夜明けて白、葬送を唄う始まりの名は 其ノ弐
直径数キロに及ぶ戦場の、中心部から外周部まで――その程度の距離であれば、数歩もあれば踏み潰せる。
連続起動した《空翔》の推力でもって、瞬く間に『赤』の津波に肉薄。すると目前に広がるのは、やはり見覚えのある地獄絵図であった。
その地獄絵図から生えている無数の首を、交錯と同時に手が届く範囲スパッとやれば……違和感は、短刀を握る左手へ即座に。
「――硬ってぇ……ッ!」
刃は通る、急所を狙えば一刀で落とすのも難しくはない――しかし過去に南の窪地で相手取った【赤円の残滓】たちとは、まるで手応えが違う。
存分に助走のエネルギーを籠めた兎短刀でこれだ、手抜きの一振りではアッサリ両断とはいかないだろう……という旨を、
「秘技ブラインド高速タイピングッ‼」
カンッと兎短刀を鞘へ一旦放り込み、最近会得したプレイヤースキルを遺憾なく発揮してシステムウィンドウ展開からのメッセージ送信。
『わりとつよい』
六文字程度をタタンと打ち込むくらい朝飯前だ。あとはメッセージの受取人であるゴッサンが適当に注意喚起をしてくれるだろう。
突撃先兵の役目は果たした――あとは、可能な限り暴れてみるとしようか‼
流石にノータイムで突撃かました俺が全面的に悪いのだが、一拍遅れて身体に宿った《天秤の詠歌》の燐光を散らしつつアクセルを吹かして再起動。
牙やら爪やら棘やらなにやら、単身で群れへと飛び込んだ我が身へと降り注ぐありとあらゆる凶器と擦れ違いながら力一杯に両手を振り回す。
足の踏み場がないとはまさにこのこと。しかし、空を踏めれば――
「ギリ……なんとか、なるッ‼」
なんとなく共鳴しているアレなソレの気配は感じ取れるものの、おそらく兎短刀は【空翔の白晶剣】のような特効を発現しちゃいない。
しかしながら【双護の鎖繋鏡】と《天秤の詠歌》のダブルブーストによる筋力増強があれば、元々高い基礎スペックだけで十分以上に通用する。
飛び跳ね、斬り刻み、殴り潰し、少しずつ津波の中に空白の輪を広げていき――いやまあそうだよね知ってた。
俺の周りが僅かに平和指数を向上させようと、広大な戦場の外周全体にグルリと展開した『湧き場』を考えれば焼け石に水。
見る見るうちに内へと侵食していく『赤』の大津波を横目に見て心が折れそうになるが、範囲殲滅手段を持たない俺が現状これ以外にできる働きはなく――
「………………行き着く先はどこなんだ。この地獄絵図は、よッ……‼」
一人ぼやきながら、本隊への負担を一パーセントでも減らすべく我武者羅に両手を振るう……その数秒後。
まるで、なにかに焦れたように。
鞘の中で沈黙を守っていた愛剣が、カタリと音を立てた。
◇◆◇◆◇
「――――っはぇえー…………楽しそうだねぇ」
「楽しそうか……?」
「流石にアレは楽しそうではない」
「なんで単身で突っ込んで当たり前のように生きてるんですかねぇ……」
「キルスコアえげつねぇことになってそう」
「なお推定無限湧き」
津波の到来を待ち構える本隊の一角にて。
北のトップがぽけーっとしながら零した呟きに続く疑問やらツッコミやらの声音は、一秒ごとに内に含む緊張を増していた。
ひと足先に大暴れしているアレから伝達でも受けたのだろう、東のトップからの注意喚起は既に行き届いている。
多少強化された程度の【赤円の残滓】……序列持ちの面々は当然として、他の精鋭たちにとっても大した相手ではない――本来であれば。
しかし、歴戦の彼らは知っている。仮想世界の対群乱戦が、どれほどの疲労を強いるものかということを。
そして、そんな基本的には回れ右して戦略的撤退を選びたくなるようなコンテンツに、疲労を抱えた状態で挑めばどうなるかということも。
『白座』討滅戦、第四段階――もう既に、果たしてこれが本当に『白座』討滅戦なのかもわからぬ、混沌を極めるグッチャグチャの戦場にて。
プレイヤーたちは、悟りを開いていた。
即ち……もうどうにでも、なるようになあれと。
「なんか俺も楽しくなってきたわ」
「俺は初めからずっと百パー楽しいが」
「むしろ我こそが楽しさの化身まである」
「ソラちゃんかわいい」
「ソラちゃんが頑張ってるんだから、俺らも頑張らないとなぁッ‼」
「俺、この戦いが終わったらファンクラブ作るんだ……!」
端からある程度は狂っていたであろうイスティアンたちが、右から左へと理性を放棄し始めて……それを眺める異陣営の【旅人】は、己が疲労を忘れたかのように楽しげな笑みを浮かべた。
「んふふ、盛り上がって来たねー……そしたら」
これまでの戦いを経て煤けた頬を拭いながら、腰を置いていた竜の骸から跳ね起きる。若草色の髪が風に揺れて……その奥、パチパチと瞬いた金色の瞳は、
「ボクもそろそろ、格好良いとこ見せないとだ――《宝物へと至る者》」
〝冒険〟を見据えて、燦然と輝く。
頭上に顕現した小さな王冠を掴み取ったルクスが、その左手をギュッと握り込んだ。割れるでもなく、砕けるでもなく……手の中で小さく姿を変えた力の象徴。
指輪となった冠を、右手の人差し指へと嵌め込み――北陣営の序列第一位が踏み出すのは、心躍る旅路への第一歩。
右手に輝くのは、金と銀の指輪が二つ。
平時の彼女とは乖離した雰囲気。その姿を元より知っているプレイヤーたちすらも、自然と口を噤みルクスの後に従った。
「さあ――皆、ついておいで!」
無邪気に荒れ狂う暴風と、虚空から湧き出す砂塵の剣と共に。
そして、一拍の後。
迷わず躊躇わず真直ぐに駆けた【旅人】を筆頭に、至る所で四度目の戦端が切られ――プレイヤーたちと『赤』の津波が、衝突する。