夜明けて白、葬送を唄う始まりの名は 其ノ壱
では、参ります。
「――被害は……‼」
直径数十メートルは下らない『赤』の雨粒からなんとか逃れ、一早く声を上げた【総大将】へ向けて次々と各小隊長から返答が飛ぶ。
傍から聞いてる俺の耳にも『脱落者アリ』の報は留まらず、冗談キツいサプライズイベントの被害は幸いゼロと見て良さそうだった。
「……ゴルドウ、備えた方がいい」
「だな――各員、九人ずつに纏まりそれぞれ〝骸〟にバラけろ! 転移か隔離か、なにが来てもいいように動けッ!」
トップの二人が即座に意見を合わせ、ゴッサンが高らかに号令を響かせる。
元より示し合わせたかのように……というより、こうなる前提の配置だったのだろう。均等に並んでいた十の〝骸〟は全て、大穴を囲うような形で残されていた。しからば、まだアレになにかあると警戒するのは正しい判断であるはずだ。
欠員もあり、小隊毎に集まるにしても『ピッタリ九人ずつ』なんて注文をされればグダりそうなものだが――誰も彼も、恐ろしく動きが速い。
俺を含む序列持ちがそれぞれ距離を取れば……出来上がった十の〝頭〟の下へ、言葉や視線で端的にコミュニケーションを取りつつプレイヤーたちが集い始める。
レイドメンバーの面子は、各人頭に叩き込んでいるのだろう。己が誰の下へ向かえばいいのか、百も承知と言わんばかりの迅速かつ整然とした動きだった。
「……なんかもう、軍隊みたいだな」
「凄い、ですね……」
少々呆れ混じりの感嘆を隣の相棒と交わしつつ、俺のところへ来てくれた七名のプレイヤーたちに『あ、どうも恐縮です』と無難な会釈を――おっと、そういやまだお礼を言っていなかった。
一糸乱れぬ動きで付いてくる面子を引き連れて遠くの〝骸〟を目指しながら、片腕の戦士に遅ればせながら敬礼を送る。
そうすれば、返ってきたのは実に人の良さそうな笑みが一つ。
「相棒がお世話になったようで、フォローありがとうございました」
「後でアーカイブを見直すといい。お世話になったのは、こちらの方だよ」
「……、っ…………」
ほほう成程そいつは後が楽しみだ。なにやら恥ずかしそうにしているソラさんには申し訳ないが、遠慮なく存分に鑑賞させていただくとしよう――さて、
「…………動かねえっすね」
足を止めた戦場の端。辿り着いた竜の骸を注意深く観察する魔法士の一人が、ポツリと訝しげな呟きを零す。
「実はさっきのがラストフェーズだったという可能性」
「で、今はエンディングイベント中ってか?」
「ないだろ」
「まだまだ続くに一億ルーナ」
「倍率1.0だがよろしいか?」
「元返しで草」
追従した軽口の数々は、果たして余裕の表れか……はたまた、緊張を誤魔化すための些細な強がりか。
「ハル君」
「はい」
俺も俺でなにが起きても駆け付けるべき場所を誤らないよう、方々へ散ったレイドメンバーの配置を『記憶』する最中。
声を掛けてきた防衛隊長殿は、先を失った右肩を叩きながら軽い調子で笑った。
「この有様だ。もし必要な場面が来れば私が様子見をするから、参考にしてくれ」
「…………了解、ありがとうございます」
「最後にレイドが勝てばいい。役に立ってこそさ」
本当になんなんだよアルカディア。この仮想世界、イケメンしかいねぇ――
「――――ハル」
「あぁ、わかってる」
言葉を交わし、緊張を散らして疲労を誤魔化しながら。まだかまだかと次なる異常を待ち構えるプレイヤーたちの瞳が、それを見逃すはずもない。
途端に静まり返った全ての視線が向けられる先は、動きを止めたままの〝骸〟ではなく。窪地の中心に開けられた、地獄に続いていそうな〝穴〟でもなく……そして、解けるように姿を消した『赤円』の行方でもなく。
それは、未だに天を覆う禍々しい雲渦から零れ落ち始めた――赤い雨。
内ではなく、外。今や全てが血のような『赤』に染まった雲から降り注ぐ雨粒が、まるで広大な戦場を囲うカーテンの如く外周部だけに。
降って、降って、降って、降り続けて――出来上がった血河のような水溜りが、遠目にも視認できるほど大きく……ゴポリと湧き立った。
そして、
「…………あの、私――アレ、見たこと、あります」
「それな……俺も、最近見たよアレ」
付け加えれば、舞台まで同じだ。異なる点があるとすれば、それは……初めから埋め尽くされていたか、これから埋め尽くされるかの違いだけだろう。
「………………どうする、曲芸師殿」
残念ながら既にわかり切ったこの先の展開を見据える俺に、不本意な呼び名へツッコミを入れているような余裕はない。
「……ソラさん。無理を承知で、お頼み申し上げるんだけど」
「……、…………」
俺のアイコンタクトに百面相……ならぬ五面相くらいを経て、諦めたようにコクリと頷いたパートナーが砂の指揮剣を喚び出した。
「では、あの…………及ばずながら、私が」
「了解、リーダー殿」
ソラと【ElephantThree】氏、二人のやり取りを見たプレイヤーたちが即座に察して陣形を形作る。指揮官を基点に――『赤』の群れと相対するように。
これで安心。背中は一抹の不安もなく預けられる……しからば、やるか。
催促するようにカタカタと震え続ける【兎短刀・刃螺紅楽群】を右で抜き放ち、左手にパスして短刀&盾をスタンバイ。
外見も組み合わせも若干アレだが、これもゲーム的には立派な〝二刀流〟である――左で斬って、右でぶん殴ればなんの問題もないのだから。
突っ込むか、待ち受けるか。俺は一瞬の思考を経て、
「――――《空翔》」
先手必勝。
戦場中央部に陣取るプレイヤーを目掛けてか、一斉に雪崩れ込んで来る【赤円の残滓】に先んじて――地を蹴り砕き、突撃を仕掛けた。
白座討滅戦、第三幕開始。
お付き合いください。