように特別を許容する、やりたい放題な神様の箱庭。
圧倒的な自由度と遊び尽くせぬ世界の広さをもって、誰もに〝自分だけの特別〟と成り得る可能性を示す、ゲームという枠組みにすら囚われない無法の異世界。
なればこそ、推測は行き着く。
俺の『魂依器』が、このレイドの進むべき道筋を示している可能性に。
コイツが俺を連れて行こうとしているのは、大地に空いた地獄の門。ならばその〝門〟の先に――おそらく、なにかがある。
「「――――――」」
視線が交わり、ガーネットの瞳が真直ぐに俺を見つめる。言葉もないまま、俺たちは互いと戦場の行く末を同時に見やった果てに、
「――行くか」
「――行こう」
紡ぎ出した結論に従って、立ち上がった。