無累を託せし白業の旅路 其ノ玖
「――感想、言っていい?」
「ダメです……!」
動きを止めた『朱』の上。へたり込んだソラに手を差し伸べながら問えば、ノータイムで「なにも言うな」と釘を刺されてしまった。
残念だが、まあいいだろう。超格好良かったぜソラさん最高という当然の称賛が伝わっているのは、俺を見たその真っ赤なお顔から察せられる。
戦いの前に無用な緊張をさせないため――などと目論み挨拶回りなどしていた効果も、これで綺麗サッパリ吹き飛んだことだろう。
少なくともこの場に居た面々は、わりと真面目に俺の相棒が俺よりヤバいという事実に気付いてしまったはずだから。
――ともあれ、
これで『境界』を渡り打ち倒した『朱』は五体目……先の四体目で鉢合わせたアーシェの言と擦り合わせれば、コイツがラスト十体目で間違いないだろう。
「というわけで……またなにか起こるぞ。平気?」
「平気、では、ないですけど…………頑張れます、まだ……!」
色濃い疲労を振り切るようにパッと俺の手を取り、立ち上がったソラが気を張り直すためかギュっと拳を握る。
超かわいい。頭撫でたい――などと沸いた考えが浮かぶ俺も、精神的な疲労はそれなりに蓄積している模様。
しかして、とにもかくにも『白座』討滅戦サードフェーズ攻略はここに成った。となれば当然、続々と生き残ったレイドメンバーがこの場に集い、
「――十九人、多いと見るか少ないと見るか……だなぁ」
自然判明するのは、脱落者の数だ。
傍らにやって来た【総大将】殿が、集結した面々を見回して呟けば――
「少ない、と思った方がいい。事実としても、士気を考慮しても」
次いで響く声音の主は、多かれ少なかれ疲労に塗れた面々の只中で唯一の例外。疲れもネガティブな感情も一切浮かべることなく、お澄まし顔のお姫様。
「身体張ってくれた連中のおかげで、序列持ちがフルメンバーのまま次に辿り着けたとも言えるだろ。完全初見のアドリブ強制を考えれば……」
「これ以上ない、と考えていいかもしれないね」
その後ろについてきた南の二人、オーリンとフジさんが追従し、
「メッッッチャクチャ疲れたけどねぇ!!!」
更にその後ろからヒョッコリ顔を出したルクスが、疲労困憊かつ元気一杯という並大抵の人類には真似できない表情で溌溂と続く。
元気なようでなによりだ。そこでステイしてろよ?
ウチの相棒もお疲れ中なんだ、テンションのままに飛び掛かって来たら俺はキャッチ&リリースを躊躇わないぞ。
――で、
「………………えーと、雛世さん、本当すんません。そのジト目はいろんな意味で俺に効くんで、勘弁してください」
囲炉裏に言われた〝エスコート〟をぶん投げて相棒のフォローに走った俺に対し、お姉様からは現在進行形で半眼を向けられている。
「あら、冗談よ。気にしてないわ、全然」
「表情をピクリと動かさず申されましても……」
それ含めて冗談だというのはわかっちゃいるのだが、いつもの如く悪戯っぽい微笑を見せていただかないことには安心が――
あぁ、それです。ありがとうございますッ……!
「わりかし余裕そうじゃんね」
「あ、はは……」
と、そのように。ふふりと笑みを頂戴して胸を撫で下ろす、極めて情けないクランメンバーを観察する二人組。
小柄なソラとテトラが並んで仲良く(?)言葉を交わしている光景は、なんというかこう独特な癒し効果がある。
我ながら『なに目線だよ』とは思うが、身内が親交を深めるのは喜ばしい。俺で良ければ無限に話のタネにしていただいて結構だ。
「――ハル」
「お前はまだ持っとけ。この後なにがどれだけ続くかもわからんだろ」
「……わかったよ。恩に着る」
「着なくていい。気にすんな」
殊勝な顔で【早緑月】を返す素振りを見せた囲炉裏には、努めて軽い調子で貸与継続の意を示す。事情あって自ら予備の刀を用意できなかったことは知っているし、なにも言ってこなかったということは無事に使えたのだろう。
ならば、是非もなし。胸を張って断じさせてもらうが、囲炉裏の力になれたと知ればお師匠様もお叱りどころか褒めてくれるに違いない――
…………………………で、さぁ?
「……長くない?」
「休憩時間、か……?」
ポツリと疑問を呈したテトラの呟きに、顎髭を擦るゴッサンが続く。
最後の『朱』が動きを止めてから暫く。体勢を整え直しているプレイヤーたちのざわめきを除いて、静寂が続く『境界』を見回しながら。
既にテトラからの再補給を受け、仲良くMPをすっからかんにしていた俺たちのパーティは無事復活を遂げている。またなにかしらの分断ギミックが発動したとしても、とりあえず暴れられる体裁は整えられた……のだが、
ゴッサンの言う通り、一時の休憩を許されていたのだろうか。
数分に亘る空白に対して、誰かがまたなにかを問おうとした――その時。
「――上だ」
【総大将】の傍らでいつもの如く無言を貫いていた武人が、真上を仰ぎながら静かに呟いた。その声を聞き届けた全員が、導かれるように上を見て――
「「「――――――――――」」」
皆一様に言葉を失った瞬間、再びフィールドが変遷を始める。
『境界』を隔てていた真白の壁に音もなく亀裂が走り、いっそ不自然なほど無音のままに砕け散り宙に溶けていく。
そうして再び繋がった戦場は、元の大窪地を一望できる様相を取り戻す――その広大な空間を覆う天蓋に開いた〝穴〟から、誰もが目を離せないまま。
「「…………なんだありゃ、地獄の門か?」」
偶然の言葉の一致は、俺とゴッサンのもの。しかして、俺たち二人が零したその台詞に異を唱える者は誰一人としておらず。
見上げた空の中心に開いた巨大な風穴は、一体どれほど大きいのか遠目には見当もつかないほどの馬鹿げたスケール。
轟々と音が聞こえてくる錯覚を覚える様子で、大渦を巻く雲は〝穴〟に近付くほどに『白』から『朱』、『朱』から『赤』へと色彩を変えて――
渦の中心に、なにかが見えた。
千切れた赤い雲の欠片が形取ったそれは、『姿』と呼ぶには曖昧が過ぎる。
しかし、その特徴的なフォルムは――
「………………おい」
「これは、ちょっとおかしいね……?」
「あれは……」
「なにがどうして、そうなった……?」
誰ともなく、口々に漏れ出す呟きが疑問を呈す。
直接にまみえたことのある者たちは勿論、映像でしかその〝姿〟を見たことがない者たちも――皆一様に、なぜを問う。
その御柱は赤の色。
生物に例えれば、見事な二本の角を生やす〝大鹿〟の姿。
雲を用いて描かれたのは、本来の……過去に形作られていた身体とは、かけ離れた巨大な頭部。しかして、それだけで認識は届くだろう。
双角の先端――頭部の上にもう一対の〝瞳〟を模したその威容は、映像越しにでも一目見れば忘れることは叶わないから。
「――『赤円』……リェルタ、ヘリア」
その名を紡いだ声の主は、かつてかのモノの首を落とした【剣ノ女王】。
地を這う小さき者たちを二対の瞳で天から睥睨する『赤円』の巨頭を、真直ぐに見つめ返すアーシェが続けて口を開きかけた……次の瞬間。
「――――っ……」
俺の腰で、紅緋がカタリとなにかを訴えるように震え、
遥か上空で瞬いた『赤』の大鹿が、その瞳から〝雫〟を落とす。
赤い雫、涙のような小さな粒は――落下するうち、みるみる巨大に膨れ上がり、
「あれコレまずッ……!?」
「おい、ふざけ――ッ‼」
「――――総 員 退 避 し ろ ォ オ ッ ッ ッ ! ! ! 」
【総大将】の号令を待たぬうち、全てのプレイヤーが踵を返して一目散に逃げ去る、その背後へと滴り落ちて……。
大窪地の中心に、もう一つの〝深紅の穴〟を深々と穿った。
よし、無事に乱回転したな。
何が起こってるのか分からず混乱しているのは作中プレイヤーたちも同じなので、どうぞ「なにが起こってん???」と訳分かんねぇライブ感をお楽しみください。
そういうわけで、明日です。